- お好み焼きの店で男が待っている。そこに女がやってくる
- 女
- ごめん、ごめん。待った?
- 男
- いや、そうでもないよ。
- 女
- あら?もう・・・。
- 男
- ああ、君の分も注文しといたから。ブタモダン。さあ焼きましょう。
- 女
- それは?
- 男
- これは、ブタ玉じゃないか。さあ、焼くぞう!まずブタバラをと。ね。ジューッと。
- 女
- ブタブタじゃないの。
- ジューと音
- 男
- え?ブタブタ?
- 女
- 2人で食べるんだから、もう一つはイカとかエビでよかったんじゃないの?
- 男
- まあいいじゃないか。お好み焼きは、ブタ肉がいちばんなんだよ。
- 女
- あら?
- 男
- なに?
- 女
- ブタモダンのブタ肉、ちょっと多すぎない?
- 男
- ああ、大もりだからね。こっちのブタ玉も大もりなんだ。ブタ肉がね。
- ジューと音
- 女
- そんなに好きだった?ブタ肉。
- 男
- いやぁ、なんか急にね・・・食べたくなっちゃってね。
- 女
- あ、そう・・・。それで大事な話ってなに?
- 男
- ああ。転勤が・・・決まったんだ。
- 女
- え?いつから?
- 男
- 4月1日からなんだけどね。いろいろ準備があるから3月の中旬くらいにね、行っちゃうんだ。
- 女
- ええ、そんなに急なの?
- 男
- なんかね。準備が大変らしいんだよ。だから課長とかが早く行ったほうがいいって言うんだ。
- 女
- 3月中旬かあ。
- 男
- それでね。ナミエは・・・その、来てくれるのかなって、ね。
- 女
- もちろん行くわよ。
- 男
- ほ、ほんと?よかったー。ひとりで行くのってさびしいよなーって思ってたんだよ。
よかった。よかった。アハハハ・・・。
- 女
- なに言ってんのよ。行ってあげるわよ。友達とスキーに行く予定もあったんだけど、あなたの方が優先よ。飛行機?新幹線?
- 男
- もちろん飛行機。
- 女
- 飛行機かぁ・・・わかった。思いっきり手をふってあげるから、ね。
- 男
- ・・・手をふるって、あの・・・。
- 女
- あらららー。ブタバラが焦げちゃてるわよ。はやくはやくー。
- カシャカシャとかきまぜる音につづいてジューと。
- 女
- あら?どうしたの?はやくしなくちゃ。
- 男
- うん。ナミエて、その「あら?」とか「あららら」とか言うの口ぐせだっけ?
- 女
- あら、そうお?そんなに何回も「あら」って言ってるのかな気づかなかったわ。それで、どこに転勤になったの?
- 男
- うん。(ゆっくりカチャカチャ混ぜる)ちょっと遠いんだよ。
- 女
- 沖縄。
- 男
- いや。
- 女
- 北海道。
- 男
- なんかね。ブタ肉が食べられないかも知れないんだ。(ジューと音)
- 女
- あーわかった。秋田とか岩手の山奥のなんだ。川魚とか、山菜とかイノシシとか・・・
あら?ブタは居なくてもいのししが居るじゃないの。
- 男
- 昔さ。恋愛に関する法則について、話したことがあっただろう。
- 女
- うんうん、あれ、おもしろかった。えーと、第一法則はね。「距離に比例する」だったかな?
- 男
- ちがうよ。反対だよ反対。距離に比例したら、二人が離れれば離れるほど恋愛がうまくゆくじゃないか。距離の2乗に反比例。
- 女
- どういう意味だっけ?
- 男
- だから、二人が離れれば離れるほど、恋愛はむつかしくなるってことだよ。
- 女
- あたり前じゃないの。
- 男
- だから、・・・あたり前なんだよ。それを法則って言うんだよ。
- 女
- ええと、デンジャラスだったかな。
- 男
- ああ、ホンジュラス。地球の裏側の国。ホンジュラス。どう思う。ナミエ。ホンジュラスに住んでるすごいカッコいい青年の写真を見せられても恋愛感情は湧かないだろ?
- 女
- それは、むりよ
- 男
- な。遠距離恋愛ってのはそもそも無理なんだ。恋愛対象は、手近に居るやつの中から適当にえらぶもんなんだ。
- 女
- 悲しいけど、それはそうよね。もういいわよ。
- 男
- もういいって、何がだよ。
- 女
- ブタ玉。ひっくり返してあげようか。えい。
- ビタン。ジュー
- 男
- うまい。
- 女
- えへへへー。
- 男
- ところがさ、友達でホンジュラス人の女と結婚したやつが出たんだ。
- 女
- えー?ホンジュラス人と?
- 男
- やっぱり法則にも例外はあるんだなぁ。
- 女
- どうやって知り合ったのよ。
- 男
- 青年海外協力隊。
- 女
- ああ、ホンジュラスに行ってたのね。
- 男
- 少し、惚れっぽいやつだったんだけどね。その前は中国に行ってて、中国人と結婚直前までいってたし。
- 女
- あらぁ、やっぱりそれじゃ法則どおりじゃないの。
- 男
- え?
- 女
- やっぱり手近に居るやつの中から選んだんでしょ。
- 男
- まあ、そうなんだけどな。帰国してからもさ、お互いに苦労して連絡とか取り合ってたわけだよ。
- 女
- じゃあその中国人のひとは?
- 男
- え?
- 女
- 中国から帰って来てから、どうだったの?
- 男
- ・・・・・・・・。
- 女
- あらら、どうしちゃったの。元気なくした?
- 男
- ナミエ。また「あらら」って言った。
- 女
- あら、ほんとだ。
- 男
- また。
- 女
- あははは・・・。さ、食べて食べて。心配しなくてもいいわよ。きっとあなた土日ごとに帰ってきたりするんでしょ?
- 男
- 土日ごとは・・・無理だな。
- 女
- じゃ、あたしが行ったげるわよ。ブタバラをおみやげにして。
- 男
- 気持ちはうれしいけど、それはまずいみたいなんだ。
- 女
- なんでよ。
- 男
- バクダッドなんだ。
- 女
- ・・・え?
- 男
- バクダッド。
- 女
- アラビア?
- 男
- イラク支店。たったひとりで営業。部下のいない支店長。
- 女
- あらー。
- 男
- そういうと思ったよ。
- 女
- ほらほら、食べて食べて。ブタよブタ。
- 男
- うん。
- 女
- このあと、ラーメン屋に行こう。
- 男
- トンコツラーメン?
- 女
- そう。
- 男
- そのあとは?
- 女
- ちょっと考えさせて、えーとね、えーと・・・。行ってみた気もするな。
- 男
- どこ?
- 女
- バクダッド。
- おわり