- 少しにぎやかでもよい。ここはカニを食べさせるみせ。時節柄、忘年会を開いてるグループも多い
- 女
- すみませーん。遅くなっちゃいましたー。あれ?山田君。君だけなの?
- 男
- はい。
- 女
- 他の人は?
- 男
- それがですね。みんな都合悪くなっちゃったらしいんですよ。
- 女
- えー?みんな?!
- 男
- さっきから僕の携帯鳴りっぱなしなんです。松田さん。横山さん。安田さん。ああ、それに佐々木課長、みんなダメになっちゃったみたいなんです。
- 女
- なによ、それ、じゃ、今日は山田君と私だけでやるの?
- 男
- キャンセルして帰りましょうか。
- 女
- でも、これどうするのよ。もう準備できてるみたいじゃなの。今さらキャンセルってわけにはいかないんじゃないの?
- 男
- やっぱり。煮えちゃってますからね。もう。待ってる間、ヒマだったから、ひと皿分鍋にほうり込んじゃいましたよ。ええと、そろそろ食べごろじゃないかな。
- 女
- ナニナニ。何が煮えてるの?
- 男
- カニです。
- 女
- キャー。カニかー。食べよ、食べよー。もう誰も来なくていいわよ。カニがあるんだもん。
- 男
- 牧野さん。カニ、好きなんですか?
- 女
- あたり前じゃないの。カニが嫌いな人なんか居るわけないでしょ。・・・まさか、山田君。
- 男
- いや、嫌いってわけじゃないんですが、僕、鹿児島生まれだし。
- 女
- え?食べたことない?はじめてなの?
- 男
- まあ、そんな感じです。
- 女
- なんてもったいない人生なの?カニを知らないまま何十年も行きてるなんて。さあさあ、食べてみましょう。
- 男
- なんか、グロテスクじゃないですか、カニって。
- 女
- なに言ってるの、私が教えてあげるわよ。おいしい食べ方。きっとヤミつきになるね。ふふふ・・・。どれどれ、フタとってみようかなー。
- グツグツ。鍋の音
- 女
- うっわー。カニだらけ。野菜とかトーフは?
- 男
- ええ?!いっしょに入れるんでしたか?
- 女
- は、は、はじめてだわ。カニだらけのカニスキなんて。やる気出て来ちゃった、あたし。おお、肉がもり上がって、今が食べごろって感じよ。ほら。これも。これも、これも。はい。
- 男
- あ、ありがとうございます。これ、どうするんですか?お箸で身をほじくり出して食べるんですかね。
- 女
- なに言ってるのよ。そんなまどろっこしい食べ方じゃダメよ。こうやって、両手に持って、むしゃぶりつくのよ。いい、見てるのよ。こうよ、こう。
- 女、カニのアシにむしゃぶりつく音
- 男
- はあ、むしゃぶりつくんですね。
- 女
- そう。本能をむき出しにして食べるものなのよ。カニは。
- 男
- 本能でむしゃぶりつく・・・、やってみます。く、く、くわーー!
- 男、むしゃぶりつく、はげしい音
- 女
- いい。山田君。いいわよ、それそれ。どう?どんな感じ?
- 男
- ん・・・ん・・・。プ、プ、プリプリだ。プリプリしてて、甘いです。なんてすばらしい食感なんだ。
- 女
- そうでしょ?今のはカニの太ももよ。やっぱり太くて大きい方がおいしいわよね。こんな細いやつもあるけどいまいちだと思わない?
- 男
- そんなに細いと食べるとこないですね。
- 女
- そう。そうよ。太ももは、太い方がいいのよ。そうでしょ?(むしゃぶりつく)
- 男
- はい牧野さん。(むしゃぶりつく)
- 女
- ようし。山田君、お酒。
- 男
- はい。ここに熱燗が来てます。えー?!それに入れるんですか?
- 女
- そうよ。甲羅に熱燗を入れてカニミソとともに飲む。ほら、どんどん入れて。
- 男
- は、はい。(トクトクトクと入れる)
- 女
- (ウグウグウグと一気飲み)・・・カー。
- 男
- すごい飲みっぷりですね牧野さん。
- 女
- だから言ってるでしょ、カニは、本能をむき出しにして食べるもんだって、ほれ、山田君も一杯やりなさい。
- 男
- は。いただきます。(トクトクトク)(ウグウグウグ)カー。
- 女
- そうそう、やるじゃないの。ちょっと暑くなって来ちゃったわね。脱いじゃおう。山田君も、上着とか脱いじゃおう。お汁とかがついちゃうと困るし。
- 男
- はい。脱ぎまーす。くわくわくわー!!
