- 茶わん、雑誌が次々に投げつけられ壁にぶつかる音
- 飯田
- だから違うんだって、聞けよ。
- 金井
- 問答無用!
- 飯田
- おい、待て話せば分かる。
- 金井
- 話して分かるくらいならこうなってんたい!
- どたばたと逃げ回る飯田と、物を投げ続ける金井
- 飯田
- おい。待てったら。
- とうとう、物を投げていた金井の手を止めた飯田。
- 金井
- 離しなさいよ。
- 飯田
- ならもう投げないか?
- 金井
- 投げるわよ。
- 飯田
- だったら離さない。
- 金井
- 無気味なこと言わないでよ。
- 飯田
- 何?
- 金井
- ここから喧嘩を聞いた人が勘違いするでしょ?
- 飯田
- 何で。
- 金井
- だったら離さないだ?そんな適当に格好よさげなこと言うやつはこうしてやる!
- と金井、飯田の腕を噛んだ
- 飯田
- いたたたた。おい、何すんだよ!
- 金井
- 何って咬んだのよ。
- 飯田
- お前は犬か!
- 金井
- 今の私は犬じゃないわよ、狼よ。
- 飯田
- 訳分からんこと言うな!
- 金井
- もう、いいわよ。
- と、金井、飯田の部屋から出て行こうとする
- 飯田
- おい、待てったら。
- 金井
- もう、いいのよ。
- 飯田
- おい。
- 金井
- ・・・。
- 金井、止まった
- 飯田
- お前に話さなかったのは悪かったと思うよ。
- 金井
- 思うじゃない。
- 飯田
- 悪かった。
- 金井
- うん。
- 飯田
- でも変な誤解をされたくなかったからさ。
- 金井
- 誤解?
- 飯田
- だって今だってこんななってるじゃん。
- 金井
- これは私のせい?
- 飯田
- ・・・。
- 一瞬の間
- 金井
- もう和子さんとは会わないって言わなかったか?
- 飯田
- 言った。
- 金井
- だったら何で会うの。
- 飯田
- それはさっきも言ったろう?
- 金井
- 「もう私ダメだ・・・」って電話がかかってきたから・・・。
- 飯田
- うん・・・。
- 金井
- でも別れた彼女じゃない。
- 飯田
- そうだよ。
- 金井
- なのに何で会いに行ったりするの?
- 飯田
- だったらお前なら行かないのか?
- 金井
- 私は行かない。
- 飯田
- 本当かよ。
- 金井
- 現に行ってない。かかってきたことあるけど。
- 飯田
- いつ。
- 金井
- え?
- 飯田
- どいつだよ。
- 金井
- ちょっと何で私の話なのよ。
- 飯田
- だって俺聞いてないよ、それ。
- 金井
- だって出掛けて行かなかったんだから言う必要ないじゃない。
- 飯田
- でも言えよ、そう言う電話があったってことくらいさ。
- 金井
- あのですね、飯田君。
- 飯田
- 何ですか?
- 金井
- 今あなたにも私はそういうことを言ってるんですけど。
- 飯田
- あ・・・そうでした。
- 金井
- それにあなたの場合は断れずに結局御会いになったわけでしょう?
- 飯田
- 嫌味な言い方すんなよ。
- 金井
- だったら私がそういう風に会いに行っても平気?
- 飯田
- 嫌だよ。
- 金井
- でしょう?なのにどうしてそういうことしたりするのよ。
- 飯田
- ・・・。
- ちょっとの間
- 飯田
- 何かさ、危ないんだよ、あいつ。
- 金井
- 何それ。
- 飯田
- 何するか分かんないって言うかさ。
- 金井
- それってどういう風に解釈したらいいわけ?
- 飯田
- 何が。
- 金井
- 別れてもまだ気になりますって私には聞こえる。
- 飯田
- ・・・。
- 金井
- まだ・・・忘れてませんって聞える。
- 飯田
- ・・・。
- ちょっとの間
- 飯田
- だって忘れるなんて無理だろう。
- 金井
- どうして?
- 飯田
- だったらお前はどうだ?昔好きだったやつを忘れてるか?
- 金井
- ・・・でもそれとまた会っちゃうかどうかは別だ。
- 飯田
- 俺、嫌いになって別れたやつなんて居ないんだよ。
- 金井
- ・・・。
- 飯田
- 何か御互いに一緒に居る理由がずれてきてしまったなあ。とかさ。大事にする重さが替わって来てしまったんだなあとかさ。
- 金井
- ・・・。
- 飯田
- だから別れた後も大丈夫かなあとか考えてしまうんだよ。考えちゃうんだよ。
- 金井
- ・・・飯田君はさあ・・・優しいけど残酷だよね。
- 飯田
- ・・・そうなのかなあ。
- 金井
- だって何だってそうしてしまうんだよ、仕方ないだろって言う。
- 飯田
- だってほうっておけないじゃん。
- 金井
- ほら、また。
- 飯田
- え、ほらまたって?
