- 神戸の街が一面に見下ろせる展望台
二人は眼下に広がる夜景を眺めている
男は東京から大阪に転勤して半年
標準語を話す
男 感慨深げに
- 男
- 一億円かぁ。
- 女
- 一億円?
- 男
- いや、一億二千万円か。今1ドル120円位だろ。
- 女
- え?
- 男
- え?もっと安かったっけ?
- 女
- 何のこと?
- 男
- ほら、“百万ドルの夜景”って言うから。
- 女
- あぁ。
- 男
- 圧巻だよなぁ。キラキラしたうねりが流れて、その周りで光りの玉が瞬いてる。
- 女
- うん。
- 男
- この電力消費量の総額が百万ドルだったりして。
- 女
- まさか。
- 男
- あぁ~、海と山に挟まれた街かぁ。
東京の連中に見せてやりたいよ。転勤だっていい事あるぞ~、ってさ。
あ、神戸、よく来るの?
- 女
- あんまし来ぇへん。
- 男
- どうして?大阪より買い物しやすそうだし、ごちゃごちゃしてないし。
- 女
- (きっぱり)ええねん、大阪の方が。
- 男
- ……ふ~ん……。
- 男は少しためらいがちに
- 男
- ……じゃあ、ここ初めて?
- 女
- え?
- 男
- この夜景見るの初めてかなぁ、って。
- 女
- 夜景は見たことあるよ。
ここかどうかは忘れたけど。
- 男 やや意気消沈して
- 男
- ……そうだよな。
- 女
- 誰かて見てるんちゃう。阪神間で生まれ育ったら。
- 男 探るように
- 男
- ……やっぱ、あれだよね……?
- 女
- 何?
- 男
- やっぱ男とだよな、一緒に夜景見るなんて言ったら。
- 女
- 何で?
- 男
- 普通、女同士で来ないだろ、こういうとこ。……ここに来たら急に口数少なくなったし。
- 女
- 小さい時のことやって。
- 男
- 小さい時?
- 女
- うん。一緒に来たのは神戸の伯父の家族とやし。
- 男
- あ……、そうなんだ。
(ホッとして)俺、また特別な思い出でもあんのかと思った。
- 女
- ……特別な思い出……。
- 男
- そっかぁ。
- 男は嬉しそう
女は遠くを見つめて
- 女
- そん時もな、今みたいにネオンがキラキラしてたわ。別に感動もなかったけど、このキラキラは毎晩毎晩ずーっとキラキラなんやろうなぁ、って思ってん。
- 男
- うん、今も変わらずキラキラしてる。
- 女
- ううん。…消えてん、あん時。
- 男
- え?
- 女
- いっぱいのキラキラはな、何かすごい事が起こるとそこだけポッカリ真っ暗になんねん。
- 男
- すごい事?
- 女
- うん。きっと今ごろ、ニューヨークも真っ暗やろな。
そこの灯りだけ消えて、ポッカリ…。
- 男
- ……あぁ。
- 女
- (割とあっさりと)ここのキラキラが消えた時、伯父の家族も一緒に消えてしもた。
- 男
- …そうなんだ。
- 女
- うん。
- 小さい間。
男 その場を取り繕うように
- 男
- でも人間ってたくましいよな。そんな事があったなんて思えないくらい今じゃ元通りだし。えーっと、何年前だっけ?
- 女
- 今度の1月で7年。
- 男
- (励ますように)もうないよ、これが消えるような事は。
ネオンもこの街も綺麗なまんまだって。
- 女
- うん。…でも綺麗すぎるからなぁ、このキラキラに責められてるような気がすんねん。
街の景色も、建物も、ニコニコ歩いてる人達も、リセットしてんねんけど綺麗すぎてな。
見るもの全部が、忘れてエエんか、って責めてくんねん。
- 男
- ……リセットの街か……。
- 女
- 心もリセットするんやろか…。絶対忘れられへんって思てたはずやのに…。
- 小さい肩。
- 男
- なぁ。
- 女
- ん?
- 男
- 行こうか。
- 女
- ……エエの?さっき来たとこやのに。
- 男
- うん、俺も日ぃ改めるよ。リセット。
- 女
- うん、……ごめんな。
- と
二人が歩き出した時
街のネオンが一斉に消えた
- 男
- あれ?
- 女
- 何か急に暗なったなぁ。
- 男
- (街を指さし)ほら、あっち!
- 女
- (街を見下ろし)あっ!
- 男
- 消えた!
- 女
- ……消えてる。……街のキラキラが、全部……。
- 二人は
ただ暗くなった街を見下ろしていた
遠く
遠くで
パトカーのサイレンが響いている
- 了