- 佐藤(男)池田(女)
雑踏の中、歩いている足音が聞こえる
神社
初詣で、下駄の音、祭り囃子も聞えている。
走って来る男の足音
- 佐藤
- すまーん。すまん、すまん。
- 池田
- おお、うーっす。
- 佐藤
- うーっす。遅れてすまん。
- 池田
- いやいやその前に。
- 佐藤
- おう、そうだな。明けまして、
- 二人
- おめでとう。
- 佐藤
- いやあ2001年だよ。
- 池田
- そりゃそうでしょ。
- 佐藤
- 新世紀の到来だよ。
- 池田
- まあね。
- 佐藤
- やっとまた始まりですなあ。
- 池田
- 何言ってんの。
- 佐藤
- 何って、あれれ。どうしたの、それ。
- 池田
- 何が。
- 佐藤
- 髪なんかあげちゃって。
- 池田
- まあね。
- 佐藤
- 着物なんか着ちゃって。
- 池田
- 振りそでね。
- 佐藤
- 下駄なんかはいちゃって。
- 池田
- そりゃ振りそでには下駄でしょ。長靴ははきませんよ。
- 佐藤
- どれどれ、ちゃんとこっち向いてみ。
- 池田
- うるさいって。
- 佐藤
- ははーん。さてはそれで機嫌が悪げなのだな。
- 池田
- 何さ。
- 佐藤
- いや恥ずかしい訳だな。
- 池田
- 何?
- 佐藤
- そうでしょう。そうでしょう。こっぱずかしいもんだから、不機嫌を装っちゃって。
- 池田
- あのねえ、佐藤君。
- 佐藤
- はいはい。
- 池田
- 私は別に恥ずかしいからとかそう言う、
- 佐藤
- 悪くないぞー。悪くない、池田よ。
- 池田
- それは・・・。
- 佐藤
- うん。いいんじゃないか?
- 池田
- 有り難うございます。
- 佐藤
- うん。普段からそういう感じにしてろよ。
- 池田
- 普段から振そで?
- 佐藤
- 何言ってんだ、違うよ。女らしい格好っていうかさ。ちゃんと化粧して。
- 池田
- あ、セクハラだ。
- 佐藤
- 何でだよ。
- 池田
- だって価値観を強要しようとしてるじゃん。
- 佐藤
- セクハラってそういう意味だっけ?
- 池田
- ・・・。
- 佐藤
- いや、だってさ。普段お前ちっとも化粧しないじゃん。
- 池田
- いいのよ、それが私らしいんだから。
- 佐藤
- そんな、そんな。口紅もぬってこうや。
- 池田
- ぬりたきゃ佐藤君がぬれば?
- 佐藤
- それ意味変わるでしょうが。
- 池田
- だからいいんだったら、そんなことは。
- 佐藤
- いやでもさ。
- 池田
- とりあえず、お参り行こうよ。
- 佐藤
- おう。
- 二人、歩き出す。池田のはく下駄の音が「カランコロン」と心地好い音をたてている。
- 池田
- いつもの格好で来ようとしてたら、おばあちゃんがどうしても着ろってうるさくてさ。
- 佐藤
- うん。いいじゃん。たまには。
- 池田
- いやそうじゃなくてね。だって私30だよ。
- 佐藤
- 俺も30だよ。
- 池田
- 知ってるわよ、同級生なんだから。
- 佐藤
- うん。
- 池田
- いやだからね。これ、成人式以来一度も着てないのよ。
- 佐藤
- え、貸し衣装じゃないの?
- 池田
- そんな、初詣にわざわざ貸し衣装着て来る人居ないでしょ。
- 佐藤
- ああ、そっか。あ、じゃあ成人式の時に作ったんだ。
- 池田
- おばあちゃんがね。作ってやるって。
- 佐藤
- へーえ。
- 池田
- 何か似合わないでしょ?
- 佐藤
- そんなことないよ。
- 池田
- いや、何か着物の華やかさに負けてるっていうかさ。
- 佐藤
- そうかあ?
- 池田
- 私さ、20歳の時、作ってくれるって言ったから、なら目一杯派手に御所車やら、絹糸の花を散らしてくれって言ったの。
- 佐藤
- 確かにあるな、御所車。
- 池田
- 袖に各一台。前に一台。計三台。
- 佐藤
- 確かに。そして絹糸の花か・・・。
- 池田
- 派手でしょ。
- 佐藤
- でも振そでってそんなもんだろ。
- 池田
- ・・・みんながみんな佐藤君みたいにざっくりした視点で見てくれたらいいんだけど。
- 佐藤
- 何だよ、ざっくりしたって。
- 池田
- 今になって取り出してみて10年の月日について考えたよ。
- 佐藤
- そうか・・・まあ10年だもんな。
- 池田
- いやここへ来る前、明らかに20歳とおぼしき若者に数人あったのだよ。
- 佐藤
- うむ。
- 池田
- そして何だかその違いにまたうんざりした。
- 佐藤
- そりゃ20歳と30歳じゃ違いますよ。
- 池田
- そうなのだよ。
- 佐藤
- え?何言ってんの、お前。
- 池田
- 鯛にリボンがついて出て来る時はさ、鯛は晴れやかな気持ちで食卓に並んでるんだと思うんだよ。
- 佐藤
- 何?鯛って魚の鯛か?
