- 静かな静かな、ほとんどの人が眠ってしまったころ
ザクザクと大きなシャベルで土を掘る
ハイヒールが土で汚れても気にしない
殺気だった女のスカートは赤
- 猫
- 誰かいるんですか?
- 女
- !?・・・誰かいるの?
- 猫
- 誰?
- 女
- 誰?
- 猫
- ・・・。
- 女
- 気のせい・・・?
- 猫
- あ、人ですか。
- 女
- やっぱり誰かいる?
- ガサ ガサと葉っぱの揺れる音
- 女
- ほら、そこにいるんでしょう?
- ガサ ガサと葉っぱの揺れる音
- 女
- その木の後ろ。出てきなさいよ。見たんでしょう?ねぇ見たでしょ、黙ってないで、隠れてないで出てきなさいよ。
- 猫
- なにしてるんですか?
- ガサガサ、体を引きずって出てきたのは痩せたじじい猫
- 女
- ・・・・。
- 猫
- ・・・・。
- 女
- は・・・はは・・・あははは・・・なぁーんだ。
- 再びザクザクと土を掘る
- 女
- あっ・・・もう、ヒールのある靴なんかはいてこなきゃよかった。こんなの・・・いらないっと。
- と、脱ぎ捨てたヒールは猫を直撃
- 猫
- あいた。
- 女
- しっ。静かにして。
- 猫
- いたたたた、鼻に当たった。
- 女
- ワザとじゃないから。騒ぐんだったらあっち行って、しっしっ。
- 猫
- 逃げないと。
- 女
- むこう行ってよ、ほら。
- 猫
- また痛いことされる。
- 女
- しっしっ。
- 猫
- でも、・・・駄目ですね、力はいりませんよ。
- 女
- 何よ?あんた居座る気?
- 猫
- そういえばいつから食べてませんかね?
- 女
- 何?
- 猫
- なんか持ってません?
- 女
- 何見てるのよ?拾ってなんかやらないわよ。
- 猫
- 魚など食べたいですなぁ・・・。
- 女
- 汚い声、ぼさぼさじゃない。あんた誰にも拾ってもらえなかったの?
- 猫
- 私、ずいぶん遠出してきたもので。
- 女
- こうなると悲惨だね。それでも未だに夢見てるわけ?いつかどこかで誰かが、抱き上げてくれるかもしれないとか。
- 猫
- 悪がきが強くひっぱるからこっちの手が脱臼してね。
- 女
- でもその見た目じゃ無理だね。かわいそうだけど。
- 猫
- ま、わざとしたわけじゃないからね。
- 女
- あんたって私と正反対。だって私今幸せ絶頂よ。あんたなんかに自慢してもしょうがないけど。そこのブルーシートに何が包まれてると思う?
- 猫
- おや?
- 女
- 目撃者はあんただけみたい。なんなら最後まで見る?そのかわり静かにしててよ。わかった?
- 猫
- おほ。何かもらえそうな気配・・・
- ザクっと掘られて行く地面をのぞいて
- 猫
- その穴ぼこに食べ物ありますか?よっこいせっと。
- 女
- 本当はね違うのよ。
- 猫
- ・・・あなた騙しましたね・・・。
- 女
- 本当はみんなに見てもらいたいくらいよ。世界中の人に言いふらしたい気分。だってね、こんなにうれしいことないわよ。あんたにわかる?
- 猫
- ええ?そんな、私に真剣に話し掛られても。こればっかりは。
- 女
- わかるわけないか。
- 女は深くシャベルを突き刺した
- 女
- 土にね、還してあげるの。それが一番いいでしょ?
