- 男
- どこかへ何かを取りにいかなければならないような、くすぐったい気持ちになって。
それがどこなのか、そして何を、なのかがわからないまま波の音を頼りにやってくる。
たとえばこんな夏の海辺に
焼けた熱い砂。
水しぶき、大人や子供の甲高い笑い声…。
目の前の風景を手がかりにして記憶をたぐると、なくしてしまった、決して思い出せない何かの代わりに、奇妙に正確な、偽物の風景にたどり着く。
照りつける太陽
ざくざくざく…
子供達のざわめきを背に、波打ち際を歩く音…
- 少年
- 足の裏が焼けそうに熱かった。
- ざく、ざく、ざく…
- 少年
- 立ち止まると、じゅうっと音を立ててかかとから溶けてしまいそうだった。
- ざく、ざく、ざく…
- 少年
- 右、熱っ、左、熱っ、右…二本の足は交代に奇妙なリズムで砂を踏んでいた。
- ざく、ざく、ざく…
- 少年
- だから、いつのまにか、もう一つの足音が後から聞こえてきているのに、全然気が付かなかった。
- ざく、ざく、ざく…
- 少年
- そのままどれくらい歩いたんだろう。
後からの笑い声に、ふと振り返ると。
- そいつはこっちを見て笑っていた。
- 少年
- 何だよ。
- 少女
- あー。見つかっちゃった。
- 少年
- …何でついてくんの?
- 少女
- …何ででしょう。
- 少年
- ……誰?
- 少女
- …誰でしょう。
- 少年
- ……。
- 少年、再び歩き始める
少女、後を追う
- 少女
- ねぇ。
- 少年
- ……。
- 少女
- 怒らなくてもいいじゃない。
- 少年
- ……。
- 少女
- ねぇ。
- 少年
- ……。
- 少女
- ねえったら。
- 少年
- うるさい!あっち行けよ。
- 少女
- …一緒に探してあげる。
- 少年
- え?
- 少女
- 靴。
- 少年
- ……。
- 少女
- 靴、なくしたんでしょ。
- 少年
- …なんで?
- 少女
- だって裸足で歩いてるもの。
- 少年
- ……。
- 少女
- ねぇ。どんな靴?
- 少年
- なくしてなんか…。
- 少女
- …じゃあ、何で裸足で歩いてるの?
- 少年
- …。
- 少女
- 熱いでしょ。
- 少年
- 別に。
- 少女
- ふうん。
- 少年、足踏みしている
- 少女
- ねえ。どんな靴?
- 少年、無視して歩き出す
- 少女
- ねえ。
- 少年
- ……。
- 少女
- 大きさは?色は?形は?
- 少年
- ……。
- 少女
- どうしてその靴を履いて来たの?
- 少年、一瞬立ち止まる
- 少女
- ねぇ。どこで脱いだの?
- 少年
- ……。
- 少女
- どうして。
- 少年
- うるさいなぁ。
いいって。このまま帰るから。
- 少女
- どうして?
- 少年
- いいんだよ。もう。
- 少年、ざくざくと歩き始める
少女は立ち止まったまま
一つになった足音に気付いて、少年ふと立ち止まる
- 少女
- …履いてきた靴は、履いて帰らなくちゃ。
- 少年
- しょうがないだろ、見つからないんだから。
- 少女
- ちゃんと探した?
- 少年
- 探したよ。
- 少女
- 嘘よ。
- 少年
- 何で?
- 少女
- だって…。
- 大きな波がうち寄せる
- 少年
- …何?
- 少女
- みんなそう言う。
- 少年
- みんな?
- 少女
- みんなそうやって裸足で帰る。
- 少年
- ??
- 少女
- だから…。
- 少年
- 何が…
- 少女
- ほんとは捨てに来たんじゃないの?
- 少年
- んな訳ないだろ。
- 少女
- じゃあ、どうして?
- 少年
- え?
- 少女
- どうして困らないの?
- 少年
- 困ってるよ。
- 少女
- どうして誰も探しに来ないの?
- 少年
- 探したって見つからないから。
- 少女
- 見つかったら?
- 少年
- え?
- 少女
- もし…見つかったら?
- 少年
- 見つかったら履いて帰るよ。
- 少女
- 見つからなかったら履いて帰らない。
- 少年
- …。
- 少女
- 来るときは裸足で来ない。
- 少年
- そりゃそうだろ。
- 少女
- 見つかっても、誰も取りに来ない…。
- 少年
- ……。
- 少年
- 太陽は真上からじりじりと地面を焼いていた。
靴を履かない裸足の足で、僕はそれ以上立っていることが出来なかった。
彼女に背を向けて、ざくざくと歩いた。
気が付くと後からはもう、足音は聞こえてこなかった。
声の届かない距離まで歩いて、ふと、後を振り返った。
赤い運動靴が片方だけ、上を向いたまま波に運ばれていくところだった。
- 了