- 女
- すごい脱ぎっぷり。それ本能?
- 男
- はい。あれ?牧野さん、それも脱ぐんですか?
- 女
- おっと、いけね。ブラウスまで脱いじゃうところだったぜ。
- 男
- あの。これ、何ですか?これは太ももじゃないですよね。なんか、塊まりなんですけど。
- 女
- そうよ。そこがカニの核心部分。
- 男
- 核心部分?
- 女
- そう、太ももより美味な部分。足のツケ根じゃないの。
- 男
- 足のツケ根。こんなふうになってるんですか。知らなかったなあ。なんかゴチャゴチャしてますね。どうやって食べるんですか?
- 女
- まずフンドシを取ります。
- 男
- フンドシ?
- 女
- そう。これよ。これを本能でむしり取る。ベリベリベリー。
- 男
- 本能でベリベリベリー。
- 女
- するとほら、やわらかくなったでしょ。太ももよりジューシーなお肉がたっぷり。
- 男
- ほんとだ。そしてここに本能のおもむくままむしゃぶりつくわけですね。
- 女
- ただし、やさしくね。あんまりはげしくやると薄いカラがこわれちゃって、バラバラになるわよ。舌と歯を使ってやわらかい肉をお汁とともに吸いとる、わかった?
- 男
- わかりました。
- ジュルジュルジュルー。ジュルジュルー。と吸い込む音
- 女
- どう?
- 男
- いいです。とっても。
- ジュルジュルジュルー。ジュルジュルジュルー。
- 男
- ああー。
- ジュルジュルジュルー。
- 女
- ふふふふ・・・。思わず無口になっちゃうわね。
- 男
- はーはーはー(息が荒い)。なんか、熱中しちゃいますね。
- 女
- いいのよ。本能なんだから。さてと、仕上げには、あったあった。これこれ。
- 男
- カニのハサミ?
- 女
- そう。カニツメの中のお肉は、パラパラしてて食べにくいのよ。だからこうやって・・・。
- 男
- しゃぶる。
- 女
- そう(口に何か入ってる)
- 男
- か、固いですね(口に何か入ってる)
- 女
- 舌を使って、かき出す(口に何か入ってる)
- 男
- はーい。(口に何か入ってる)
- 女
- 山田君は、最近いいことあった?(口に何か入ってる)
- 男
- ないですねー。どうしてです?(口に何か入ってる)
- 女
- いや、だって忘年会なんでしょ、これ。(口に何か入ってる)
- 男
- あ。そうか?牧野さんはどうでしたか、この一年。(口に何か入ってる)
あたしかあ、仕事、仕事で追いまくられてたいへんだったなぁ。(口に何か入ってる)
- 男
- でも充実してた?(口に何か入ってる)
- 女
- そうね。ある意味充実してたんだけどなんかね・・・(口に何か入ってる)
- 男
- なんか、なんですか?(口に何か入ってる)
- 女
- ドキドキしたこととか、ワクワクしたこととかなかったような気がするんだよね(口に何か入ってる)
- 男
- ドキドキ、ワクワクかあ・・・。僕はありますよ。(口に何か入ってる)
- 女
- なに?(口に何か入ってる)
- 男
- カニです。今日牧野さんに、本能で食べるんだって教えてもらったし。けっこうドキドキワクワクでした。
- 女
- あそう。ね。カニってやみつきになるでしょ。
- 男
- ええ、カニもいいんだけど、本能むき出しってのが・・・。
- 女
- よかった?
- 男
- とっても。
- 女
- さあ、次はゾースイよ。
- 男
- どっか行きませんか?
- 女
- え?
- 男
- いや、ゾースイの後、牧野さん、何か予定ありますか?
- 女
- 行こうか。
- 男
- ちょっと暗いんだけど、いい店あるんですよ。
- 女
- 暗いと本能のおもむくままに行動したりして?
- 男
- いいですねぇ。さあ、早くゾースイ食べちゃいましょう。
- おわり