- 駅に近いセミナービルの一室。講師の部屋。
西野ゆり子先生、ほっと一息ついているところ。そこへドアをノックする音
- ゆり子
- はい、どうぞ。
- 小林、ドアから顔をのぞかせる
- ゆり子
- あーら、小林くん。
- 小林、入ってくる
- 小林
- ・・・すいません。今日の講座受けたかったんですが・・・
急に仕事が入っちゃって・・・。
- ゆり子
- ほんと、小林くんが来ないなんて珍しいから、ちょっと心配したわ。
- 小林
- すいません・・・あのー・・・。
- ゆり子
- うん?
- 小林
- あのー、今日の講座、ほうんとに受けたかったんです。
- ゆり子
- 『体質改善』?
- 小林
- はい。なんか本質に迫るって感じですよね。
- ゆり子
- そう?そう言ってもらえるとうれしいわ。自慢じゃないけど、
この第九時限は他のセミナーにはぜったいないわね。
- 小林
- ですよね。・・・あのー、だから、あつかましいのはよくわかっているんですが・・・
あのー・・・簡単でいいんです・・・ちょこっとでいいんです・・・もう一度。
- ゆり子
- もう一度講義しろって?
- 小林
- あっ、はい。すいません。
- ゆり子
- 個人レッスン、高いわよ。
- 小林
- えっ。
- ゆり子
- (笑って)うそうそ、うそよ。まあ、講座は終わってるってわかってても来てくれたんだ。
お茶でも飲みながら少し話しましょ。
- 小林
- ほんとうですか。
- 小林、部屋の隅からイスを持ってきて座る。
ゆり子、「こんなこと普通は決してしないのよ。特別ね」と言いながらお茶を入れる
- ゆり子
- 今日はね、『恋愛体質になろう!』要は、恋する男になろうってわけよ。
- 小林
- 恋愛体質・・・ああ、ぼく、全然違う体質です。
- ゆり子
- そうかなあ、私の見たところ、小林くんは体質的には近いもの持ってると思うけど。
- 小林
- いやー、そんな・・・。
- ゆり子
- ま、小林くんの場合、ただの鈍感?ただの臆病?ただのええかっこしい?
ただの自信がない人?ただの・・・。
- 小林
- ・・・なんかいいとこ全然ないですね。
- ゆり子
- 気にしない。講座受け終わるころには、立派に体質改善されてるはずよ。
恋する男に。
- 小林
- ・・・恋する男?
- ゆり子
- そう、大体ね、男も女も“もてたい”“愛されたい”って思いすぎ。
そんなこと思ってたら恋なんて一生できない。
- 小林
- 一生?またまたゆり子先生過激なんだから。
- ゆり子
- あら小林くん、本当よ。そもそもね、男も女も本質はオスとメス、あーら、失礼。
互いに相手を求めるのが自然。そう、愛する、恋するってのは人間誕生以来の
本能ってもんよ。
- 小林
- ・・・本能が弱くなってきてる・・・。
- ゆり子
- 文明に犯され、弱ってしまった本能を呼び戻すだけでいいのよ。
小林くん、今日は何日?
- 小林
- 十一月三日。
- ゆり子
- でしょ。要するに秋。恋する季節ってことよ。
秋―めぐり合い、冬―その恋をあたため、春―恋が花咲くってわけ。
そのための講座でしょ。
- 小林
- はあ、でも、お言葉を返すようですが、恋をしろって言ったって
こればっかりはやろうと思ってできるもんじゃないですよ。
- ゆり子
- そう。だから体質改善しようってわけ。
- 小林
- 恋愛体質に?
- ゆり子
- その一、恋の始まりに気づく。小林くん、初恋はいつ?
- 小林
- 初恋・・・幼稚園の時かな?・・・。
- ゆり子
- ああああ・・・幼稚園?あああ・・・その感受性、もう駄目!
- 小林
- きれいな先生だったなあ。
- ゆり子
- そんなガキの思いが初恋?わかったわ、それが小林くんの最大の弱みだわー。
それを初恋だなんておもってるから、ただの臆病、ただの鈍感、ただのええかっこしい、ただの自信が無い人なのよ。本当に人を恋しいと想う気持ちよ、そんなもんがガキにある?ガキにわかる?
- 小林
- どうしたんですか、ゆり子先生。
- ゆり子
- あらごめんなさい。つい、興奮しちゃった。
えーと、(咳払い)その一、恋の始まりに気づく。人の気もちはもちろんだけど、てめえの・・・、あら、失礼。自分の気持ちに気づくことが大切です。そんなーって顔してるけど、自分の気持ちに気づかない男が多いのよ。女性の気持ちを誤解して、彼女はどうも自分に気があるみたいだって思い込むアホな男・・・、あら、失礼。そんな自分勝手な男性、多いです。はい、ここは断言しましょう。自分の気持ちに気づかない人は他人の気持ちにも気づきません。うっかりしてちゃダメよ、小林くん。
- 小林
- はあ・・・。
- ゆり子
- そのニ、素直に表現する。第五時限。レッスンしたわよね、おぼえてるでしょ。
- 小林
- はい、覚えてます・・・けど、ゆり子先生、それって一番難しいですよー。勇気がいりますよー。
- ゆり子
- どうして。素直でないほうが難しいと思うけど。
- 小林
- どうしてって・・・彼女がぼくのことどんな風に思ってるかわからないじゃないですか・・・。
- ゆり子
- 別に好きな人が居るかもしれない・・・嫌われないだろうか・・・。
- 小林
- ええ、まあ・・・。
- ゆり子
- 小林くんは一度も失恋したことがない、本気で恋をして、思いっきりふられたことがない。
- 小林
- ・・・まあ、ふられたことは・・・。
- ゆり子
- こんなの知ってる?This better to have loved and lost than never to have loved. ああ、世の中の男どもはダメ野郎ばっかり・・・女がどんなことを考えているか、どんな想いでいるか、まるでわかってないんだから、もう!。ふうーー。
- 小林
- 先生、せんせい。
- ゆり子
- あら、失礼。ちょっととりみだしたかしら。
- 小林
- いいえ、取り乱したくらいが、ゆり子先生、かわいいです。
- ゆり子
- あら、かわいい?小林くんに言われるとはね。はい、じゃ、せっかくだから小林くんだけの課外授業、特別講義。しっかり聴いてね。(咳払い)かのアラン・ピーズ先生も言われてるように、男は眼で感じる動物。ほら、美しいスタイルの女性がいいとか、顔が子のみにあってるとか、着ているものに惑わされるとか・・・でしょ?女は耳、聴覚で感じるものなの。だから灯りを消して、耳元でささやくのが一番・・・。
- 小林
- はあー。
- ゆり子
- さあ、小林くん、部屋の灯りを消して。
- ※ゆり子先生の講義の間、小林くんはあいづち、間投詞、感嘆詞を適当にはさむ。
- 了