- エレベーターのドアが開く。段ボール箱がドサドサとエレベータから外にあふれ出す
- 男
- あー!
- 女
- ちょっと、気をつけてよ。私の荷物の中には割れものだってたくさんあるのよ。
- 男
- ごめんごめん。ちょっと、そこの「開」のボタン押しといて。
- 女
- わかった。
- 男
- よいしょー!くくく、くー!なにが入ってんだこの箱。お、おもい、おもすぎるー。
- 女
- あー、それブロックじゃないかなー。コンクリートの。
- 男
- ど、どうしてそんなものを?
- 女
- 便利なのよブロックは、花壇とか作る時に。
- 男
- ここはマンションの7階だよー。
- 女
- 何年かしたらまた引っ越すかもしれないじゃないの。よいしょー!
- エレベータのドアが閉まる。
- 男
- ようし、やっと7階まで来たぞ。
- 女
- 下のレンタカーはどうするの?
- 男
- 明日返すしかないだろう。もう今日は営業時間終わってるんじゃないか?
- 女
- 何時かしら・・・?
- 男
- ええと・・・12時。
- 女
- ええ?!もう夜中じゃないの。
- 男
- だって仕方ないだろう。うちの荷物を積み込んだ時はまだ午前中だったんだよ。でもナミエの部屋のあのピラミッドみたいに積み上げられた段ボールをひとつ、またひとつと運んでいるうちに・・・。でも、まあ、オレたちがんばったよ。なあ。
- 女
- うーん。それはそうね。よくトラックに乗ったものよね。あたし昼ごろ、もうダメなんじゃないかと思っちゃったたけど。
- 男
- やっぱ2人で力を合わせると何とかなるもんだな。
- 女
- 本当よね。・・・コーちゃん(見つめ合う2人)
- 男
- ・・・ナミエ。
- 女
- あー!(箱の山が倒れそうになっている)
- 男
- うわうわ、うわー。あぶない。あぶぶ、あぶなかったー。
- 女
- そこ、ちゃんと押さえといてね。そこが崩れちゃうと私達生き埋めよ。
- 男
- わかってる、わかってるよ。はやく部屋に運んじゃおう。
- 女
- うん。ここよね。このエレベータの横の部屋よね。
- 男
- うん、701号室。
- ガチャリと扉を開ける
- 女
- あー、真っ暗だよー。
- 男
- 玄関のところにブレーカーがあるだろ。そのスイッチを上のにたおすんだよ。
- 女
- これかな?(パチン)それから部屋の電気はと・・・。
- 男
- どうしたナミエ、早くしてくれよ。
- 女
- コーちゃん。電気がないよ。
- 男
- へ?
- 女
- 天井に何もついてないみたい。
- 男
- あ、そりゃそうだ。まず、電灯を天井にとりつけないとな。
- 女
- 電灯ってどこにあるの?
- 男
- え?どこにあるって。ナミエの部屋にあった丸いやつは?
- 女
- 置いて来たよ。だって最初からあったんだもん。
- 男
- えー?!
- 女
- えーっって、コーちゃんも・・・。
- 男
- どうすんだよ。こんな時間に電気屋開いてないぞ。明日は7時に起きて、8時から打ち合わせ、11時から1次会、3時に終わって5時から友達集めて2次会、夜9時までに何とか空港にたどりついて出発なんだよー。ハワイ3泊4日の旅にー。何とか荷物を運び込んじゃわないと、大変なことになるよー。
- 女
- なんてスケジュールなのよ。引越しからハネムーンまでたったの一週間じゃ無理よー。あ、トイレまでの電気はつくわよ。ドアを開けたままにしとくと・・・うんうん。何となりそう。
- 男
- よ、よし。ぐずぐずしてると朝になっちゃうぞ。なんでもいいから、これ全部ほうり込んじゃおう。
- 女
- おーし、やるわよー。まず、その段ボール箱はこっちに投げてよこして。
- 男
- これね。「小物」って書いてあるけど、中身は何なんだ。
- 女
- 小物よ。小物。はい!
- 男
- 小物!
- 女
- はい次。
- 男
- また小物!
- 女
- はい次。
- 男
- またまた小物。
- 女
- はい次!
- 男
- 次は大物!どあ!
- 女
- く!くくく。はい次!
- 男
- 大物!どりゃ。
- 女
- う!ううう。はい次!
- 男
- ラジカセ!
- 女
- はい次!
- 男
- テレビ!
- 女
- はい次!
- 男
- テレビ!
- 女
- はい次!
- 男
- ビデオ!
- 女
- はい次!
- 男
- ビデオ!
- 女
- はい次!
