- つくつくぼうしが鳴く
夏の終わりのキャンプ場
誰もいないテントサイトにひと張りのテント
コースケが炭に火をつけようとウチワをバタバタやっている
- ナミエ
- どう?
- コースケ
- うん。もう少しかかるかも知れない。最高級の備長炭はね、火がつきにくいんだ。
フー!フー!
- ナミエ
- 静かだよね。
- コースケ
- だろ?俺が言った通りじゃないか。
ここも8月の間は、グループやファミリーがわんさか詰め掛けて大変だったんだよ、きっと。
それこそテントとテントの間は10センチも離れてなくてさ。
町で過ごした方がまだ人口密度は低いだろう、みたいな。
- ナミエ
- 今は誰も居ないけどねー。
- コースケ
- ああ、9月の平日だもん。
みんな仕事や学校で忙しいんだよ。
- ナミエ
- 管理人もいないし。
- コースケ
- 9月からは無料で開放してるんじゃないかな。
フー!
ようし、もう少しで着火だ。
ナミエ、キノコ洗って来てくれないか?
- ナミエ
- わかった。
コーちゃんが採って来たのは、これ?
- コースケ
- そう。あ。水道出ないからさ。
そこの沢の水でサッと洗うだけでいいから。
- ナミエ
- はーい。
- コースケ
- フー!フー!
ようし、よしよし。いい感じになってきたぞー。
やっぱ七輪持ってきて正解だったなぁ。重かったけど。
- ナミエ
- コーちゃん。これなに?
- コースケ
- え?
- ナミエ
- このキノコ。
- コースケ
- あははは。凄いだろ?
- ナミエ
- 凄いって?
- コースケ
- 倒れて腐った木の下からニョキニョキ生えてたんだよ。
いっぱい採れちゃった。
- ナミエ
- いっぱいあるけど、まずいんじゃないの、これ。
- コースケ
- 「まずい」ってどうしてわかるのさ?食べたことなるわけ?
- ナミエ
- 食べたことないから「まずい」じゃないの。
- コースケ
- 意味わかんないよ。食べたことないからまずいなんて。
おいしそうな色してるじゃないか、オレンジ色で。
- ナミエ
- オレンジ色で、白い斑点がパラパラパラーって、これじゃ絵に書いたような毒キノコじゃないの。
- コースケ
- なに言ってんの。これだから素人は困るんだよな。
色とか形じゃわかんないんだよキノコは。
ほらほら、オレはちゃんとこの本で勉強してんだよ。
- ナミエ
- 「森のキノコ初級コース」
- コースケ
- この本の…ほら、ここに出てるじゃないか。
「ベニテングダケ」
- ナミエ
- ああ、そうよ。これよ、これ。ベニテングダケ。
- コースケ
- さぁさっそく焼いてみようかな。
- ナミエ
- ちょっと待って!
…コーちゃん。
「森のキノコ初級コース」の前置き読んだ?
- コースケ
- え?
- ナミエ
- 「日本のキノコのうち毒キノコは全体の約1%である。初級コースはまず毒キノコを覚える事から始めよう。本書に載っているキノコは全て毒キノコである」
- コースケ
- えー!?
- ナミエ
- 知らなかったの?
- コースケ
- 知らなかったよ、そういう本だったのかー。
- ナミエ
- じゃあコーちゃんが採ってきたキノコってみんな?
- コースケ
- ああ、この本に載ってたやつ。
- ナミエ
- もー、どういう事よ。
こんな人気のない山奥で食中毒にでもなろうものなら、命が危ないわよ。
- コースケ
- ごめん、ごめん。ナミエは?ナミエはどんなキノコ採ったの?
- ナミエ
- あたし?あたしはね…ふふふふ…。
そこの崖によじ登って、ちょっと危険な場所でね、凄いキノコ見つけちゃったのよ。
ほうら!
- コースケ
- え!?
- ナミエ
- ほらほらほら!
赤松の根っこの所に、これがひっそりと。
- コースケ
- ままま、松茸じゃないかー!
- ナミエ
- 夢にまで見た松茸よ。
- コースケ
- 秋の味覚の王様、松茸だー。
中国産でも、北朝鮮産でもカナダ産でもない、天然の日本の松茸だ。
- ナミエ
- コーちゃん、食べた事ある?国産松茸。
- コースケ
- 一度もありません。ナミエは?
