- 雨の音。はげしい。部屋の中。ノック。またノック。男が目をさます
- 男
- ん、ん、ん、ファ~。だれだよ、こんな朝早く。
- ノック
- 男
- はいはーい。
- ガチャリと扉を開けると、ドッと雨の音が流れ込む。傘をさした女が立っている。
- 男
- あ、あれ?
- 女
- 来ました。
- 男
- 「来ました」って・・・えぇ!?
- 女
- だからね。来ちゃったのよ。約束してたでしょ。
- 男
- あ、ああ、約束はしてたけど、こんな朝早くだったっけ?
- 女
- ええ、7時って。
- 男
- 7時・・・。
- 女
- そう。
- 男
- あ、午前7時ってこと?
- 女
- そう。
- 男
- まいったなあ、オレはてっきり午後だとばかり思ってたよ。
- 女
- そうだと思う。あなたは午後7時のつもりで「7時にね」って言ったのよ。でも私は、それを朝の7時と勘違いして来ちゃいました。
- 男
- なにそれ。なんなんだよ、その説明。それじゃ最初っから・・・。
- 女
- ふふふふ・・・。入っていい?
- 男
- ええと、ちょっと待っててくれる?
- 女
- 誰か居るとか?
- 男
- 誰も居ないよ。
- 女
- そうね。見たところ、ここにはあなたの靴しかないみたいだし。
- 男
- 今、ちょっとちらかってるから、片付ける間だけ待っててくれないか。
- 女
- 雨の中で?
- 男
- ああ、雨ふってんだ・・・。
- 女
- ふうん。そんなかっこうして寝てるんだ。毎日そうなの?
- 男
- そ、そうだよ。これがいちばん寝やすいんだよ。じゃ、・・・入って。
- 女
- おじゃましまーす。
- 男
- しばらくの間、ドアの方向いて立っててくれないか。片付けるからさ。
- 女
- え?私も手つだうわよ。
- 男
- いいよ、いいって。大変なことになるから。
- 女
- 女性の下着がちらかってるとか?
- 男
- そんなんじゃないって。着がえなくちゃならないだろう?オレんとこ、ひと部屋しかないからさ、いきなり素裸じゃ、君も困るだろ?
- 女
- わかった。着がえる間だけね。
- 男
- ああ。見ちゃダメだよ、絶対に。
- 女
- ・・・「絶対に」なんて言われると見たくなっちゃうなぁ。
- 男
- 言いなおします。なるたけ見ないようにね。
- 女
- はーい。
- 男
- よ、よいしょーっと。
-
- 重いものをドサッと置く音。ソージ機がうなる。ウィーン。バタバタと何かを片付ける音
- 女
- ちょっとお。着換えするのにどうして掃除機がいるのよー。
- 男
- い、いろいろあるんだよ。着がえるための準備が
- 女
- この部屋、窓ないの?
- 男
- あるよ。こっちに。よいしょ、よいしょー。
- 女
- 暗くない?
- 男
- 開けると目の前に壁があるからね。昼間でも暗いんだよーっと!!
- ドサリと何かが置かれる。
- 男
- これでよし。あとは、なんとかして閉めちゃえばいいわけだ。くっ、くっくっくっくっー!
- 押入れの戸がバンと閉まる
- 女
- そんなに入れちゃって大丈夫?押入れの戸がはずれちゃうわよ。
- 男
- あー。見ちゃダメって言ったのに。
- 女
- 見てないわよー。目の前に鏡があるから見えちやうだけだよー。
- 男
- あ。
- 女
- 電気つけていい?
- 男
- いいよ。スイッチは君の目の前にある、それ。
- パチ
- 女
- ・・・へー。けっこう片付いたじゃないの。
- 男
- おかげ様でね。お茶入れようか?
- 女
- あ、あたしが入れてあげる。
- 男
- いや、いいよ。
- 女
- 入れてあげるわよ。
- 男
- いいって!
- 女
- ・・・何かあるの?台所に。
- 男
- なにもないよ。あるわけないじゃないか、ただの台所だよ。
- 女
- なんかかくしてる。
- 男
- ・・・わかったよ。お茶、お願いします。はい、上履き。
- 女
- 上履き?この靴、はくの?スリッパとかじゃなくて?
