- ザァー…とラジオのチューナーが合わない
けれどやがて聞こえてくるのは、少し古いナンバー
やっとまともに聞こえてきたと思ったら、番組はくるくるまわる
CM、DJの声、会話、インド音楽、韓国語…
チューナーは定まらない。砂嵐に邪魔をされているようで
その時、全国一斉にそれぞれの家庭のラジオからテレビから聞こえて来た言葉
- DJ
- 番組の途中ですが速報ニュースです。
皆さんを驚かしていた砂、つまり病の原因がたった今見つかりました。
テレビを見てはいけません。夜更かしをしてはいけません。甘い物を食べ過ぎてはいけません。辛い物を食べ過ぎてもいけません。ダイエットのし過ぎはいけません。ストレスをため過ぎてはいけません。怒り過ぎてはいけません。悲しみ過ぎてはいけません。憎しみ過ぎてもいけません。
今の日常の生活は脳の老化を早めます。体に垢が溜まるように、脳に老化した、使い物にならなくなった細胞が砂のように溜まって、人間の記憶能力を著しく低下させます。ただ生きてるだけで取り返しのつかない事になってしまいます。
この病気の恐ろしいところは、最後には跡形もなくなってしまう事。自分の体を守るために、今の生活から抜け出しましょう。
- その報告だけが聞き取れた後、ラジオはまた狂いはじめる。
ザーザーと、その定まらないチューナーの音はやがて本当の砂嵐に変わる。外では砂が降っているのだ。
部屋の中ではオーディオのスピーカーから小さく音楽が聞こえる。
- DJ
- 止みませんね。
- 彼
- そうだね。
- DJ
- 一体いつになったら止むんだろう?
- 彼
- さぁ。
- DJ
- 大雨警報出てるんですか?
- 彼
- 大雨じゃないよ。
- DJ
- え?雨でしょ?この音。
すごいですね。外見えない位降ってるんだ。
うわ…窓ガラス割れそう…。
- 彼
- 違うよ。
- DJ
- 早く止まないかなぁ、雨。
- 彼
- 砂。
- DJ
- え?
- 彼
- 砂が降ってるんだよ。
- DJ
- すなぁ?
- 彼
- ほら、よーく見たら一粒、一粒が…。
- よく見ると窓ガラスにぶち当たるのは灰色の砂粒。
- DJ
- あ?…あぁ、あぁ、降ってる、降ってる。
- 彼
- ね?
- DJ
- 何?コレ。異常気象じゃないの。
- 彼
- ホント、異常だよ。
- DJ
- 何日降り続いてるの?
- 彼
- えーっと、3日…かな。
- DJ
- えぇ!
- 彼
- コーヒー、飲む?
- DJ
- あ、ありがとうございます。
- 彼
- 砂糖なしのミルクだけ…って、それも。もうどうでもいいのかな…。
- と一人ぽつりとつぶやく
DJ、ぐるりと部屋を見渡して
- DJ
- へぇぇぇ、あの。
- 彼
- はい?
- DJ
- 何でもそろってるんですね。
- 彼
- ああ、うん。…避難場所だから…それなりには。
- DJ
- でも、テレビでしょ。カレンダー、ベッド。本棚、キッチン、お風呂、洗面所…タンス……えーっと、これ、これは…。
- 彼
- オーディオ。
- DJ
- そう、オーディオ。
- 彼
- はい、どうぞ。
- コーヒーを渡す。
- DJ
- どうも。…赤と青…。
- 彼
- え?
- DJ
- ああ、今気付いた。
- 彼
- 何が?
- DJ
- この避難場所、全部赤色と青色だ。
- 彼
- …ああ。
- DJ
- ほら、タオルも赤と青。
枕も二つ、赤と青。コップも二つ赤と青。
- 彼
- …そうですね。
- DJ
- あっ!テレビあるなら天気予報見れるじゃないの。
- 彼
- あ……。
- テレビの電源を入れようとするが
- DJ
- あれ?つかない。あれ?どうやってつけるんだっけ?
