桜の木の下。ブランコが揺れている。
「君は、誰を待っているの?」
さよならの後にそう言って。
あなたは去っていきました。
地面を覆う白い影が
風にふんわり揺れました。
足音は、少しずつ小さくなって
遠くへ消えていきました。
追いかけることはできません。
だって、ほら。
私はここを、離れるわけにはいかないから。
「君は、誰を待っているの?」
だって、ほら。<あの日>から。
<ここ> で、<あなた> <あなた> を待ってます。
私はここを、離れるわけにはいきません。
だから、あなたが去っていっても。
見送ることしかできません。
「君は、誰を待っているの?」
あの日はとてもお天気が良くて。
白い枝は、やっぱりふんわりと華やかで。
空はどこまでも遠くまで晴れていて・・・。
生暖かい風が、頬をかすめて通り過ぎていきました。
私は一日中ここに立って。
とおりの向こうを見ていました。
あなたが来るのを待っていました。
あのとき・・・。
あなたは何を言おうとしたんでしょう・・・。
私は何を聞くはずだったんでしょう・・・。
「君は、誰を待っているの?」
日が暮れるまで待ちました。
日が暮れてからも待ちました。
次の日も。その次の日も。その次の日も待ちました。
だって、ほら・・・。

私はここを、離れるわけにはいきません。
「君は、誰を待っているの?」
あれから。
春は何回もやってきて。
白い花は何度も散って
だけどもまだ同じようにふんわり開いて。
なんどもなんども開いて閉じて。

そのたびに、私はこの木の下で
何度もあなたと出会いました。

新しいつぼみが開いて、新しい春が来る。
私は一日中ここにいて。とおりの向こうを眺めている。
遠くから、だんだんに足音が近づいて。
目を開けると、あなたがそこに立っている。
あなたは何か言おうとする。
私はそれを聞こうとする。
だけど、生ぬるい風はあんまりに奇麗に透き通っていて。
肝心なことをすっかり忘れてしまう・・・。

風が吹く
桜の花びらが散る
風はやがて白くにごって、
開いたつぼみを枝の端からもぎ取って、
遠くへ静かに去っていく。

・・・そして私は思い出す。
「君は、誰を待っているの?」
・・・あなたの声で我に返る。
肝心なことを思い出す。
<ここ> で<あなた> <あなた> を待ってます。
<あの日> から、だって、ほら・・・。
「君は、誰を待っているの?」
さよならの後にそう言って。
あなたは遠くへ去っていく。
地面を覆う白い影をざくざくと踏みしめて。
足音は、少しずつ小さくなって
遠くへ静かに消えていく。
追いかけることはできません。
だって、ほら。
私はここを、離れるわけにはいかないから。
「君は、誰を待っているの?」

私はここを、離れるわけにはいきません。
何度目の春が来ても。風がすっかり通り過ぎても。
いつまでも・・・。

何度でも、さよをならを言いましょう。
肝心なことを忘れないために。
だってほら、・・・・・約束したから。
さよなら。
・ ・・今年も、白いつぼみが開きました。
風の中。ブランコが揺れている。
終わり