- ファンファーレが高らかに響く中、男の声が聞こえる。
- 男
- 本日はようこを、我がとべとべサーカスへ。始まって二分してもうメインイベント。我がとべとえサーカス団が誇る水中バレエの始まりです。踊るはとべとべサーカス団の花形、森川朋子ー。
- と、水中バレエっぽい音楽が流れるやいなや、ドン、バリンと言う何かが、つぶれる音、そしてガッシャーンと言うガラスの割れる音が響く。と、今度は女の声
- 女(朋子)
- ひどいじゃない!何やってんのよ、あれ程ちゃんと押さえててよって言ったのに。
- 男
- 押さえてたよ。
- 朋子
- 押さえてたらどうして倒れるのよ。もう嫌、私もう我慢できない。大体何よこれ、こんなガラス板立てて後ろで踊って、それが本当に水中に見えると思ってる訳?
- 男
- 見えてたさ、倒れるまでは全然感じ出てたし、あれ俺水入れたっけって思ったくらい本物っぽくて、。
- 朋子
- ねえ、辞表の辞って言う字、どう書くか知ってる?
- 男
- え?
- 朋子
- 辞表。
- 男
- 何だよ急に。
- 朋子
- いいから。
- 男
- えーっと確か、舌って書いて、立って書いて漢数字の十か。
- 朋子
- え、こう?
- 男
- そうそう。
- 朋子
- じゃあこれ、はい、確かに辞表渡しました、さようなら。
- 男
- ああ!何処いくんだよ朋ちゃん、朋ちゃんあってのとべとべサーカスだろ、一体何が不満なんだよ?
- 朋子
- 何もかもよ。
- 男
- おいおい朋子、お前は、花形なんだぞ。
- 朋子
- 何が花形よ、二人しかいないじゃない。とにかく渡しはトラバーユします、大体今時サーカス芸人ってのも最初からおかしかったのよ。
- 男
- 俺もそれは考えていたんだよ。じゃあさ、今度は二人でバンドみたいなこと始めたらどうだ、やっぱりサーカスって言うと範囲が広すぎるだろ。
- 朋子
- 渡しが言ってんのはそう言うことじゃないの。
- 男
- けど俺、根が芸人だからさ、パン屋とか時計屋とか地道な仕事は駄目なんだよな。
- 朋子
- だから私はあんたと一緒にトラバーユしたいんじゃないの。大体さ、私が職安で仕事探してた時あんたなんて言った?
- 男
- どんなお仕事お探しですか?
- 朋子
- そうよ。そんなややこしいこと聞くから私てっきり職安の人だと思って相談しちゃったのよ。そしたら何、あんたただ職探しに来てたプータローだったじゃない。
- 男
- けどちゃんと相談には乗っただろ。
- 朋子
- どこがよ。
- 男
- お前が派手で注目される仕事がしたいって言うから、ちょうどいい機会だし二人で頑張ろうって言ってんじゃないか。あのな、職安なんかに頼らなくても無職の二人で力を合わせれば事業だって起こせるんだぞ。
- 朋子
- これのどこが事業なの、大体サーカスなんて素人二人で無理でしょ。
- 男
- だからバンドにしようって。俺サーカスは見たこと無かったしさ。
- 朋子
- 何、あんた見たことも無い癖にサーカスやろうって言ってた訳?
- 男
- え?
- 朋子
- おかしいと思ってたのよ。あんたが練習しようって言う事、大体変だったもんね。昨日は手品で、一昨日は息を長く止める練習、その前は鼻に洗濯挟み挟んでも痛くないようにしろ、だもんね。あげくにガラス板の後ろで踊ってたら水中に見えるときたもんだ。ああそれでか、見たこともないんじゃ無理ない訳ね。
- 男
- サーカスはないけど水中イリュージョンは小学校の時生で見たさ。
- 朋子
- 全然関係ないじゃない、全然。
- 男
- 間違いに気づいたんだからいつまでもブリブリ言ってないで、ギターでも何でも練習すりゃあいいだろうが。
- 朋子
- だから、どうして私がギターの練習しないといけないのよ。
- 男
- 仕方ないだろ、サーカスは無理なんだから、もっと新しい所目指すしかないだろ。何て言うかさ、今までサーカスにこだわり過ぎて色々意見も食い違ったけど、ようは、自分たちの出来ることから始めればいいんだから。
- 朋子
- あのね、私はやめるって言ってんの。って言うかそんなことしたくないの、サーカスもバンドもしたいなんて思ったことないの。
- 男
- 何なんだよさっきから、みんなそんなにしたい仕事ばっかりして暮らしてる訳じゃないんだぞ。
- 朋子
- だから何よ。
- 男
- だからお前も我慢してやればいいだろ。
- 朋子
- ・・・とにかく私帰るから。
- 男
- ちょっと待てって。だってさ、酔っ払って帰って寝ゲロ吐いた時、誰かに背中さすって欲しいだろ。いやな、寝ゲロ吐くことはいいんだよ、ただ一人で吐くのが嫌だろ、その後始末を自分でするのはもっと嫌だろ?
