- 男 ふきっさらしのバス停でバスを待っていた。前の空き地で、誰かが火を焚いていた。大きなトラム缶から白い煙がもくもくと上がっていた。
- 女
- どうぞ。あたってください。
- 男
- ・・・え?
- 女
- バス、遅れてるみたいですよ。
- 男
- ・・・ああ・・・そうなんですか・・・。参ったな。
- 女
- 寒いでしょう。どうぞ。
- 男
- すみません。・・・たき火ですか・・・。
- 女
- ええ。いらないものを燃やしたくて。
- 男
- 大掃除ですか?
- 女
- ええ。仕事を変わることになったんで・・・。今日は大掃除。
- 男
- ああ。そうなんですか・・・。
- 女
- ええ。今日でおしまいなんです。だから・・・。
- 男
- そうですか。ご苦労様でした。
- 女
- いいえ・・・。さあ、どうぞ。
- ふたり、黙って焚き火を見ている。ぱちぱちぱち・・・ドラム缶の中で炎がはぜる。しばらく。
- 男
- ・・・何を燃やすんですか?(何気なく)
- 女
- ・・・ゆうびんです。
- 男
- え?
- 女
- ゆうびん屋だったんです。
- 男
- ・・・ゆうびん・・・?
- 女
- ・・・ええ。
- 男
- ・・・燃やすんですか?
- 女
- ええ。もう、持って歩くことができないので、燃やすことにしたんです。
- 男
- え?
- 女
- ずうっと、持って歩いていたゆうびんがあるんですけど、もう、もって歩くことができないので。
- 男
- ・・・どうして、届けなかったんですか?
- 女
- 届けることができなかったんです。
- 男
- どうして?
- 女
- 宛先が書いてなかったんです。
- 男
- ・・・宛先が?
- 女
- ええ。
- 男
- 差出人は?
- 女
- 差出人も。
- 男
- ・・・。
- 女
- 一日の仕事が終わって。うちへ帰るとき、いつもそのゆうびんだけが鞄の中に残りました。届けることができなかったんです。最後まで・・・。
- 間
- 男
- いつから、持って歩いてたんですか?
- 女
- いつから・・・。ずうっと昔です。
- 男
- ずうっと、昔・・・。
- 男、何か考え込んでいる
- 女
- どうしたんですか?
- 男
- いえ・・・。
- 男、何か考え込んでいる。しばらく。
- 男
- それは・・・。私のところに届くはずだったゆうびんなのかもしれません。
- 女
- ・・・。
- 男
- だけど。そのゆうびんは届かなかった。
- 女
- ・・・。
- 男
- だから私は・・・。
- 女
- ・・・。
- 男
- もし、届いてたら・・・。(男は混乱している)
- 女
- (笑っている)
- 間
- 男
- なんですか?
- 女
- ・・・最後の最後まで・・・。
- 男
- え?
- 女
- ゆうびんを届けていると、いろんな人に会いました。
- 男
- ・・・。
- 女
- この話しをすると、みんな、あなたと同じことを言いました。
- 男
- え?
- 間
- 女
- ですけど・・・。私が届けることのできなかったゆうびんは、その1通だけだったんですよ。
- 男
- ・・・。
- ふたり、黙って煙を見ている。しばらく。
- 男
- あの。
- 女
- はい?
- 男
- 開けてみたことはないんですか?
- 女
- え?
- 男
- その・・・ゆうびん。
- 女
- ありません。
- 男
- 届けるのが仕事だから?
- 女
- そうです。
- 男
- でももう、届けることができないんでしょう。
- 女
- ?
- 男
- 開けてみればいいのに。
- 女
- ・・・え・・・。
- 男
- 開けてみようと思ったことないんですか?
- 女
- ありません。
- 男
- どうしてですか?
- 女
- 「私のところに届くはずだった郵便なのかもしれない」と言ったひとは大勢いましたけど。
- 男
- ・・・。
- 女
- 中身を見せて欲しいと言った人は誰もいませんでした。
- 男
- ・・・。
- 間
- 男
- だけど、燃やしてしまうのなら、その前に一度開けて見たっていいじゃないですか?だって、あなたはずっと、それをもって歩いていたんでしょう?あなたには、それを開ける権利があるような気がします。
- 女
- 権利・・・。
- 男
- 気になりませんか?だって・・・。
- 女、煙を見ている。手に持った手紙を、ふと炎の中へ放り込んだ。
- 男
- あっ・・・。
- ぱちぱちぱち・・・。手紙は端からゆっくりと焦げていく。ふたり、呆然とそれを見ている。
- 男
- ・・・燃えてますよ。
- 女
- 燃やしてるんです。
- 男
- ・・・。
- 女
- もう、もって歩くことができないので。燃やすことにしたんです。
- 間
- 男
- わからない。どうして・・・、開けてみなかったんですか?
- 女
- どうして?
- 男
- ええ。
- 女
- あなたは開けてみたかったんですか?
- 男
- いいえ。私は。
- 女
- ほら・・・。
- 男
- だけど、あなたは・・・。
- 女は男に向き直り、かすかに笑っている。
- 女
- 「どうして開けてみなかったのか」?
- 男
- ・・・。
- 女
- ・・・・・私のところに届くはずだったゆうびんなのかもしれないからです。
- 男
- え・・・。
- バスの止まる音。ドアが開き・・・やがて・・・。
- 女
- バス、来ましたよ。
- 男
- あの・・・。
- 女
- バス・・・。
- 男
- どうして、やめるんですか?
- 女
- え?
- 男
- ゆうびん屋・・・。
- 女
- 他の仕事をするからです。
- 男
- それは・・・。
- ブッブー。クラクションの音
- 女
- さようなら。
- 男
- ・・・。
- 男
- 言葉がみつからないまま、私はバスに乗り込んだ。バスの中は暖かかった。後ろの窓から見える景色は、たき火の煙で白くにごっていた。聞きそびれたことがあるような気がした。でもそれがなんなのか、わからなかった。
- 終わり