- 池田
- それ以外にどんな鯛があるのよ。
- 佐藤
- いやだってさ。
- 池田
- だから鯛だって分かってるからみんな紅白のリボンがついてるのを晴れやかな気持ちで見るのだとおもうのね。
- 佐藤
- うん。
- 池田
- でも、もしよ。これがさんまの塩焼きや、
- 佐藤
- 何?
- 池田
- それともめざしに紅白のリボンがかかってたら哀しさ以上に悲壮感があるんじゃないかって。
- 佐藤
- お前、自分がさんまかめざしって言ってんの?
- 池田
- いや、何かそんな気分なのよ。
- 佐藤
- ふーむ。それは・・・。
- しばし歩いている二人の音
- 佐藤
- いやこれは俺の考えだからまあ信じようと信じまいとお前の勝手なんだけど。
- 池田
- 何?
- 佐藤
- 確かに鯛のよさはあるわな。
- 池田
- ほら、大体男はみんな若い方がいいのよ。
- 佐藤
- 待て待てそんな話じゃない。
- 池田
- あれ、そう?でも佐藤君だってどうせ、何でも分かったような口をきいて、人生どっぷり抱えてる女より、若くて素直でぴちぴちしてる女の子の方が好きでしょ?
- 佐藤
- まあどっちかと言えばね。
- 池田
- ほーら!
- 佐藤
- 待て待て、くっそう。正直が仇に。
- 池田
- 何?
- 佐藤
- いやいやそうじゃなくてさ、確かにゴージャスな鯛はそれはそれで華やかなもんですよ。
- 池田
- ほら。
- 佐藤
- まあ聞けったら。
- 池田
- うん。
- 佐藤
- でもさ、そう毎日毎日出てこんでもいいと俺は思う。
- 池田
- あ、そう?
- 佐藤
- うん。第一毎日鯛だったら有り難みがないだろ?
- 池田
- 時々だったら若い子と浮気したいってこと?
- 佐藤
- どうしてお前はそうひねくれた方へひねくれた方へ向かうんだろうなあ。
- 池田
- ほーら、やっぱり。
- 佐藤
- 要はさ、
- 池田
- 何よ、急に大きな声出して。
- 佐藤
- いやね、他人がどうかは別として俺はさんまの塩焼きは大好物だし、毎日食っても飽きない。
- 池田
- いやあね。
- 佐藤
- まあ、最後まで聞けったら。
- 池田
- ・・・うん。
- 佐藤
- めざしなんてビールのおつまみに最適だし。
- 池田
- おつまみね。
- 佐藤
- いやそうじゃなくて、何というか、かめばかむほど味もあり、飽きない。
- 池田
- ねえ、さっきから飽きない飽きないばっかり強調されてる気がするんですが・・・。
- 佐藤
- あれ、分かりました?
- 池田
- ええ、分かりました。
- 佐藤
- だって高校からだから付き合いももう14年ですよ。
- 池田
- まあね。腐れ縁だよね。
- 佐藤
- というかね。
- 池田
- うん?
- 佐藤
- すごいことだなあってことだよ。
- 池田
- 何が。
- 佐藤
- だから飽きずにこうやっていられるってことはさ。
- 一瞬の間
- 池田
- おいおい。正月そうそう何を恥ずかしげもなく。
- 佐藤
- ええ?
- 池田
- だって、だってだってさ。
- 佐藤
- いやさんまの塩焼きとメザシの話だよ。
- 池田
- え?
- 佐藤
- 俺、高校くらいから焼き魚好きになったんだよ。
- 池田
- ・・・。
- 佐藤
- (にやりとして)何の話だと思ったの?
- 池田
- ・・・ちょっと・・・。
- 佐藤
- おお、そろそろおれたちの番だよ。
- 池田
- え?
- 佐藤
- 今年は何をお願いするかね。
- 池田
- ・・・。
- 佐藤
- 俺、何にしようかな・・・。
- 池田
- 私は全てを分断するくらい衝撃的な運命の出会いをお願いするわ。
- 佐藤
- 何?!
- 池田
- 見てろよ。今年は運命の出会いでさんまから鯛に昇進してやる。
- 佐藤
- へーん。なら俺も衝撃的な運命の出会いでもお願いするか。
- 池田
- 何?
- 佐藤
- だってお前がお願いするんだから俺もするよ。
- 池田
- 抜け駆けはダメだからね。
- 佐藤
- 何だよ、それ。
- 池田
- もしあなたにだけそんなのが訪れたら私はこれから一生をかけてあなたを恨むことに費やすから。
- 佐藤
- お前、年の初めから恐ろしいことを予言するなよ。
- 池田
- ねえ、いい?
- 佐藤
- そんなだったら俺、お前と年内に結婚でけますようにってお願いするよ。
- 池田
- ちょっ、ちょっと何それ。
- 佐藤
- 何それって?
- 池田
- むかつくなあ、そんなついでみたいに。
- 佐藤
- いやついでっていうか。あ、お前、待て、まだ鈴鳴らすな。
- 池田の鳴らす鈴の音と拍手。
- 佐藤
- ・・・おい、何をお願いしたんだ。
- 池田
- 内緒だよ。
- 佐藤
- 何?
- 池田
- 楽しみだな。
- 佐藤
- くっそうー。
- 了