- 小学校の運動会
運動会よろしく、お母さん、子供達やらかけっこの
アナウンスやらが聞こえている
- アナウンス(先生のマイクの声)
- さあ、位置についたかな?ようーいどん。
- 火薬ピストルの音「ドン」
声援がとびかう。
- 坂井
- まことー頑張って!
- 大谷
- ほら、まこと君。まこと君頑張れー!!
- 坂井
- まこと、そこだ抜けー!
- 大谷
- おいおい。
- 坂井
- 今だ!まこと!男だろ!抜かせー!
- 大谷
- おい、坂井、ちょっとちょっと。
- 坂井
- 腕を振らんか!まことー!
- 大谷
- しょうがねえなあ。まことくーん!行けー!
- 坂井
- あー!!
- 大谷
- あー!
- 火薬ピストルの音
「ドン。ドン。」
- アナウンス(先生のマイクの声)
- ゴール!一着3組井上健くん。二番5組武田孝一君。三着・・・。
- 坂井
- あーあ。
- 大谷
- あー。残念だったなあ。
- 坂井
- ちっとも残念じゃないわよ。四着なんて中途半端な。
- 大谷
- 中途半端って。よくやったよ、まこと君。
- 坂井
- お世辞はよしてよ。もう、何であんなに走るの遅いのかしら・・・。
- 大谷
- 坂井、お前ね。子供にそういうこと言っちゃダメだよ。
- 坂井
- どうしてよ。
- 大谷
- そりゃあ、得手不得手があるからだよ。
- 坂井
- でもさあ、小学校なんてスポーツ出来なきゃもてないのよ。
- 大谷
- もてるとかもてないとかじゃないだろう。
- 坂井
- どうしてよ。まことにはもてもてのウハウハになって欲しいんだから。
- 大谷
- どういう母親だよ。
- 坂井
- こういう母親よ。
- 大谷
- どういう教育方針だよ。
- 坂井
- そんなのどうでもいいのよ。だってスポーツマンが好きなんだもん、私。
- 大谷
- あのなあ。あ、まこと君!
- と、大谷、四着の籏の後ろで手を振るまこと君に手を振り返す。
- 坂井
- もう、何であんなにご機嫌なのよ。
- 大谷
- おい、坂井。お前も手え振ってやれよ、まこと君に。
- 坂井
- しょうがないなあ。『まーこーとー!四着はそんなにほまれじゃないぞー!』
- 大谷
- おい、何言うんだよ!あ、でもまこと君ご機嫌に笑ってるなあ。
(と何か微笑ましい)
- 坂井
- 『まことー!男だろ!悔しがれ!』
- 大谷
- おいおい。何言ってんだよ。
- 坂井
- ったくもう・・・おおらかなんだから。
- 大谷
- うーん。まあお前と違ってな。
- 坂井
- どういう意味よ。
- 大谷
- いや、ほめてんだよ。
- 坂井
- どこが。
- 大谷
- いやあ、まこと君だよ。まこと君はなかなかきっと大物になるよ。
- 坂井
- ならないわよ。
- 大谷
- いやあ、今でも十分大物だよ。
- 坂井
- どうして。
- 大谷
- いやだって母親のお前がこんななのにさあ。
- 坂井
- あのね、大谷くん。
- 大谷
- あ、また手を振ってる!いいぞー!
- 坂井
- もう・・・。
- ちょっとの間。歓声やらアナウンスやらは聞こえている。
- 大谷
- 複雑な年頃だよ。
- 坂井
- え?
- 大谷
- 小学校三年生。自我やら何やらが芽生えはじめるようなさ。
- 坂井
- うん・・・そうだよね。
- 大谷
- どう思ってるのかなあ。
- 坂井
- 何。
- 大谷
- いやまこと君。俺のことさ。
- 坂井
- ああ・・・。面白いおっちゃんだとは言ってたけど。
- 大谷
- おっちゃんって。
- 坂井
- でもどうなのかな。あの子、何も言わないから。
- 大谷
- それは反対してないってことか?
- 坂井
- うん、多分・・・。いや、まだちゃんと大谷くんのこと話してないんだけどね。
- 大谷
- ああ。
- 坂井
- 「お友達。」って言ったら、「よかったな。」って言ってたけど。
- 大谷
- (喜んで)え、本当?
- 坂井
- うん。「母ちゃんちょっとやさしくなったもんな。」ってさ。
- 大谷
- 大人だな!
- 坂井
- 変にね。
- 大谷
- え?
- 坂井
- 変に大人になっちゃったのよね、きっと。
- 大谷
- どう言う意味?
- 坂井
- ・・・ねえ。ちょっとあっちに行かない?
- 大谷
- え?
- 坂井
- 当分まことの出る種目ないから。
- 大谷
- ああ。
- 坂井
- いった(痛い)!
- 大谷
- え?
- 坂井
- いや、何でもない。
- 大谷
- うん・・・?
- 二人、縄の張ってあった場所から移動する。
- 坂井
- 泣かないのよ、あの子。
- 大谷
- ああ、えらいなあ。
- 坂井
- ・・・でもね。悔しいのは分かるのね。
- 大谷
- え、今のも?
