- 祭りのざわめき。太鼓や鐘。盆踊りか夏祭りのようだ。
音はしばらく大きいが徐々に遠ざかって行き、小さく聞こえ続ける。
- 女
- ふう………どう?
- 男
- す、すごかった。驚いちゃったよ、オレ。ナミエってこんな特技があったんだ。
- 女
- あー、やっぱ驚いた?私のこと無器用な女だと思ってたんでしょ。
- 男
- 思ってたよ、そりゃ、キーボードは一本指だし、お箸はペケ箸、青信号でいきなりバックに入れて後の車に悲鳴を上げさせたり…
- 女
- ふふふ。そんな小さなこと、どうでもいいじゃないの。
- 男
- うん。どうでもよく思えて来たよ。
テクニシャンだよなあ。ナミエって。
- 女
- ふふふ。ありがとう。さあ、今度はあなたの番よ。やってみて。
- 男
- え?オレ?ダメダメ、オレなんかダメだよ。
あんまりやったことないし。
- 女
- だいじょうぶ。私が教えてあげるから、ね。
- 男
- じゃ、やってみようかな。ちゃんと教えてよね、
本当にはじめてみたいなものなんだから。
- 女
- はいはい。じゃあ、ここをやさしく持って。
- 男
- こ、ここ?
- 女
- そう。そこ。あれれ、ちょっと力入ってるんじゃない。
指がふるえてるわよ。
- 男
- 力は…入ってますね。どうしよう。
やっぱりやめようかな、自信ないし。
- 女
- あのね。失敗を恐がってちゃダメよ。みんな失敗しながらじょうずになって行ったのよ。
- 男
- ナミエも?
- 女
- そう。私なんか何百回も失敗したのよ。
- 男
- 何百回も?そんなにやったの?
- 女
- そう。15才くらいの時にはじめてやって、それからヤミツキになったの。さあ。あなたも失敗を恐れずにやってみよう。
- 男
- はーい、じゃあまずこのあたりのやつを…。
- 女
- あーっ。そ、そんないきなり。
- 男
- え?だめ?
- 女
- だめよ、だめ、いきなりかき混ぜちゃダメ。
- 男
- だって、ここにほら。
- 女
- 大きい!大きすぎるー!
- 男
- え?これ大っきいの?
- 女
- 大きいわよ。いきなりそれじゃ大きすぎる。
- 男
- だって大きい方がいいんじゃないの?
- 女
- もっとなじんでからにするのよ。いきなりそんな大きいのは無理。
やぶれちゃうかも知れないわよ。
- 男
- あ、そう。じゃあ、こっちの方にするかな。
- 女
- え?その黒いやつ?
- 男
- そう。
- 女
- ダメダメ。黒いのはダメ。赤いやつにしてー。
- 男
- だってほら目の前に
- 女
- ダメだって。黒いやつはビラビラがいっぱいついてて失敗しやすいのよ。
赤くて、小さいやつを……これ、これよ。
- 男
- え?これ?こんな小さいやつでいいの?
- 女
- いいのよ。最初はそれくらいにしといて、だんだん大きいのにしてゆくの。
- 男
- はーい。
- 女
- ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、そう、その調子。
ゆっくり入れてゆくのよ、やさしくね。
- 男
- はいはいやさしくね。
- 女
- ちょっと待って!どうして前からやるの?
- 男
- え?うしろからやるもんなの?
- 女
- そう。初心者は、うしろからやった方がいいのよ。相手を刺激しないようにしてゆっくりとね。
- 男
- はいはーい。あ、あ、あれ、あれ、あれ、あれー。
- 女
- あせっちゃダメ。
- 男
- だってうしろからだと、どんどん前に行っちゃって、とどかなくなるじゃないか。
- 女
- わかったわ、横からにしましょう。
- 男
- 横って?どうやって?
- 女
- だから、こうやって、この横からね、じわじわーって。
- 男
- むつかしいこと言うなあ。この横から?
- 女
- あ、それと、もっと根元のほうを持った方がやりやすいわよ。
- 男
- 根元をしっかり持って。
- 女
- やさしく持って。
- 男
- ああ、やさしく持って…あれ?なんか変だよ。さっきまでピンと張ってたのになんかほら、ふにゃふにゃしてきてる。
- 女
- 仕方ないのよ。それは。長いことやってるとそうなるもんなの。
- 男
- 大丈夫なの?こんなので。
- 女
- そりゃピンと張ってる方がいいけど仕方ないじゃないの。
なっちゃったんだから。さ、早く早く。
- 男
- はーい。ゆっくり入れて、やさしく近づけてと…。
- 女
- あ。いいよ、いいよ、すごくいい。
- 男
- あ、いいかな?
- 女
- うん、じょうずよ、その調子でやるのよ。
- 男
- それでこう横からじわじわーっと…。
- 女
- そ、そこよ、そこ、そこ。いいわ、とってもいい。
- 男
- えへへー。けっこううまいんだな、オレも。
- 女
- あせっちゃダメよ。ここからが大切なの。
- 男
- はいはーい、わかってますよ。フィニッシュを決めるわけでしょ。
- 女
- そう。最後だけは素早く動かしていいのよ。ただし相手をよく見て、相手の動きに合わせるの。
- 男
- わかりました。相手の動きに合わせて、素早くね。よしよし、じっとしてんだぞー。
- 女
- あ、そこよ、今よ、今!
- 男
- 今だ!
- 女
- あ!行く、行っちゃう!
- 男
- あ!行った!行ったよ!
- 女
- あー!!
- 男
- あー!!
- 間
- 女
- はー。
- 男
- ごめん。
- 女
- いいのよ。はじめてだったんだし。
- 男
- なんか、最後の最後に頭がまっ白になっちゃって…。
- 女
- ええ、みんなそうなるらしいわ。
- 男
- 気がつくと体じゅうの筋肉という筋肉に力が入ってたみたいなんだ。
それで何も見ずにわーって。
- 女
- きにしなくてもいいのよ。またやればいいんだし。
- 男
- …ちょっと聞いていい?
- 女
- なに?
- 男
- オレって、へたくそかな?
- 女
- …な…なに言ってるのよ、はじめてなんでしょ。はじめてにしてはいい線いってたわよ。
- 男
- そうかな。
- 女
- そうよ。もうちょっとよ。もう一回する?
- 男
- …う、うん。
- 女
- ちょっと休憩しよっか。
- 男
- いや、だいじょうぶ。もう一回する。
- 女
- そう。
- 男
- 今度こそ、なんとかするよ。で、何かないかな?
- 女
- なにかって?
- 男
- アドバイス。
- 女
- そうねえ、ちょっと難しいこと言っていい?
- 男
- うん。
- 女
- あなたに欠けてるのはね…相手に対する愛情よ。
- 男
- …愛情が…欠けてる…。
- (おわり)