- 朋子
- 何の話しをしてるの?
- 男
- 鈴木さんが会社の新年会で酔ってベロベロになった時にな、
- 朋子
- 誰よ鈴木さんて?
- 男
- 前の会社の先輩。俺が送って行くと、彼女が家にいてさ、布団敷いて水なんか出して、洗面器まで持って来んだよ。それ見てな、俺たちだったらどんなに酔っても自分で水藤まで歩いて行って水飲んで、またその足でふらふらトイレ行って吐いて、それも出来ない時は寝ゲロかよって、山本と話してたんだよ。
- 朋子
- だから誰よ山本って。
- 男
- 前の会社の同僚。
- 朋子
- 一体何の話?
- 男
- これは女にだって言えることなんだぞ、いや、女だから余計にそうだろ。そんな時誰かに迎えに来て欲しいだろ。
- 朋子
- だから何が言いたいのよ。
- 男
- だからさ、そういう社内協力っていうか規則みたいなのを作って、そういう時にお互い迎えに行ったり洗面器出したりしたらどうかと思うんだ。
- 朋子
- だってこれ会社じゃないじゃない。
- 男
- ・・・団内協力みたいなの作ってさ。
- 朋子
- そう言うことじゃなくて。
- 男
- でだ、他にはこういう時に活用しようって言うのがあるんだけど、例えば、電車に乗ってどっか行ったけど帰りの電車賃が無くなってしまった時とか、後、「今日は俺のおごりだぞ」って豪語したにもかかわらず、一銭も持って無かった時とか。
- 朋子
- そんなことないわよ。
- 男
- 俺はしょっちゅうあったんだよ。
- 朋子
- どうしてそんな後先考えないで行動するのよ。
- 男
- とにかくそう言うことだから、もう少しバンドで頑張ろうって。何をするにしても夢っていうか目標みたいな物はあった方がいいだろ。
- 朋子
- はあ?
- 男
- わかったか?
- 朋子
- わかんないわよ。あんたの言ってることは一から十まで全部わかんないわよ。
- 男
- おいお前、さっきからそれが雇い主に対する態度か?
- 朋子
- 雇い主って本当に給料くれるんでしょうね。
- 男
- 当たり前だろ。けどうちは歩合制の能力給だからな。ついでにノルマ制の指名制だから。さあ給料が欲しかったら特訓あるのみだぞ。じゃあ、お前はギターとベースとどっちがいい?
- 朋子
- だから何で私がそんなことしなくちゃいけないのよ。
- 男
- 何言ってんだ、バンドにしたってレベル高いんだから、やることやっとかないと恥かくのは自分だろ。
- 朋子
- だって私はそんなことやりたくないんだもん。
- 男
- 大丈夫だって。お前だって丸っきり才能がない訳じゃないんだから。
- 朋子
- もういいわよ。
- 男
- 何がいいんだよ?
- 朋子
- だから私はやめるって言ってんの。
- 男
- やめるって何だよ。
- 朋子
- とにかく本当にさようなら。
- 男
- 駄目だって、契約違反になるだろ。
- 朋子
- 契約?こんな馬鹿みたいな、会社か何かわかんないようなとこで契約ですって。
- 男
- ほらこの契約書に書いてあるだろ、半年間はやめちゃ駄目なんだよ。これお前のサインな。
- 朋子
- いつの間にこんな物・・・。
- 男
- 何言ってんだよ、ここに入る時自分でサインしたんじゃないか。
- 朋子
- それはここがちゃんとした会社か何かだと思ってたからで、
- 男
- そんなの関係ないだろ、サインはサインなんだから。
- 朋子
- ・・・わかったわ、じゃあ休めばいいのね。
- 男
- ああ休めばいいよ、ゆっくり、さあどうぞ休めよ。
- 朋子
- 違うわよ、帰るの。
- 男
- 何で?