- 坂井
- うん・・・。でもね、絶対人前で泣かないのよね。
- 大谷
- えらいじゃんか。
- 坂井
- ううん、そうじゃないのよ。人前って言うんじゃないな。
私の前では絶対泣かないの。
- 大谷
- うん・・・。
- 坂井
- きっとまたトイレとか、どっかで泣いてんだと思うのよ。
- 大谷
- 男の子だからだろ。
- 坂井
- 大谷くんは子供の頃、よく泣いた?
- 大谷
- え?
- 坂井
- ねえ、どうだった?
- 大谷
- 俺か・・・まあどっちかと言うと泣くわ、わめくわ、はしゃぐわ、殴るわ。
- 坂井
- (笑って)らしいな。
- 大谷
- おう。かなり喜怒哀楽のはっきりした子供だったらしいな。
- 坂井
- うん、普通そうだよね。
- 大谷
- まあな。
- 坂井
- 何かね、ちゃんと悔しいときも怒ったり泣いたりしたらいいのに・・・。
- 大谷
- うん。
- 坂井
- 多分、あの時からなのよね。
- 大谷
- あの時から?
- 坂井
- 功一さんが亡くなったときから・・・。
- 大谷
- ・・・ああ。
- 坂井
- まこと、まだ五歳だった。私が目一杯泣いたからさ。
ずっと泣いてばかりだったからさ。
だからあの子泣けなくなっちゃったんじゃないかって。
- 大谷
- 考えすぎだよ。
- 坂井
- そうかな。
- 大谷
- いや。
- 坂井
- ・・・。
- 大谷
- いや、もしかしたら、いや多分そうなのかも知れないけどさ。
- 坂井
- うん。
- 大谷
- だったらまこと君は本当に立派だよ。なあ。そうじゃないか?
- 坂井
- でもまだ九歳なんだからさ。
- 大谷
- おう、九歳だからですよ。すごい九歳だよ。
- 坂井
- だって笑ってても泣きたいのを我慢してるように見えるのよ。
- 大谷
- だったらそれをほめてやれよ。
- 坂井
- ほめる?
- 大谷
- そうだよ。母さんは本能のままで生きてるが、お前は優しい子だなっとかさ。
- 坂井
- (大谷が優しいので)何よ、それ。
- 大谷
- 母さんはいつだって泣きたい時に泣き、笑いたい時に笑って、
自分のことばかりに夢中だが。
- 坂井
- ちょっとちょっと。
- 大谷
- まことはえらいなあ。いつだって母さんに笑ってくれてっとかさ。
- 坂井、泣いてしまった
ちょっとの間
- 大谷
- でも、まこと君も九歳とはいえ立派な男だからな。
- 坂井
- んん?
- 大谷
- いや、お前はしょっちゅう俺の男気というやつを疑うことばかり言うけど。
- 坂井
- 何よ。急に。
- 大谷
- いえね。まこと君も俺も男ですからね。
- 坂井
- うん。
- 大谷
- 好きなひと・・・というか・・・大事な人・・・というかそういう人の前では・・・。
- 坂井
- お、昼間っから運動場で口説こうとしてるな。
- 大谷
- おい、お前今大事なところなんだから茶化すなよ。
- 坂井
- 茶化してないって。それでそれで?
- 大谷
- もう、いいよ。
- 坂井
- 何でよ、早く早く口説いてよ。
- 大谷
- 口説いてないよ!
- 坂井
- もう、何なのy。早く言いなさいよ。
- 大谷
- もう・・・。だから男は好きな人の前ではそうそう泣かないもんだってこと。
- 坂井
- (茶化すように)ええ?
- 大谷
- 一応、格好つけときたいだろ。そりゃあいずればれるとしてもさ。
- 坂井
- え、でもこの間、『マーズアタック』見て泣いてたじゃない。
- 大谷
- いや、あれはさ。
- 坂井
- どうしてあれで泣くのよ。
- 大谷
- いや、あれは泣けるでしょ。最後のシーン。
だってあのおばあちゃんが地球を救った(んだよ)。
- 坂井
- あ、まこと!
- 大谷
- え?・・・ああ、何かおいでおいでしてるぞ、まこと君。
- 坂井
- あ、忘れてた!
- 大谷
- え?
- 坂井
- 親子対抗二人三脚があるんだった。
- 大谷
- おおう、お前そんな大事なこと。早く行け。
- 坂井
- うん。悪いけど大谷君、お願い。
- 大谷
- どうして?!
- 坂井
- いや実はさっきまことを応援してるとき足をくじいたのよ。
- 大谷
- 何?!
- 坂井
- ほら、早く行ってよ!
- 大谷
- 何で応援してて足をくじくんだよ!
- 坂井
- ほら、早くしてよ!まこと手振ってるじゃない!
- 大谷
- いやでもさあ。
- 坂井
- ほら早く!
- 大谷
- もうしょうがないなあ。
- と、大谷、急いで走ってゆく。坂井、その後ろ姿に、
- 坂井
- ほら、走れ!大谷くん!
- 大谷
- なんで・・・あ、まこと君見てる!今行くぞー!うおおおー!
- 坂井
- 行け!行け!大谷くん!
- おしまい