静寂。やがて・・・

がちゃっ
遠くで音がした。スイッチが切れた。
女(N)
世界は反転し、あっという間に、動揺してざわめく人々でいっぱいになった。
おい、大丈夫か?
うん。
・・・困ったな。
うん。
どうなってんだよ?
わかんない。
なんなんだ?
わかんない。
まいったな。
どうなるの?これから。
俺に聞くなよ。
だって。
あーあ。(あたりを見回して)。
ねえ。どうする?
どうするって・・・どうするんだ?こういうときは。ふつう・・・。
こういう異常事態にはふつうはどうするものなのかを聞いてるの?
つっこむなよ。
ごめん。
見てこようか。
どこを?
スイッチ・・・。
どこにあるの?
・・・・さあ。
もう一回つけられる?
・・・さあ。
このままつかなかったらどうなるの?
このままの状態が続くんだろ。
いつまで?
いつまでも。
そしたらどうなるの?
俺に聞くなよ!
だって・・・。
とりあえず、ここを動くな。落ち着いてゆっくり考えよう。
そんな悠長なこと言ってていいの?
焦っても一緒だよ。なにかするまでなにもかわらないんだから。
でも・・・。
女(N)
私たちはとりあえず、その場にとどまり、落ち着いてゆっくり考えることにした。
考えてもなにも思いつかなかった
スイッチが切れたときのことを感がえっタことなんてなかったから
なにも打つ手がないまま。時間だけが過ぎた
なあ。
なに?何か思いついた?
いや・・・その・・・思いついたというか・・・。
なんだ。
いや・・・・ちょっと気になったことがあって。
なに?
あのさ・・・笑うなよ、・・もしかしたら・・・、もし・・・。
うん・・・。
いや・・・そんなはずはないか。
なによ、言いかけてやめないでよ。
・・・いや・・・。
言ってよ。気になるじゃない。
うん。
うん。
・・・スイッチの切れた音だったんだろうかと思って。
えええ?(笑う)
笑うなよ。
だって。
何で笑うんだよ。なにも可笑しくないじゃないか。
じゃ、なんで、さっきわらうなって言ったのよ?
笑うようなことじゃないからだよ。
笑うようなことじゃないのにわざわざ笑うななんて言わないでよ。まぎらわしいじゃない。
なにが?
そんなこと言うから、おかしいのかと思ったじゃない。
じゃあ泣くなっていったら泣くのか?おまえはそんな相対的な根拠で可笑しいのか?
なに怒ってるのよ。
動揺してるんだよ。
じゃあ、あの音は何なの?この状態は何なの?これは幻なの?錯覚なの?
だから・・・あれは・・・。
あれはなによ。
・・・もしあれが、スイッチの「入った」音だったとしたら?
ええええええええ?
笑えよ。
・・・笑えないわよ。
どうして?
・・・おかしくないもの。
ばかばかしいだろ。なんとなく、今ふっとそう思ったんだよ。それだけ。
・・・・・そうかもしれない。
疲れてるのかな。なんでそんなこと・・・。
・・・そうかもしれないね。
・・・え?
そうだよ。あなたの言うとおり。あれは、スイッチの入った音だったのかもしれないよ。
どうしてそう思う?
そうじゃないっていう理由がなにもないもの。
・・・・。
どうしたの?顔色悪いよ。
だって・・・。
うん?
もしもそうだったら・・・どうしようもない。
どうして?
だってそうだろ。スイッチが切れたときにしなくちゃいけないことは、きっとスイッチが入ったときにしちゃいけないことだろうし、スイッチが入ったときにしなきゃいけないことは、スイッチが切れたときにはしちゃいけないことだろうし・・・。どっちなのかわからないと、何か思いついても、それをしないといけないのか、それともしちゃいけないのか、どっちなのか決められないじゃないか。
なるほどねえ。
考えろよ。それくらい。
なによ。
困ったな。どうしよう。
落ち着いて。ゆっくり考えよう。
そんな悠長な・・・。
大丈夫よ。思いつくまでなにも変わらないんだから。
女(N)
私たちは考えた。考えてもなにも思いつかなかった。
だからなにも変わらなかった。
長い長い時間が過ぎた。
世界はいつまでもそのままだった。
スイッチを入れなければいけないのか?切らなければいけないのか?
誰にもわからなかった。
あの音を境にすっかり反転してしまった世界に、私たちは少しずつすこしずつ慣れていった。
同時に古い記憶は少しずつ少しずつ薄くなり、やがてどこからもすっかり消えてしまった。
そうなるのに十分なだけの、長い長い時間がすぎた。
長い時間が過ぎたあと
老女(N)
私たちの世界が終わろうとしていた。
みんな静かに安らかに目を閉じ、おしまいの準備をしていた。
何かやりのこしたことがあるような気がしていた。
けれども、それが何なのか、誰も思い出すことができなかった。
静寂。やがて・・・
遠くで音がした。スイッチが切れた。
老女(N)
世界は反転し、あっという間に、動揺してざわめく人々でいっぱいになった。
その中にはもう、私たちはいなかった。
終わり