- 男
- 洗濯機!
- 女
- はい次!
- 男
- 洗濯機!
- 女
- はい次!
- 男
- 洗濯機!
- 女
- はい次!
- 男
- 電気釜!
- 女
- はい次!
- 男
- 電気釜!
- 女
- はい次!
- 男
- 冷蔵庫!
- 女
- はい次!
- 男
- 冷蔵庫?!
- 女
- はい次!
- 男
- ちょっと変だぞ!
- 女
- はい次!
- 男
- みんな2づつある!
- 女
- え?
- 男
- なんか変じゃないか?なにもかも2ずつある。はいよ!
- 女
- 変じゃないわよ。コーちゃんも私もひとりぐらしだったんだから当り前じゃないの。
はい、もらいました。
- 男
- いいのかな。こんな車で、はいよ。
- 女
- なにがよ。あ、ちょっともう投げられないわね。ここのすき間から、もらうわ。はいはい。
- 男
- 洗濯機とか電気釜とか2つもあってどうするんだ?
- 女
- なに言ってんの、子供が生まれたら必要になるわよ。はい、もらいました。
- 男
- 子供?はいよ。まさかナミエ・・・。
- 女
- まだよ、まだだけどすぐよ。すぐに大きくなって太郎は彼女を連れてくる。はい、もらいました。
- 男
- 太郎って?はいよ。
- 女
- 長男の名前よ。もう決めているの。はい、もらいました。太郎は二十歳で結婚して、私達と同居するの。2世帯になったらお互いの生活を尊重するために2つずつ必要になるのよ。なにもかも。
- 男
- ナミエってすげー先のことも考えてんだなぁ。はいよ。あれ、おーい。どこにいるんだー?
- 女
- あたり前じゃないの。これからは、何もかもきちんとやってゆくの、ね、わかるでしょ。生活するってことは、そういうことなのよ。あれ?もうこっちには置けないから、そっちに置いといてよ。
- 男
- こっちもいいかげん狭くなって来てるんだよ。ここに置くか。
- 女
- どう?まだまだかな?
- 男
- いや、あと50箱くらいなんだけどね。もうこのまま玄関にけり込んどこうかな。えーい!
- ドサドサドサドサ
- 女
- なんとかなりそう?
- 男
- ちょっと待って・・・く、く、く、・・・、くー!
- ガチャリとドアが閉じる
- 男
- やった。やったよ。全部運び込んでドアがしまったよ!
- 女
- やったー!とうとうやたんだわ。私達。
- 男
- ・・・ナミエ。ナミエー!どこだ?どこなんだ?
- 女
- ここよ。奥の部屋のまん中に居るわ。
- 男
- ええ?こっち来られないかー?
- 女
- ええと、無理みたい。
- 男
- ど、どうするんだよ。
- 女
- 仕方ないから今月はこのまま寝ましょう。
- 男
- 寝るったって、オレ、立ってるのがやっとだよ。
- 女
- 私もそう。明日、明るくなってきたらきっと見つかると思うの。玄関までのルートが。今日無理してこの段ボールの山の中に迷い込んだら生き埋めになりそう。
- 男
- ナミエ、寒くないか?
- 女
- 寒いわ少し。でもがまんする。これからずーっとコーちゃんといっしょなんだもん。
- 男
- ナミエ、ナミエー!いま、そっちへ行くからな。
- 女
- ダメよ。あぶないわよ。そんな事しちゃ。コーちゃん冷静になって。今、大切なのは体力を消耗しないことよ。明日の8時の打ち合わせまでに旅行の準備もしなくちゃならないでしょ。そのあとのスケジュールを考えると今は動かずにじっと明るくなるのを待つのよ。ね。
- 男
- すまない、ナミエ。オレの仕事の都合でこんな事になって。
- 女
- 泣かないで。コーちゃん。何か楽しいこと考えるのよ。楽しいこと、ない?
- 男
- ハワイに行って・・・。
- 女
- そう、ハワイに行くのよ。
- 男
- 帰ってきた日から出社するんだよ、オレ。
- 女
- ダメダメ、もっと他のことを考えるのよ!
- 男
- ・・・ナミエ、オレ、もうだめかも知れないよ。なんだか、眠くなって・・・。
- 女
- コーちゃん!
- 男
- 段ボール箱ってけっこうやわらかいなぁ・・・。
- 女
- 眠っちゃダメ!眠っちゃダメだよ。コーちゃん。明日起きられなくって、大変なことになるわよ。コーちゃん!
- 男
- あー、外は吹雪なのかなぁ・・・。風の音がするなぁ。
- 吹雪の音
- おわり