- すくった土を捨てる
- 女
- だって骨もそのうちどんどん古くなっていくし。
- 深くシャベルを突き刺し
- 女
- でも、あのときの体温はまだ手の中に残ってる。ゆっくりゆっくり冷たくなっていく感触も古くならずにちゃんと。
- すくった土を捨てる
- 女
- あの人ね、私の中にずっと残りたかったんだって。それでずっと考えて。どうやったら刻み込めるのかって。
- シャベルを突き刺し、土を捨てる、突き刺し、捨てる、その作業を繰り返す
- 女
- それで一番いい方法を思いついたって、ものすごく喜んでたのね。今の状態をずっと保つ方法。難しいのよ、気持ちをずーっと保つなんて。だから、一番いい状態のときに止まればいい。だって一瞬はずっと続くから。
- 繰り返しの作業はなんだか女を熱っぽくさせる
- 女
- 「両手を僕の首にまわして。それからゆっくり力を込めていってくれないか?ゆっくりゆっくり。」始めは、指が震えて足もガクガク。でもそのうち無意識に呟いてた、二人一緒に。愛してる、愛してる、愛してる、何度も何度も。そのときに本当に分かった。私愛されてるのよ。自分のことはね、なんだかんだ言ったって本当はちゃんと分かってる。けど、相手のことなんてやっぱり分からなくて。でもあの瞬間、最後の瞬間にふっとね、体の境界線も、脳みその境界線もなくなって、あの人の核心までたどりついた、ような気がして。・・・そこまで行かないと駄目なのよ。そこまで行かないと言葉は本当かウソかわからないじゃない。
- 猫
- ふぁ~。
- 女
- はぁ、はぁ、はぁ・・・。
- 猫
- 活舌よろしいですな。
- 女猫
- あ・・・。
- ぽつぽつと女の髪を濡らす
- 女
- 雨・・・。
- 猫
- 駄目だ、風邪ひいちゃいますよ。
- 女
- 掘らなくちゃ。もっともっと掘らなくちゃ。あの人がはいるくらい。
- 猫
- 雨宿り、雨宿り、だからこの季節は苦手です。
- 女
- それから毎日ここに花をもってこよう。私にはすごくすごく愛した人がいて、でもその人は土の中。
- シャベルを突き刺す力はさっきより弱くなって
- 女
- だから今はいないけど、ちゃんと前にいたんだって・・。本当にいたんだって。
- すくった土を捨てるのも重たい
- 女
- そう言えばいいのよ。ここまでやれば本当と一緒じゃない。
- 猫
- ちょっと、いいもの発見!へっくしょん、失礼。
- 女
- 静かにして。
- 猫
- ここ、この青いのを、広げて雨宿りとはどうでしょうか?
- 女
- 大きい声で鳴かないで、人がくるじゃな・・・何してるの?
- 猫
- 広げてもらえます。私、いかんせん爪が邪魔で。
- 女
- 何してんの、どきなさいよ。
- 猫
- お?なんだ、なんだかこれは怒ってるかんじ・・・?
- 女
- どきなさいってば、早く。爪たてないで。これは私の大切な人が包んであるんだから!
- 猫
- ぉわ!
- 女はブルーシートを抱きかかえた
- 猫
- いきなり奪い取らなくてもよろしかろう・・・
- ブルーシートの中身が土の上に転がりおちた
ころん ぱふ
- 女
- あっ・・・
- 猫
- ・・ふわぁ・・・ふとんですか、ふとんですね。
- 女
- ・・・あーあ・・・。
- 猫
- 懐かしいなぁ、ふとんかぁ。ふかふか。いいもの持っていらっしゃいますね。ん?どうしました?
- 女
- ・・・最悪・・・せっかくブルーシートのまま埋めようと思ってたのに雰囲気丸つぶれ。だって、決まってるじゃない。テレビで死体が包まれてるのはブルーシートだって。
- 猫
- ふぅん。(うなずき)
- 女
- 小説だってなんだって心がつぶれるくらい誰かを好きになったほうが格好いいじゃない。みんなそう言ってるし。みんな自分のこと話すし。でもしょうがないじゃない。私にはいないんだから。分からないから。しょうがないから作るしかないじゃない。ウソでも想像でもでっちあげて本気にして、本当にあったみたいに話すしかないじゃない。
- 猫
- ふんふん。(うなずきうなずき)
- 女
- ・・・さむい・・・。
- 猫
- うーむ、そうかぁ。
- 女
- 馬鹿みたい。何やってるんだろう?
- 猫
- なんだかよく分かりませんが。
- 女
- 猫相手に何、見え張って、言い訳してるんだろ。
- 猫
- あなたも、大変そうですねぇ。
- いつのまにか雨は勢いよくなって
猫、くるんとふとんの上でまるまった。
- 猫
- 雨は嫌だけど、ふとんがあるなら・・・もうここに決めます。
- 女
- ・・・あんた、寒い?
- 猫
- あったかいですよ。
- 女
- 寒いの?
- 猫
- あったかい・・・。
- 女
- ・・・私もね、寒いよ・・・。
- 猫
- ・・・。
- 女
- 私の部屋に来る?
- 猫
- ・・・。
- 女
- ねぇ。
- 猫
- ・・・。
- 女
- ねぇ・・・。
- 女は猫にそっと手をおくと
- 女
- あ・・。
- 雨はもっともっと勢いを増して地面に激突を繰り返す
まるで爆音のように
- 女
- 土に還してあげるのが、一番いいんだよね。
- 雨宿りをせず、穴ぼこの中に猫をおいてシャベルで土をかぶせつづける
- 女
- はやくやまないかなぁ。雨・・・・冷たい。
- 土は猫の体をどんどんかくす
雨は、まだやまない
いつか雲の隙間から太陽が顔を見せるその時まで
- おわり