- 彼
- これ、この電源のスイッチ。
- DJ
- ああ、これか。
- 彼
- でも、無駄だよ。
- DJ
- え?
- ついたテレビに映るのは砂嵐だけ
- DJ
- 壊れてるじゃない。じゃあ、ラジオで。
- 彼
- 無理だよ。
- DJ
- だって今、流れてるのラジオでしょ?
- DJ
- これは、前のラジオ番組を録音したやつ。
- DJ
- 録音?
- 彼
- そこに今までのテープ並べてあるだろう。
- DJ
- 6月13日放送、6月20日放送、6月27日放送…ほんとだ。
- 彼
- いつも毎週録音して、後で二人で…。
- DJ
- え?
- 彼
- いや…無理なんだよ。どのチャンネル回してもそれしか映らないから。
テレビもラジオも全然駄目。
外の砂嵐が妨害してるんだ。きっと。
- DJ
- そんなぁ…いつ止むんですかぁ?
- 彼
- さぁ…。
- DJ
- 他の人は?
- 彼
- さぁ…避難してるか、それとも…。
- DJ
- それとも?
- 彼
- 降ってるかもな。
- DJ
- は?
- 外の砂嵐はどんどんひどくなる
- DJ
- 何だか…私達、二人だけみたいですね。
- 彼
- 嫌?
- DJ
- 嫌とか、そういう問題じゃないですよ。
何で、二人だけなんでしょう?ここには。
- 彼
- それは…。
- DJ
- え?どうして?
- 彼
- それは…。
- DJ
- あれ?いつここに来たっけ?私。
- 彼
- もう覚えてないんだね。
- DJ
- え?私…何?ここ…。
- 彼
- 忘れてる事も、忘れたんだ。
- DJ
- あれ?何だか…。
- 彼
- どうした?
- DJ
- 何だか、頭が重い…。
- 彼
- あ!
- とっさに彼はDJの耳を押さえた
- 彼
- まだ、行かないでくれよ。
- DJ
- え?どういう事?…ねぇ、どうして?
私の耳、押さえるんですか?
- 彼
- それは…。
- DJ
- ああ、でも待って。
そのままで…何だか、すごく落ち着くから…。
- 彼
- まだ…行かないで……
- 二人黙ったまま
聞こえてくるのは流れてくるラジオの番組
- DJ
- 時刻は午前2時をまわりました。今日も生放送でお送りします。
学生の皆さんは今は中間テストの真っ最中なのかな?ラジオネームはあんじゅさん、ひろみさん、みみさんその他たくさんの人から「テスト勉強しながら聞いてます」だって。頑張ってね。
それから砂つまり病から逃れるためにはどうすればいいのか?質問、疑問、提案、何でも構わないのでFAX、メールどんどん送ってください。
現在では多くの人が砂つまり病に悩まされています。このままいくと、ほとんどの人がかかるらしいよ。笑い事じゃないよね、ホント。
そこで今日の特集は「忘れられない曲、忘れたくない曲」どんどんリクエストしてください。でもさぁ、いろーんな事を忘れていっちゃうなんてブルーだね。かかったら終りだわ。だって最後は悲惨だもん。耳から溢れ出すんだって。考えられるぅ?ああ、おそろし。
私思ったんだけど、地球が砂漠化するかも知れないって砂つまり病が原因かもよ?え?そんな訳ないって?はい。
じゃあハガキをご紹介しましょ。ラジオネームは「DJの彼氏」さんから。えーっと…「僕の彼女は砂つまり病です」いやーん、お気の毒に。
- ぷつっとオーディオの電源を彼は切った
DJの耳を押さえたまま
- 彼
- 僕の彼女は、砂つまり病です…か。
- DJ
- ねぇ、ずっと気になってたんだけど…。
- 彼
- 何?
- DJ
- あなた、誰?
- くるくると回る定まらないラジオのチューナー
古いナンバー、CM、インド音楽、韓国語
それらはやがてすべて
砂嵐にかき消される
- 了