- 船のきてきがなる
- 女
- こうしてると思いだすなあ。
- 男
- え。
- 女
- 三年前。
- 男
- ああ。
- 女
- もうちょっとがまんしてみいって。
- 男少し笑った
- 女
- 何これ、港のでっぱてるやつ。
- 男
- これか?
- 女
- 片足のせて、遠いとこみて、何マドロス。
- 男
- やかましいて。
- 女
- もうちょっとがまんしてみい。
- 男
- それで残ったんは自分やろ。
- 女
- せやな、あんな時はなんか、そういう気分。なんやろ。
- 男
- 他にいいようないやんけ。
- 女
- ポーズは?
- 男
- ポーズは、何そういうもんやろ。海の男。
- 女
- 海の男か。
- 男
- 今はしがない物書きや。
- 女
- 今。
- 男
- いや。
- 女
- 島にいた頃、よう泳いだよなあ。
- 男
- ああ、うん。
- 女
- 海の男。
- 男
- 自分のほうが泳ぎうまかったくせに。
- 女
- 水泳選手になりたかってん。
- 男
- 俺は船乗りやな。
- 女
- 船乗りか。
- 男
- 乗る船まちがえたみたいや。
- 女
- 私の港になるてゆうたくせに。
- 男
- ああ、いうた、いうた。
- 女
- ふつう港ゆうんは女がなるもんなんやで。
- 男
- せやけどお前、放っといたらすぐどっか行ってしまうやないか。
- 女
- うん。
- 男
- 俺な。
- 女
- 島の海はもっと軽かった気がする。
- 男
- 軽いて何?
- 女
- こう、波をかいてな、すっと水が私の脇を流れてゆける。このままどこまでもゆけるなあて思う。
- 男
- そういうてお前、おぼれとったやないか。
- 女
- いっぺんだけやろ。
- 男
- あん時、俺。
- 女
- 初めてエッチした日やねん。
- 男
- え。
- 女
- すんだあと、ああこんなもんかと思った。
- 男
- うん。
- 女
- けどな、なんか、私、一つ重たくなったみたいな気がした。ただ、なんとなくな、体が重たくなった気がしてん。
- 男
- うん。
- 女
- それで試してみた。島の海はあいかわらず冷たくて気持ち良くってついついな。
- 男
- うん。
- 女
- 目え覚めたらあんたがいた。あれ、何でやろて思った。何で私の彼氏やのうて、あんたのさむい顔があるんかなあて思った。
- 男
- 放っといてくれ。。
- 女
- こっちに来て、何かくたくたやなあて思てたら、やっぱりあんたの顔。
- 男
- うん。
- 女
- あいかわらずさむいなあ。
- 男
- じゃあないやろ。生まれつきやし。
- 女
- もうちょっとがんばってみい。
- 男
- せやからなんべんもいいな。
- 女
- なんやろ、こういうださいの、港やから、夜やから、うでぐみしてでっぱりに片足かけて、遠いとこみて、かっこわるいなあ。
- 男
- もう三年も前の話や。
- 女
- いや、けどがんばろうて思った。
- 男
- え。
- 女
- 島から出てきて、最後がこんなかっこわるいんはかなわんなあて。
- 男
- おいおい。
- 女
- 三年か。
- 汽てきの音
- 女
- わたしももう三十一やし。
- 男
- うん。
- 女
- もうじきやで、船の時間。
- 男
- ああ。
- 女
- ばいばい、島のみんなによろしくな。
- 男
- ああ。
- 女
- おい、ちょっとこっちみてみい。
- 男
- え。
- 女
- もうちょっとがんばってみい。
- 男
- お前。
- 女
- かっこわるいか。
- 男
- うん。
- 女
- 最後にこういうのはかっこ悪いか。ごっつうかっこ悪いやろ。せやから・・・・もうちょっとがんばってみい。
- 了