- キコ キコ キコ キコ
ペダルをこぐ音
自転車の車輪がまわる音
少年の熱を帯びた息
その自転車の荷台に乗って足をぶらぶらさせている小さな女の子
- 女の子
- いつになる?つくの?ゆうえすじゃい・・・
- 少年
- もうすぐ。
- 女の子
- もうすぐ。さっき、ゆった。
- 少年
- だからもうすぐのもうすぐ。
- 女の子
- とけい、何回もぐるぐる回った。
- 少年
- うるさい。
- 女の子
- おひさん、どっかいった。
- 少年
- うるさい。
- 女の子
- くも、ねずみいろになってる。
- 少年
- うるさい。
- 女の子
- もう、おなか、ねむい・・・。
- 少年
- お腹へってるのか、眠いのかどっちやねん。
- 女の子
- どっちも。
- 少年
- もうすぐやから黙ってろ。お前乗せたってるやろ。俺こいでるねんぞ。
- 女の子
- あー・・・もー、もー、もー、かーえーるー。おなか、ねむいから、かえるねん。
- 少年
- 文句言うな。
- 女の子
- だって、つかへんやん。
- 少年
- ちゃんと地図見ながら行っとるねん。大丈夫や、自転車でもいつかは着く。電車代足らんかってんからしょうがないやろ。
- 女の子
- いい、もういい・・・ゆうえすじゃい・・・もういいねん。
- 少年
- わかった。じゃあ帰ろっか。そうしよ、帰ろ、帰ろ。
- と、ブレーキをかけた
- 女の子
- あ・・・。
- 少年
- 残念やなぁ。空とか飛べるのになぁ。月、横切るのになぁ。でも帰ろ。水しぶきがばっさーん、火がメロメロ、ハラハラドキドキやのになぁ。でも帰ろ。
- 女の子
- う・・・。
- 少年
- 何やねん?帰りたいんやろ?
- 女の子
- ううー。
- 少年
- 帰るんやろ?
- 女の子
- んん~、ごーるでんになおちゃん「ひかり」のった。みきちゃん「でぃずにー」のったって。あたし、ずっとおうちでなむなむ。
- 少年
- だから今日、せっかく俺のあり金使って連れて行ったろうと思ってたのに。
- 女の子
- ちがうもん。
- 少年
- 何がやねん。
- 女の子
- ごーるでんにゆうえすじゃいのやくそく。
- 少年
- 今日がゴールデンやと思ったらええやんけ。
- 女の子
- それとちゃう。
- 少年
- だから、無理やったから俺が・・・。
- 女の子
- ちがうちがうちがう。
- 少年
- ・・・。
- 女の子
- だって、ひとつ、ふたつ。あれ?ひとつ、ふたつ・・・。
- 少年と自分を指して数える
- 少年
- ひとり、ふたりの間違いやろ。
- 女の子
- はぁ、まちがい。ひとり、ふたり・・・なんで?なぁ、なんで?
- 少年
- しゃーないやろ。おかんは・・・今疲れてるねん。いろいろ。
- 女の子
- なんで?
- 少年
- なんでって・・・。
- 女の子
- なんで、なんで、なんで?じゃあ、なんで、おとー・・・
- 少年
- もう、うるさいねん!
- 女の子、少年の大きな声に小さな体をこわばらせた
- 女の子
- いや。もうくらいし、こわいし、いや。
- 少年
- ごめん。
- 女の子
- いや。
- 少年
- 泣くなや。
- 女の子
- こわいかお、いや。
- そういって女の子はうつむいた
ただ黙って、少し風が吹いた
少年は小さなため息をひとつ
- 少年
- あんな、お正月にテレビでETやってたの憶えてるやろ?
- 女の子
- しらん。
- 少年
- 知らんふりしてもあかん。お前ET好きなくせに。
- 女の子
- ふん。
- 少年
- あれやん。ET迷子で、帰りたいけど何か色々あって、一回死んでしまうやん。ちゃんと行き返るけど。ほんで・・・。
- 女の子
- しぬ?
- 少年
- そっか、お前、まだ分からんもんな・・・。
- 少年は“チリン”と一回ベルをならした
- 少年
- ほら、そのあとの自転車で走るところ好きやって言うてたやろ。
- ペダルをこぎはじめた
- 少年
- 映画と同じやぞ。チャリのかごにET乗っけて走るところ憶えてないか?