- 男
- うん。スリッパじゃあぶないんだよ。すべっちゃって。
- 女
- へー。
- 男
- お茶っ葉は、そこに出てるから。
- 女
- はーい。
- ガスコンロをガッチャンと。
- 女
- お茶ッ葉って・・・これかな?
- 男
- そう。
- 女
- これ、日本のお茶じゃないわね。醗酵してるし、きっとジャスミンティーか何かね。
- 男
- 「寝込みを襲う」そういう計画だったんだ。
- 女
- そうよ。午後7時じゃ、あなたはいろいろ準備しちゃうでしょ。それじゃ、私があなたの部屋をたづねる意味がないじゃないの。
- 男
- 意味。
- 女
- そう。ありのままのあなたの部屋を見てみたかったのよ。
- 男
- 何のために?
- 女
- あなたの事をもっと知るために。・・・座ったら?お茶、もう少しかかるわよ。
- 男
- いや、部屋では座らないことにしてるんだ。
- 女
- ・・・そう。どうして?
- 男
- 君も座らない方がいいと思う.今日の君みたいな白っぽい服の時は、特にね。
- 女
- 掃除ができてないから?
- 男
- いや。掃除は毎日してる。でもダメなんだ。・・・それ、何だと思う?
- 女
- どれ?
- 男
- ほら、天井からぶら下がってるやつ。
- 女
- ・・・なにかしら、つららみたいだけど。
- 男
- 鍾乳石じゃないかと思うんだ。半年で1センチくらい伸びたし。
- 女
- 鍾乳石・・・。
- 男
- これ、何に見える?
- 女
- ええと、キーウィみたいだけど?
- 男
- 一週間前に買ったみかんだよ。
- 女
- じゃ、この、削る前のカツオブシみたいなのは・・・。
- 男
- バナナ。
- 女
- カビだわ。すごいカビ。
- 男
- どんなものでも一週間で別のものに変わってゆくんだよ。最初は何だったのか、よーく考えないと思い出せないくらいさ。
- 女
- あなた、この台所で何か作って食べてるの?
- 男
- しばらく、がんばったけど、最近はあきらめて何も作ってない。
- 女
- そうでしょうね。
- 男
- 最後に作った料理はカレーだったなぁ。3ヶ月くらい前だ。
- 女
- で、どうなったの、そのカレー。
- 男
- どうなったって・・・知らないよ。
- 女
- え?知らないって、どういうことよ。
- 男
- まだ見てないし。
- 女
- まだ・・・・・。ええ?!ひょっとして、ここに置いてあるおナベが・・・。
- 男
- そう。それが3ヶ月前のカレーだよ。
- 女
- う、う、うわー・・・。
- 男
- いいよ。開けてみれば?
- 女
- い、いやよ。
- 男
- どうして?ありのままのオレの部屋を見に来たんだろ?
- 女
- いったい、どうなってんだろう・・・。考えてみるだけで恐ろしい。
- 男
- ミカンやバナナが一週間でこれだからね。想像を絶するものが入ってることだけは確かだよ。
- 女
- でも、ちょっとのぞいてみたいって気もする。
- 男
- いいよ。フタをとってのぞいてみたらいい。
- 女
- ・・・でも、やっぱり怖いわ。
- 男
- 何かをありのままに見るってのは怖いものなんじゃないの?さあ。勇気出して開けてみよう!!
- 女
- あ、あれ・・・あなた。ヒゲが・・・。
- 男
- え?ヒゲ?
- 女
- 目の下と、額にも・・・。
- 男
- ヒゲかぁ・・・、ちょっと待ってて、顔洗ってくるから。
- 女
- それ、ヒゲじゃないの?
- 男
- 待っててくれ。洗面所をのぞいちゃダメだよ。ぜったいに。
- 男、去る。ペチャペチャと足音。床がぬれている。
- 女
- さーて、どうしよう。フタ開けてみようかな。でも、とりかえしのつかない事になったらどうしよう。でも・・・、このナベの中がありのままの彼の生活なのよ。それを見ないとたづねて来た意味がない・・・、やるか!やろう。もうどうなたっていい。フタを開けてみよう・・・。ハーハー、スースー、さあ、息を止めて・・・ん!!!
- 爆発音
- おわり