- 男
- ここ昔の俺んちや。
- 女
- え。
- 男
- って夢。
- 女
- 夢。
- 男
- うん。そんな夢見た。
- 女
- ええお葬式やったね。
- 男
- ああ。
- 女
- 焼き場には行くん？
- 男
- いや、親族やないしな。
- 女
- うん。
- 男
- 暑いわ。
- 女
- 喪服持ってたんや。
- 男
- ３０過ぎたええ大人やし。
- 女
- うん。
- 男
- 暑いわ、ほんま。
- 女
- 夏に逆戻りしたみたいやな。
- 男
- 夏は。
- 女
- 何？
- 男
- あっという間やったわ。
- 女
- そやね。
- 男
- ギラギラ光っとる。
- 女
- 太陽。
- 男
- 黄金虫。
- 女
- え？
- 男
- そこの植え込みんとこ。
- 女
- あ。
- 男
- まだ生きとるねん。
- 女
- アリ。
- 男
- うん、アリたかっとるけどな、時々ピクピクッって動く。
- 女
- うん。
- 男
- 夏も終わりやねん。
- 女
- あ。
- 男
- な、生きてるやろ。
- 女
- うん。
- 男
- かわいそう。
- 女
- え？
- 男
- とか。
- 女
- なに。
- 男
- 一生懸命とか。
- 女
- 何。
- 男
- 残酷とか。
- 女
- うん。
- 男
- そんな事考えるんは人間だけや。
- 女
- うん。
- 男
- 黄金虫がゆっくり死んで行く。
- 女
- 何考えてるんやろな。
- 男
- そんな脳みそない。
- 女
- あんた。
- 男
- え。
- 女
- 声かけにくくって、遠くから見てた。
- 男
- ああ。
- 女
- 車止めに座り込んで、背中丸めてうつむいて、じっとしてる。
- 男
- うん。
- 女
- 時々思い出したみたいに煙草を口に持ってゆく。
- 男
- うん。
- 女
- 真っ黒な背中がギラギラ光ってる。
- 男 少し笑った
- 女
- そばに行っても動かへん。
- 男
- おるんわ知ってた。目の端に足元見えたし。
- 女
- 何考えてるかなんてわからへんけど。
- 男
- ああ。
- 女
- 一緒の空気吸おう思て。
- 男
- ああ。
- 女
- 出来るだけ近くで。
- 男
- 空気か。
- 女
- それだけの事やねんけど。
- 男
- それだけ。
- 女
- あの黄金虫も、アリも、あんたもあたしも、一緒の空気吸ってる。
- 男
- うん。
- 女
- おセンチか。
- 男
- いや。
- 女
- 邪魔か、あたし。
- 男
- え。
- 女
- 一人でおりたい？
- 男
- たぶん。
- 女
- 何。
- 男
- あの黄金虫な。
- 女
- え。
- 男
- いや、ええとな。
- 女
- 何。
- 男
- 一匹で死ぬよりはええかな。
- 女
- アリ。
- 男
- うん。
- 女
- あたしもアリ？
- 男
- いや、そういうつもりや…。
- 女
- 触ってもいい？
- 男
- え。
- 女
- 手。
- 男
- うん。
- 女
- 握りかえさんでええよ。
- 男
- すまん。
- 女
- じっとしてて、ええよ。
- 男
- うん。
- 女
- あんたの指先から何か伝わってくる。
- 男
- 俺も。何やろ。
- 女
- 言葉にせんでいい。
- 男
- うん。
- 女
- そのほうが、同じ気持ちになってる。
- 男
- ああ。
- 女
- そんな気がする。
- 男
- ああ。
- 女
- な、どんな夢？
- 男
- え。
- 女
- さっきの話。
- 男
- 目覚めたら実家のベッドでな、首のない幽霊が踊っとった。
- 女 少し笑って
- 女
- 何それ。
- 男
- 何の意味もない。
- 女
- うん。
- 男
- そんな話したくってな。
- 女
- ハンカチ、持ってる？
- 男 少しわらった
- 了