- 女の子
- ふんだ。
- 少年
- こうやって森までチャリでめっちゃ走るやろ。
- キコキコさっきよりも速く
- 女の子
- ちがうもん。
- 少年
- え?
- 女の子
- もっとはやかったもん。
- 少年
- 何やねん。ちゃんと憶えてるやんけ。
- 女の子
- もっとはやいの。
- 少年
- はいはい。行くで、飛ばすぞ。
- キコキコさっきよりももっと速く
少年は力強くペダルをこいだ
- 女の子
- はぁっ!?はやーい。
- 少年
- な?同じくらい早いやろ。
- 女の子
- うん。はやいはやい。
- 少年
- 急いで走らなET捕まえられてしまうからな。
- 女の子
- はしるはしる。
- 少年
- 森にUFOが迎えにきてくれるねんで。
- 女の子
- うほー。
- キコキコさっきよりももっと速く
- 少年
- でも気抜くなよ。追いかけてくる奴とかおるから、めっちゃ走らなあかんぞ。
- 女の子
- はやくはやく。
- 少年
- 夕日もどんどん沈む。
- 女の子
- くらいくらい。
- 少年
- ええ感じや。UFOは夜に来るって決まってるしな。
- キコキコさっきよりももっともっと速く
- 少年
- 道路つっきって、森までまっしぐら。
- 女の子
- びゅーんびゅーん。
- 少年
- 急がな。
- 女の子
- いそいでいそいで。
- キコキコさっきよりももっともっともっと速く
- 少年
- と思ったら挟み撃ちや。
- 女の子
- とうせんぼや。
- 少年
- ライフル持ってるぞ。
- 女の子
- とまるの?
- 少年
- あかんって。捕まってしまう。
- 女の子
- どうしよ!
- 少年
- ぶつかるー!
- 女の子
- きゃあー。
- 少年
- はい、そこで音楽。
- 少年・女の子
- ちゃ~ら~、ららららら~、ら~ん、ら~、ら~・・・。
- ふたり同時にテーマソングを歌って、自然に笑いがこぼれた
けれど、次第にその笑い声は女の子の声だけに
- 女の子
- とぶとぶとぶねん。ひゃぁ~たかいでー。おつきさんまで~、あたししってるー。いーてーしってるねーん。なぁ、にいちゃ・・・。
- 少年はキキキーと急ブレーキをかけた
- 女の子
- にいちゃん、どした?
- 少年
- チャリはふわぁって空飛ぶねん。挟み撃ちしてる奴らの頭の上を、ふわぁって。ET、何でもできるからな。チャリで空飛ぶことも、怪我だって治すこともできるしな。でも俺、ET違うから、このチャリは飛ばへんし、怪我も治されへん。治されへんねん。何もできひんかってん。
- 少年の声が震えた
女の子は少年の顔を一生懸命覗き込んだ
なんとびっくり
- 女の子
- はぁっ!?にいちゃん!!どうしたんや?だれかにおこられたんか?しんどいんか?
- 少年
- だって俺子供やもん、何もでけへんやん。
- 女の子
- できるできる。にいちゃんなんでもできるの。
- 少年
- だっておとんの代わりは・・・無理や・・・
- 最後の言葉はほとんど聞き取れない
- 女の子
- うん?
- 少年
- あんなぁ・・・。
- 女の子
- あ!
- 少年
- 何?
- 女の子、空を指さした
- 女の子
- まんまる。
- 指さした紺色の空を見上げると、まあるい、まあるい月がそこに
- 女の子
- いーてーのとおんなじ、まんまるや。すごーい。すごいなぁ。
- 少年
- ・・・。
- 女の子
- にいちゃん。みてみて。あのまんまる、にいちゃんがつれてきてんで。
- 少年
- え?
- 女の子
- たいや、ぐるぐるして、いっぱい、はしったから。だからまんまるみつけられたんやで。だから、だからな、えーっと・・・
- 一生懸命に言葉を探す女の子
- 女の子
- なでなでしたろか?
- やっと見つけ出した言葉に少年は顔をあげた
そして
- 少年
- あほか。・・・大丈夫やで。
- 少年はもう一度しっかり月を見上げ
深呼吸ひとつ
- 少年
- よし、行こか。
- ゆっくりベダルをこぎはじめる
荷台ではやっぱり女の子は足をぶらぶら
月はその先の道を照らすように
明るく明るく、そこにある
- おしまい