足音が近づいてくる。
一本道を。男が歩いてくる。
歩く男
(N)ふと足と止めて見渡すと
そこはただっ広い牧草地だった
たくさんの羊がひしめきあう音・・・
そして・・・ざぶん。バケツで水をかける音・・・
洗う女
ごめんなさい。かかっちゃいました?
歩く男
・・いえ。大丈夫です。
洗う女
すいません。(と言いつつもごしごしと擦っている)
歩く男
すごい数ですね。(羊を見渡して)
洗う女
え?
歩く男
羊。
洗う女
ああ。そうですか?
歩く男
これ。ぜんぶ洗うんですか?
洗う女
ええ。(なんだか腑に落ちない)
歩く男
大変ですね。
洗う女
いいえ。だって私は羊飼いなんですし。(ごしごし)
歩く男
・・・。
ざぶん、水をかける。
めぇ。羊は鳴いている。
歩く男
・・・手伝いましょうか。
洗う女
え?
歩く男
無理ですよ。これだけの羊をあなたひとりで洗うなんて。
洗う女
大丈夫です。
歩く男
いえ。手伝います。歩くのにう疲れてしまって、ちょうど気分転換をしたかったところなんです。
洗う女
そうですか。じゃあ。
男、柵をとび超えて牧場のなかへ入ってくる
洗う女
・・・じゃあまず、この子の体を拭いてもらえます?
歩く男
え?
洗う女
このタオルを使ってください。
歩く男
・・・タオル?
洗う女
つのをひっかけないように気をつけて。すっかり乾くまで丁寧に拭いてやってくださいね。
歩く男
(N)彼女は井戸の前に羊を一列に並べ、手際よくざぶんと水をかけていた。両手にいっぱい手渡された草緑色のタオルは、日の光をたっぷり含んでふんわりとあたたかかった。
男、濡れた羊をタオルで包み、水気を取っている
・・・が、これはなかなか難しい
歩く男
思ったより水の切れが悪いですね。
洗う女
ウールですから。
歩く男
ドライヤーで乾かしてはどうでしょう。
洗う女
細かい手順や何かはお任せしますけど、乱暴に扱うのはやめてください。
歩く男
・・・すみません。
ふたり、黙々と作業を続ける
羊は一匹ずつ洗われている
歩く男
拭くまえに、一度しぼったりしてはいけませんか?
洗う女
・・・(ごしごしごし)
歩く男
・・・すみません。
ふたり、黙々と作業を続ける
羊は一匹ずつ洗われている
歩く男
あの・・・。
洗う女
なんですか。
歩く男
こうやって1匹ずつタオルで拭いてると途方もなく時間がかかると思うんですけが・・・。
(無視して作業を続けている)大丈夫です。
歩く男
いや・・・それに、タオルだっていくらあってもたりないと思うんです・・・
洗う女
(忙しそうに羊をあわ立てている)大丈夫です。タオルならたくさんありますから、どんどん使ってください。
歩く男
え?
旅の男
(N)牧場のあちこちには、質のいい干草がこんもりと盛られていた。が、よくみれば。それは干草ではなく、うずたかく積まれた草緑色のタオルの山だった。
地面はやわらかな牧草で覆われていた。が、それもよくみれば隙間なく敷き詰められた黄緑色のタオルの海だった。
歩く男
・・・。一体何匹いるんです?
洗う女
・・・え?
歩く男
何匹洗えば終わるんです?
洗う女
・・・なんでそんなこと聞くんですか?(不思議そうに)
歩く男
え?
男は考え込んでいる
めえええ。羊の鳴き声
洗う女
もういいです。
歩く男
え?あ、いや・・・。
洗う女
いいですよ。無理しなくて。
歩く男
いや・・・。
洗う女
いいえ。だって手元がそんなにおろそかに・・・。
歩く男
・・・あ。
洗う女
女は不思議そうに男を見ている
手だけは律儀に動かしつづけたまま
男は考え込んでいる
歩く男
羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹・・・(考えている)
歩く男
うーん。
洗う女
え?
歩く男
やっぱり、これ、お返しします。(タオルを渡す)
洗う女
そうですか・・・。(タオルを受け取る)
歩く男
うん。きっとそうなんです。
洗う女
そうなんですか・・・。
歩く男
・・・すみません。お邪魔しました。もう行きます。行かなくちゃ。
男、柵を越えて道へ
洗う女
どこへ行くんですか?
歩く男
え?
旅の男
(N)私はまた、柵に沿って歩いた。
どんどん歩いた。地平線を越えて、どこまでも歩いた。
羊の群れは、反対側の地平線の向こうへと続いていた。



彼女は、最初に洗った羊のことを、覚えているのだろうか?
*****

<どこへ行くんですか?>
彼女は一体何を聞きたかったのか。
私にはまだわからない。
足音、遠ざかっていく・・・。
終わり