- 朋子
- だから帰って家で休むのよ。
- 男
- それは駄目だろ。
- 朋子
- 何でよ?
- 男
- だって普通に考えてみろよ、会社で理由も無く就業時間前に帰れないだろ。
- 朋子
- 理由ならあるわよ。
- 男
- 何だよ。
- 朋子
- 何って、約束があるの。
- 男
- あ、電話するの忘れてた。
- 携帯電話をかけているであろうピッポッパッポと言う音がする。
- 朋子
- ちょっと聞いてるの、私約束してるから休み貰って帰るわよ。
- プルルルという呼び出し音の鳴る中、
- 男
- 前の会社の友達で、良男って奴がいてさ、そいつがいきなり「いい服着て集合しろ」って言うから、女でも紹介してくれるのかなと思って行ったら、結婚式場で、その良男が新郎席に座っててさあ、もうめちゃめちゃむかついたことあんだよ。だから俺、それ以来よくわからない誘いは断るようにしてんだ。だからお前も訳のわかんない約束ならなるべく断った方がいいぞ。
- と、電話に出た音
- 男
- あっ出た。あーもしもし、うん俺、明日さ、駄目なんだよ、うんうん、悪いな。じゃあ又な。(プッと電話切る音)あーすっとした。
- 朋子
- 私は訳のわかんない約束じゃないの、誕生日なの。
- 男
- 誕生日?
- 朋子
- そう。だから、
- 男
- 前の会社にもいたよ、お前みたいな女子社員。朝出勤したら来てなくてさ、家に電話したら「今日誕生日なの」とか何とかぬかしやがって。誕生日が何なんだよ、誕生日だったら会社無断欠勤していいのかよ?
- 朋子
- 無断じゃないでしょ、私はちゃんと言ってるでしょ。
- 男
- お前男いるのか?
- 朋子
- ・・・・・・・・何の関係があるのよ。
- 男
- 男いないのに、誕生日もクリスマスもバレンタインも正月も関係ないだろ。
- 朋子
- そんなことないわよ、男なんかいなくたって。
- 男
- で、何?
- 朋子
- え。何が?
- 男
- そんなにこだわる誕生日の約束だよ。
- 朋子
- あっ、休んでいいの?
- 男
- 時間によるって言ってんの。帰るにしたって棚卸とか在庫整理とか忙しい時間帯とかぶってたら困るだろ。
- 朋子
- 何の棚卸に在庫整理よ。
- 男
- 例えばだよ。だから誰と何時から約束してんだよ。
- 朋子
- それは・・・だから友達とか。
- 男
- 何だよとかって。
- 朋子
- わかんないけど。
- 男
- 誕生日の癖に実は誰とも約束なんか無いんじゃないか。
- 朋子
- だからそれは、これから友達にでも電話して約束しようと思ってたとこよ。
- 男
- じゃあここにいればいいだろ。電話して友達来れなかったらもっと寂しいだろうが。
- 朋子
- あんたはどうなのよ?
- 男
- 何が?
- 朋子
- あんただって女いないんでしょ。
- 男
- だからなんだよ。
- 朋子
- あんただって寂しい奴の癖に人のこと寂しい呼ばわりしないでって言ってんの。
- 男
- 俺は、そりゃあ女はいないけど全然寂しかったりしないもん。俺の親友の山本が七月二十一日生まれで、俺が七月二十四日だから中とって二十二日には二人で誕生会する決まりになってるし、ついでにクリスマスだって正月だってここ何年か一緒だkら寂しいどころか、もう忙しくないのって。
- 朋子
- どっちなのよ。
- 男
- 忙しいんだよ。
- 朋子
- じゃあそう言えばいいじゃない。
- 男
- 言ってるだろ。
- 朋子
- あんたがあんたの誕生日を誰とどう過ごそうと勝手だけど、私は私の過ごし方があるんだから帰らせてよ。
- 男
- だって無いんだろ約束。
- 朋子
- 今は無いけど、するかもしれないじゃない。それに無理でもこんな所でよくわかんない特訓させられてるより家で一人でいた方がまだましでしょ。
- 男
- 俺は特訓全然平気だけどな、って言うか、したいな。
- 朋子
- 今日はあんたの誕生日じゃないでしょ、私の誕生日でしょ。あんたの意見なんか聞いてないの。大体何が悲しくて自分の誕生日に、あんたなんかと訳のわからない特訓しなきゃなんないのよ。
- 男
- じゃあ俺の誕生日も特訓していいぞ、そうだそれも団内協力に入れとこうか。
- 朋子
- 入れなくていいわよ。私仕事だって探さなきゃなんないし、今日も帰るし明日から来ないから。
- 男
- だからこれはこの契約書があるから無理だって。
- 朋子
- 休みはいいって言ったじゃない。
- 男
- ちゃんと俺の許可取ってからだったらな。
- 朋子
- もう一回見せて。
- 男
- え?