- 金井
- ・・・飯田君は必ず「送ろうか?」って言う。
- 飯田
- 何急に。
- 金井
- 「送るわ」って言わない。
- 飯田
- どう違うんだよ。
- 金井
- 「どっか行くか?」って聞く。「どこ行こう!」って言わない。
- 飯田
- 何言ってるんだよ。
- 金井
- 責任がないんだよ、あなたたちは何も。
- 飯田
- ・・・違うよ。
- 金井
- ううん、そう。だから優しい。いくらでも手を伸ばせる。
- 飯田
- お前ひどいこと言うなあ。
- 金井
- きっと、とても拒絶された思い出があったんだろうなあって思ってきた。
- 飯田
- 何それ。
- 金井
- きっと相手のことを考え過ぎて何も言えなくなってきたんだなあって思って来た。
- 飯田
- ・・・。
- 金井
- でもあんまりいろんなことが無神経で無邪気だから、ときどきものすごい苦しいよ。
- 飯田
- ・・・。
- 金井
- ・・・何かね、もうダメだ、私も。
- 飯田
- ・・・俺、どうしたらいい?
- 金井
- ・・(笑ってしまって)好きな人がいるんでしょ?
- 飯田
- え?・・・いや・・・。
- 金井
- ごめん、それ、知り合いだ。
- 飯田
- ・・・。
- 金井
- 彼女は私と自分自身がダブってること知らないから時々電話してくる。彼女名前は言わないけど一発で飯田君のことって分かった。
- 飯田
- ・・。
- 金井
- ねえ、分かりやすく傷つけて振ってくれんか?
- 飯田
- ・・・。
- 金井
- 別れても私があなたに電話をかけたりしなくていいように、分かりやすく振ってくれんか?
- 少し長い間
- 飯田
- 吉岡のことが何かすごく好きなんですよ。
- 金井
- はい・・・。
- 飯田
- 何かね、すごく馬鹿っぽい振りしてるけど振りでさあ。
- 金井
- よっちゃんは優しくて頭のいい子だよ。
- 飯田
- そう・・・でね、何か不器用なんだな・・・。だからなんだよ。
- 金井
- ・・・(哀しすぎて笑えた)最低だな。
- 飯田
- そうだな。
- 金井
- 分かりやすく振ってくれっていうのはそういう風なことじゃなかったのに・・・。
- 飯田
- え?
- 飯田、金井の目をじっと見た
- 金井
- ・・・もう付き合ってるの?よっちゃんとは。
- 飯田
- そんなわけないでしょ。
- 金井
- そう・・・。だったらちゃんと告白しなきゃ。
- 飯田
- ああ・・うん。
- 金井
- よっちゃんも飯田君のことが好きだよ、だから安心して告白せんとな。
- 飯田
- うん・・・。
- 金井
- じゃあ・・・。
- 飯田
- うん・・・。
- 金井、部屋を出て行こうとして
- 金井
- 実は随分前から気付いてたんだよ。
- 飯田
- え?
- 金井
- よっちゃんの他にも一杯ダブってたこと。
- 飯田
- ・・・はい。
- 金井
- 私はそういうのが不得意でな。
- 飯田
- ・・・。
- 金井
- だから人がわざわざ教えてくれたり、いろいろ聞えてきたりして、もうずーっと苦しかった。
- 飯田
- ・・・。
- 金井
- 何で黙ってるの?
- 飯田
- いや俺が悪いから・・・。
- 金井
- 先週、もう嫌だって思ってもらったものを全部捨てようと思った。
- 飯田
- うん・・・。
- 金井
- いろんなものを捨てた。
- 飯田
- はい・・・・・。
- 金井
- でもあれだけが捨てられなかった。
- 飯田
- 何?
- 金井
- 友達と旅行に行った時に買って来たって。1対の置き物。トラとよく分からんブタみたいなやつ。手のひらにのっかってしまいそうな・・・。こんなに小さな可愛い1対の置き物を買って来る人なんだなと思って感動したから。こんなに小さなものに気付いて拾い上げてしまう人なんだなって思ったから・・・。きっと全部忘れないよ。私も。
- 飯田
- ・・・うん。
- 金井
- いろいろ本当にありがとう・・・。
- 金井が部屋を出て行った
- おしまい