- 吹雪。ハーハーと男の荒い息づかい。風は無茶苦茶に強い。男のスキーウェアの襟やそでをバタバタさせるくらいに。
- 男
- ハーハー、ハーハー。ここは・・・さっきもこの木の横を通ったんじゃ・・・なかったっけ。ハーハー、落ちつこう。こういう時こそ落ちついてだな。ハーハー、とすると、オレが誰かのスキーの跡だと思ってたのは、オレのボードの跡だったってことか。なんてこったよ。こんなことしてたら帰れなくなって遭難・・・えー!スキー場で遭難かよ。そんなバカなこと・・・、あり得るよな。あり得るんだよ。オレが帰って来ない。ナミエがホテルのフロントに泣きながら通報する。地元のレスキューや消防団員達が手に手に松明を持って捜索だよ。明け方近く、木の根元にうずくまってるオレが発見される。「オオ、生きちょったダベー。」消防団員のオッチャンに背負われて下山したオレは、司茂戸の新聞記者達に囲まれてパシャパシャ写真とられちゃうんだ。きっと、一面トップででかでかと写真。「なんと、都会の若者、初心者コースで遭難」・・・はずかしー。・・・・・・・いかんいかん、変な事考えてるヒマはないんだよ。えーと、なんか暗くなって来たけど、何時かな・・・え?・・・え?3時?また3時?あー。時計が止まってるー。
- ガオー、と猛吹雪
- 男
- とにかく下へ降りてみよう。下っていればいづれ、ふもとへ着くんだよ。きっとそうだよ。えーと、でもここ、なんでこんな急斜面なんだ。初心者コースじゃないのかよ、あーーーー!!
- 男、吹だまりの中へ転ぶ
- 男
- ・・・・・ちょっと、ええ?体が埋まっちゃって、出られないんじゃないの、これじゃあ、うーん、と、こらしょー、ハーハーハー。足が、足がぬけないよ、これ。うーん。
- 女
- 何やってるの?
- 男
- ・・・・・え?
- 女
- 転んじゃって、起きられないの?
- 男
- そ、そうなんです。た、た、たすけて下さい。お願いしますー。
- 女
- そんな、泣きそうな声出さなくても。はい、つかまって。
- 男
- は、はいはい。ありがとうございます。ここですね。ここにつかまって・・・・・。
- 女
- あなた、こんな所に転がってたら凍死しちゃうわよ。今、この冬再だイの寒気団がやって来てるんだからさ。
- 男
- あ、ありがとうございます。なんかね、初心者コースを滑ってたつもりがこんな所に。
- 女
- 初心者コース?ここが?
- 男
- あれ、だってカンバンが。
- 女
- あはははは。初心者コースじゃなくて、初心者侵入禁止って書いてあったのよ。
- 男
- あ。そうだったんだ。
- 女
- じゃあね。気をつけてね。
- 男
- あ!ちょっと、ちょっと待って下さーい!お願いです待って下さーい。
- 女
- なに?
- 男
- あの。ついて行っていいですか。
- 女
- いいけど?
- 男
- どっち行ったらいいかわかんなくなってるんです。
- 女
- え?こんな所で迷っちゃってるわけ?
- 男
- そうなんです。
- 女
- 遭難?
- 男
- そうなんです。
- 女
- じゃ、ついて来たらいいわよ。こっちこっち。
- 男
- あー!速すぎます。速すぎますよ。それじゃ吹雪で見えなくなっちゃいますー。さっきも言ったとおり初心者なんだから。あーーーー!
- また転ぶ
- 女
- あーあ。ほらほら、立ち上がって。
- 男
- たびたびすみません。
- 女
- どうして初心者のあなたがこんな日にゲレンデに出て来たの?
- 男
- いや、ちょっと、ひとりになりたくて。
- 女
- 誰かといっしょに来てるの?
- 男
- ええ、二人で。
- 女
- ふうん。うまくいってないとか。
- 男
- いや、そうでもないんだけど、ちょっとしたくいちがいで、・・・ええ。
- 女
- せっかくスキーに来てんだから仲よくしなくっちゃね。
- 男
- そうですよね。
- 女
- じゃ、ここまでね。
- 男
- え?
- 女
- 私、こっちに帰るから。
- 男
- そっち、森の中・・・じゃないんですか?
- 女
- ええ、私、ここに住んでるの。
- 男
- ・・・住んでる?この先に家があるんですか?
- 女
- そうだけど・・・あなた、帰れない?
- 男
- はい!はい、はい。帰れません。本当に、絶対、帰れません。
- 女
- わかったわ。少し休んでっていいわよ。でも・・・。
- 男
- でも・・・?何ですか?
- 女
- 私のこと、誰にも話しちゃダメよ。
- 男
- ・・・はい。
- 吹雪
- 男
- あー、ちょっと、速すぎますって、待って下さーい。あーーーー。
- また、転ぶ
- 女
- ここよ。
- 男
- ・・・・・家だ。
- 女
- ちょっと古いんだけど。
- ガタガタガタと、扉を開ける
- 男
- 本当に古いですね。
- 女
- さあ、入んなさい。。
- 男
- ありがとうございます。おじゃまします。うわ!囲炉裏だ。。
- 女
- ちょっと待ってね。今、火を入れるから。
- ガタガタガタと扉をしめる
- 男
- ひとりで・・・住んでるんですか?
- 女
- ええ、ひとり。そのスキーウェア脱いどく?
- 男
- はい。もうパリパリになっちゃってて、・・・ここ、この麦ワラのとなりにかけといていいですか。
- 女
- 麦ワラって・・・蓑じゃないの。
- 男
- ミノ?
- 女
- そう。
- 男
- あははは・・・、なんか民活の世界みたいですねえ。機織の音が聞えて来たりして・・・。。
- カタン、カタンカタンと機織りの音
- 男
- ・・・な、なんですか?
- 女
- ああ、風で裏の木戸が音をたてるのよ。あがって、火にあたるといいわ。
- 男
- は、はい。
- 女
- あたし、着がえるから。こっち見ないでね。。
- 男
- え?
- 女
- 約束してちょうだい。決して、ふりかえらないって。
- 男
- あの。ふりかえると、何か・・・あるんですか?
- 女
- なにかって、そりゃ、なにかあるわよ。着がえてるんだから。
- 男
- いや、そういう意味じゃなくて。鶴が居るとか、タヌキが居るとか、そういう民活的な結末が用意されてるんですか?
- 女
- あはははー。鶴とかタヌキとかじゃないわよあたし。あれ、帯はどこかしら・・・。
- 男
- 帯?着物に着がえてるわけ・・・ですか?
- 女
- ええ。あ、そこにあるわ。とってくれる。
- 男
- この、白い帯ですか・・・。はい。あーーーー!
- 女
- み・た・なー。
- 男
- あ、あ、あーーーー!!
- 吹雪
- 男
- や、やめてくれー!
- 女
- こらー。逃げんじゃねー。こっちさこー。
- 男
- あ、足が、足が動かないー。
- 女
- 逃げんじゃねー。今、楽にしてやっから、逃げんじゃねっぺ。
- トランシーバーON
- 女
- 団長。見づけだ見づけだ。北斜面の谷の中だっぺ。木の根元さで、うづくまっとりやったべ。はい、はい。元気だべ。応援よろずぐ。
- 男
- はーはーはーはー。ゆ、雪女が、雪女が出たんですー。
- 女
- ゆぎおんな?それって、こんなやつかえー?
- 男
- あー!!出たー!雪男だー!
- また転ぶ
- 女
- 冗談だっつうの。
- おわり