- 朋子
- 契約書。
- 男
- ああ、はい。
- 紙の破れる音
- 男
- あっ。
- 朋子
- これでいいでしょ。これで私には関係無いと、あーせいせいした。
- 男
- ・・・・・。
- 朋子
- ・・・何よ。
- 男
- ・・・・・。
- 朋子
- ちょっと、何暗くなってんのよ、大体そんな契約書、出るとこ出たって最初から全然意味無いのよ。
- 男
- ・・・・・。
- 朋子
- ねえ、ちょっとってば。
- 男
- ・・・わかった、いいよ帰れよ。
- 朋子
- ・・・何なのよ・・・あんたそんなにサーカス団したいんならさ、まあバンドでもいいけど、また職安行って、今度は本当にやりたい人見つければいいじゃない。その方がきっと、
- 男
- お前馬鹿か、そんなことしたい奴が職安なんか来る訳ないだろ。
- 朋子
- だってあんたは、いると思って来たんでしょ。やりたかったから私に、
- 男
- それはお前が派手で目立つ仕事って言ったからそうなっただけで、別に俺だってこの年からサーカスもバンドもしたくねえよ。
- 朋子
- どう言う意味よ、じゃああんたも辞めればいいでしょ。
- 男
- だからやめるよ。お前いないのに一人でこんなことするか。
- 朋子
- 何なのよ一体、訳わかんないこと言わないでよ。私のせいってこと。
- 男
- お前が言ったんだろ、派手で目立つ仕事したいです、頑張りますからよろしくお願いしますって。
- 朋子
- だってそれはあんたが職安の人だと思ったからで、あんたがあんあ紛らわしいこと言うから。
- 男
- 職安でいきなりお食事でもどうですか?って言うのも変かなって思ったんだよ。。
- 朋子
- え?
- 男
- そう考えると、どんなお仕事お探しですか、になるだろ。
- 朋子
- 何なの?あんたナンパしに職安来てたの?
- 男
- 職探しにだよ、職安なんだから、けどお前がいたから、
- 朋子
- 何よ?
- 男
- ・・・ただ、なんとかしてくれって言われたら、何とかしなくちゃって思うだろ。
- 朋子
- どうしてよ、思わないわよそんなこと。
- 男
- 俺は思ったんだよ。
- 朋子
- だって・・・だったらそう言えばよかったじゃない。
- 男
- え。
- 朋子
- どうして言わなかったのよ。
- 男
- 言えるか、そんなこと。
- 朋子
- サーカス団やりましょうの方が言えないわよ普通は。
- 男
- いいから帰れよ。もうお前に関係ないんだから。
- 朋子
- ・・・言ってくれれば、そしたら。
- 男
- え。
- 朋子
- それに・・・だって、本当はまだ就業時間になってないんでしょ。
- 男
- 何が?
- 朋子
- 何がって、特訓するんでしょ。
- 男
- 何の?
- 朋子
- サーカスかバンドだってあんたが言ったんじゃない。
- 男
- けど、お前
- 朋子
- 何なの、こんな会社か何かわからないようなとこの癖にあんな契約書は気にするわけ?
- 男
- いや、そうじゃないくて。
- 朋子
- 忘れないでね団内協力。
- 男
- え?
- 朋子
- 私が酔っ払った時、迎えに来て、布団敷いて水なんか出して、洗面器まで持って来てよね。
- 男
- ・・・ああ。
- 朋子
- 電車に乗ってどっか行ったけど帰りの電車賃がなくなった時も、「今日は私のおごりよ」てって豪語したにもかかわらず一銭も持って無かった時もちゃんと来てよね。