- 女
- ねえ。
- 男
- ん?
- 女
- あと、何分?
- 男
- ・・・。
- 女
- 何分?
- 男
- 十分ぐらい・・・。
- 女
- ちゃんと言って。ぐらいなんていい加減な言い方はいや。
- 男
- 六分と十五秒。
- 女
- そう・・。
- 男
- あのさ・・。
- 女
- 何?
- 男
- なんでもない。
- 女
- 変な人。
- 男
- ・・・。
- 女
- あと六分かあ。
- 男
- そうだな。
- 女
- 約束はちゃんと守ってね。
- 男
- ああ。
- 女
- 本当よ。
- 男
- ああ。
- 女
- 私、死ぬ時に誰かが横で泣いてるなんて絶対にいや。
- 男
- わかってるって。
- 女
- 黙ってるってのもいやよ。
- 男
- じゃ、どうしたら・・。
- 女
- 歌を歌って。
- 男
- 歌?
- 女
- そう、歌。
- 男
- そんな・・。
- 女
- いや?
- 男
- だって、こんな時に歌なんて。
- 女
- あんた、よく歌ってたじゃない。二人で話をしていて、
ふって会話がとぎれた時なんか、まるで独り言のように。
- 男
- だって、あれは・・。
- 女
- 何?
- 男
- 口から自然にでちゃうんだもの。
- 女
- そんな感じでいいのよ。
- 男
- そんなこと言ったって・・。
- 女
- お願い。
- 男
- でも・・。
- 女
- お願い。
- 男
- わかった、やってみる。
- 女
- ありがとう。
- 男
- どんな歌がいいんだ。
- 女
- なんでもいい。
- 男
- なんでもいいって言ったって。
- 女
- あんたの好きな歌がいい。
- 男
- 俺の?
- 女
- そう。
- 男
- そんなの・・。
- 女
- 無いなんて言わないでね。
- 男
- そうじゃなくって。
- 女
- 何?
- 男
- 急には思いつかないよ。
- 女
- なんでもいいのよ、なんでも。
- 男
- だって・・。
- 女
- いつもみたいに歌ってくれたらそれだけで落ち着くと思うの、私。だから・・。
- 男
- わかった、なんとかやってみる。
- 女
- ありがとう。
- 男
- ・・・。
- 女
- あと、何分?
- 男
- 四分と三十八秒。
- 女
- そう。何に生まれかわるのかしら、私。
- 男
- 生まれかわる?
- 女
- ほら、あるじゃない。輪廻って言うの、あれ。
- 男
- ああ。
- 女
- でも私、全部死んじゃうんじゃないんだから、どうなるのかしら?
- 男
- さあ・・。
- 女
- 角膜とか、心臓とか、じん臓とかは残るんだし。
- 男
- 別々に生まれかわるんじゃないのか。
- 女
- そんなのいや。
- 男
- でも、それぞれ他の人の体になっちゃうわけだし。
- 女
- それはそうだけど、預けてるだけだからね。
- 男
- 預けてる?
- 女
- そう、その人の人生がちょっと伸びるように預けてるの。
- 男
- それから?
- 女
- 返してもらうの。その人の人生が終わったら。
- 男
- それまではどうしてるんだい?
- 女
- 待ってるの。
- 男
- なんか不気味だな。
- 女
- 大丈夫よ、化けてでたりしないから。
だって何かを恨んで死ぬんじゃないんだもの。
ただ見守ってるだけよ。天使みたいじゃない。
- 男
- 天使?
- 女
- そう、天使。
- 男
- そんな感じには見えないけどなあ。
- 女
- じゃあどんな感じ?
- 男
- お岩さん。
- 女
- 本当に化けるわよ。
- 男
- 冗談だって。
- 女
- ちゃんと見届けてね。
- 男
- ああ。
- 女
- どんな人に貰われるのかしら、私の体。
- 男
- 誰かはわかんないけど、きっとおしゃべりになるだろうな。
- 女
- ひどおい。
- 男
- ごめん、ごめん。
- 女
- 楠がいいなあ。
- 男
- えっ?
- 女
- 生まれかわるの。
- 男
- ああ。
- 女
- 神社か何かの楠がいいな。そして、いろんな人の人生を見守るの
- 男
- 天使みたいにか。
- 女
- そう、天使みたいに。ほら、楠って何百年も生きるじゃない。
きっとたくさんの人の人生を見守ることができると思うのよ。
わたしが心臓をあげた人の子どもとか孫とか、そのまた子どもなんて
見つけたらたまらないでしょうね。考えただけでもぞくぞくしちゃうわ。
- 男
- 楠かあ。
- 女
- そう、楠。
- 男
- なあ、やっぱり・・。
- 女
- 何?
- 男
- やっぱり・・。
- 女
- 考え直せって言うんなら聞きたくないわよ。
- 男
- でもさ、もしかしたら・・。
- 女
- やめてって。
- 男
- でも・・。
- 女
- もしかしたら、何?
- 男
- だから・・。
- 女
- 助かるって言うの?
- 男
- それは・・。
- 女
- 私、苦しみながら死ぬなんて絶対にいや。
- 男
- ・・・。
- 女
- いいのよ、覚悟はできてるんだから。
- 男
- 強いなあ。
- 女
- 強い?
- 男
- そう。
- 女
- そう思う?
- 男
- だって・・。
- 女
- 本当にそう思う?
- 男
- ・・・。
- 女
- 怖いのよ、苦しみながら死ぬのが。
- 男
- ごめん・・。
- 女
- いいのよ、気にしないで。
- 男
- ・・・。
- 女
- あと何分?
- 男
- 一分と五十二秒。
- 女
- 約束。
- 男
- ああ。
- 女
- ほら、早く。
- 男
- (歌う)母さんが夜なべをして、手袋編んでくれたあ・・。
- 女
- (笑う)くすっ。
- 男
- おかしいか?
- 女
- ううん、好きよあんたのそういう所。
- 男
- ・・・。
- 女
- あんたと知り合えてよかった。
- 男
- そうか。
- 女
- だって、ひとりぼっちで死ぬところだったんだもの。あんたのこと一生忘れないわよ。
- 男
- 僕も忘れないよ君のこと、一生。
- 女
- ありがとう。
- 男
- ・・・。
- 女
- あと、何秒?
- 男
- 十二秒。
- 女
- そろそろきいてくるわね、麻酔。
- 男
- 手、にぎってようか?
- 女
- うん。
- 男
- ・・・。
- 女
- ねえ。
- 男
- 何?
- 女
- 歌って。
- 男
- ああ。(歌う)母さんが夜なべをして、手袋編んでくれたあ・・。
- 了