- 男は気になって見ている
女はやがて砂に足をとられて転んでしまった 箱の中身が砂場に散る
- 女
- あ・・・。
- 男
- ああ。
- 女
- (男に気づいて)すみません。
- 男
- いえ・・・、大丈夫ですか?
- 女
- ええ。
- 男
- ここに、入れるんですか?
- 女
- ええ。すみません。
- 男
- 女を手伝って箱の中身を拾い集める
- しばらく
- 男
- 何ですか?
- 女
- え?・・・靴です。
- 男
- こんなにたくさん?
- 女
- たくさん?
- 男
- ・・・どうしたんですか?これ。
- 女
- 拾ったんです。
- 男
- どこで?
- 女
- ここで。
- 男
- 海で?
- 女
- ええ。波に運ばれてきた靴。濡れてるから広げて乾かしたんです。
昼間の砂はあたたかいから。
- 男
- ・・・こんなにたくさん?
- 女
- そんなにたくさんありますか?
- 男
- 種類も、形も、大きさも・・・。
- 女
- 種類も、形も、大きさも・・・。
- 男
- あなたの靴ですか?
- 女
- 拾ったものは私のものでしょうか?
- 男
- ・・・。
- 男
- どうして、拾うんです?
- 女
- 落ちてたから。
- 男
- 拾って、どうするんです?
- 女
- 集めて乾かしてみました。
- 男
- どうして?
- 女
- (困っている)ぬれてたから。
- 男
- どこへ運んでいくんです?
- 女
- ・・・どこって(笑っている)。
- 男
- なんですか?
- 女
- いえ。
- 男
- ・・・。
- 女は立ち上る
- 女
- 涼しくなりましたね。
- 男
- え?
- 女
- 夕方は、寒いくらい。
- 男
- ・・・。
- 女
- もう波の音はこれくらい大きくて。
- 男
- ・・・。
- 女
- 靴が砂を踏む音もちゃんと聞こえる。
- 男
- ・・・どうして・・・。
- 女
- 散らかしたものは片づけないと。
- 男
- ・・・。
- 女
- 時間かかっても。ひとつずつ。
- 男
- ・・・。
- 女は箱を持ち上げる
- 女
- もう行きます。
- 男
- 乾かさないんですか?
- 女
- え?
- 男
- まだ濡れてる靴もあるのに。
- 女
- ええ。(残念そうに)。
- 男
- どうして?
- 女
- だってしかたないんです。
- 男
- ?
- 女
- もうすぐ、日が暮れるから。
- 男
- 日が暮れると何が?
- 女
- また湿ってしまうでしょ。
- 男
- ・・・。
- 女
- 乾いてる靴もあるのに。
- 男
- ・・・。
- 女
- 手伝ってくれてありがとうございます。さようなら。
- 男
- あ。
- 女は振りかえる
- 女
- じゃあ。また。
- 男
- え?
- 男
- たくさんの靴を抱えて彼女はいってしまった。砂の上にまがりくねった足跡を残して。
波がそれを端からひとつずつ消していく。追いかけることはできなかった。
同じ光景を。見たことがあるような気がした。僕はここに立っていて、遠くを見ていて。
彼女は靴を抱えて闇の中へ歩いていく。たくさんの靴。誰かの靴。片方だけの靴。
大きさの違う靴。ひものちぎれた靴。破れた靴。汚れた靴。場違いに新しい靴。
見たことのない靴。見たことのある靴。見たことのない人がはいていた、
どこかで見たことのあるような気がする靴。
波音がだんだんに大きくなってきた。なんだか肌寒い。気がつくと。
やわらかな潮の香りは消えていた。鼻の奥を突く透明な風の匂いがした。
もうすぐ日が暮れる。僕は砂を鳴らして立ち上った。
- 了