- ナミエ
- あたしも一度も食べたことないわ。
- コースケ
- ちょっ、ちょっ、ちょっと持たせてもらっていいかな。
- ナミエ
- いいわよ、ほら。
- コースケ
- う、うっわー。
ちょっと小ぶりだけど、まだ傘は開いてないしベストコンディション。
そして、松茸独特のかぐわしい匂いが………
- 空気を吸いこむ
- コースケ
- ……あれ?独特のかぐわしい匂いが……
- 空気を吸いこむ
- コースケ
- ……あれ?なんかあんまり匂わないな。
- ナミエ
- なに言ってるのよ。焼いてるうちに匂ってくるのよ、きっと。
3本あるから贅沢に2本はこうやって…。
- コースケ
- 丸焼きだ。松茸の丸焼きだよ、どうしよう。
- ナミエ
- ふふふ。こんな贅沢な食べ方しちゃって全世界の人々に謝りたくなっちゃうわよね。
- 2人
- ごめんなさーい!あははは…。
- コースケ
- 山の幸が秋の味覚の王様なら、海の幸は女王様。これだー。
- ナミエ
- なになに…おー!
- コースケ
- 手のひらサイズの巨大ハマグリー。
- ナミエ
- でっかいわねー。
- コースケ
- これを備長炭で焼き、松茸とともに徳島産のスダチを絞っていただきます。
- ナミエ
- 胸がきゅんとなる位豪華な食事だわ。
- コースケ
- 酒はかねてから準備しておいた純米大吟醸。
- ナミエ
- おお、いいぞいいぞー!
- コースケ
- さ、ナミエ。
- ナミエ
- はーい。
- トクトクトク
- ナミエ
- コーちゃんも。
- トクトクトク
- 2人
- カンパーイ!
- ングングング
- コースケ
- …っかー、たまらんぜ。
- ナミエ
- さーて、松茸はどうかなー?おお、おお、いい感じ。
ちょっとかじってみようかなー。……………ん?
- コースケ
- ど、どう?
- ナミエ
- んー、なんかね。ちょっとエグみがあるんだけど、これが国産松茸の味じゃないかな。
- コースケ
- そっか。じゃ俺も………ん?
なんていうか野性的な味。
やっぱ国産天然松茸は違うよなー。
- ナミエ
- ガブ。
- コースケ
- ガブ。
- ナミエ
- うぐうぐ。あぐあぐ。
- コースケ
- うぐうぐ。あぐあぐ。
- ナミエ
- ひっく。
- コースケ
- ん?
- ナミエ
- ヒック。
なんかね、ヒック。あたしね、気分良くなって来ちゃった。あははは。
- コースケ
- えー?ナミエがお酒で酔っ払うなんてめずらしいなぁ。
ヒック。
- ナミエ
- あははは。もう1本焼いちゃおうよ。
- コースケ
- ヒック。はーい。
- ナミエ
- ちょっと小さいわよね、この松茸。ヒック。
- コースケ
- な、ヒック。何言ってんだよ。
これ位が普通サイズなんだよ。ヒック。
- ナミエ
- そうかなぁ。もっと大きいのが食べたい、ヒック。
コーちゃん、採って来てよ。もっと大きくて太いやつ。うふふふふふ。
- コースケ
- わかったわかったよ、ヒック。ハマグリ食べたら命がけで採って来ますよ。あはははは。
- ナミエ
- ようし。あ。ハマグリが!
- コースケ
- パックリ開いて…。
- 2人
- あーー……!!
- ナミエ
- なにこれ?
- コースケ
- 手のひらサイズは、貝殻だけかぁ。中身はこんなに、ヒック。小さかったんだ。
- ナミエ
- ま、いっか。
- コースケ
- よくない、よくない。
こんな見かけ倒しのハマグリじゃよくない。ヒック。
- ナミエ
- いいじゃないの、ハマグリはハマグリなんだし。小さい方がおいしいかも知れないわよ。
- コースケ
- ヒック、小さくたっていいけどね。
色、色がね、いけません。
- ナミエ
- 色?ヒック。
- コースケ
- もっとピンク色じゃないといけません。
それとなんだこれ、これじゃ、ヒック、おつゆが少なすぎて楽しめないじゃないか。
ほどよく塩味のついたおつゆをジュルジュル…ってすすりたいのにー。
- ナミエ
- まあそう言わず食べてみましょうよ。はいはい、あーん。
- コースケ
- あーん。
- ナミエ
- どう?
- コースケ
- ………。
- コースケ倒れる
- ナミエ
- あれ?どうしたのコーちゃん。
- コースケ
- あ、ごめんごめん。なんか今、くらくらーっと来ちゃって。
- ナミエ
- そんなにおいしかった!?あははは…。
- コースケ
- そ、そうじゃないかな、あははははは。
- ナミエ
- なんかあたしもさっきからクラクラしてきちゃってさ、あははは。
なんか幸せな気分。あははは。
- コースケ
- あははは。なんかさ、さっきからオレ達笑ってばっかだよね、あははは…。
- ナミエ
- いいじゃない楽しいんだから、はははは。
- コースケ
- あはは…、さっきの松茸さ、ぜんぜん松茸の香りしなかったよね、あははは。
- ナミエ
- 本当よね、あははは…。毒キノコだったかもね。あははは…。
- 2人
- ま、いっか、はははは…。
- 了