- 女
- 出棺の日。
空は遠くまで晴れていて
白い雲が次から次へと音もなく横切っていった。
世界からは音がすっかり消えていた。
ボリュームの壊れてしまったテレビみたいに。
ほんとうはたくさんのことばが交わされていたはずなのに、
故障してるからなにもきこえなかった。
台詞が全くきこえないまま、
やがてエンディングの音楽だけが、静かに流れてきた。
幕もおりなかったし、舞台も暗くならなかった。
賛美歌が聞こえる…。
教会からの帰り道。
- 男
- はい。(缶コーヒーを渡す)
- 女
- ありがとう。(リングプルを引き上げる)
- 男も自分の缶を開ける。
- 男
- 熱いののほうがよかった?
- 女
- ううん。冷たい方がいい。
- 間
- 女
- 晴れたね。
- 男
- うん。
- 女
- 梅雨、開けたのかな。
- 男
- どうだろう。
- 女
- 昨日、すごい雨だったのに。
- 男
- うん。
- 女
- 今日は静かだね。
- 間
- 男
- 何考えてる?
- 女
- え?
- 男
- 今。
- 女
- …?
- 男
- さっきから…。
- 女
- あの。
- 男
- ん?
- 女
- ………唄には、どうして2番があるのか。
- 男
- は?
- 女
- 唄にはどうして2番があるのか。間
- 男
- それは…
- 女
- どうしてだと思う?ってフーさんに聞かれたことがあってね。
- 男
- ?
- 女
- それは、「フーさんの作る歌はどうしていつもそんなに長いの?」って私が聞いたからなんだけど。
- 男
- 2番どころか、4番とか5番とか普通にあったもんなあ。
- 女
- うん。長かった。おんなじフレーズのくりかえし。
- 男
- 覚えやすかったけど。
- 女
- うん。あれ、ぜんぶくっつけて「1番」にしちゃだめなの?って聞いたら怒ったよ。
- 男
- …駄目だったんだろうなあ。
- 女
- うん。
- 間
- 男
- どうしてだって?
- 女
- え?
- 男
- どうして2番があるって?
- 女
- 教えてくれなかった。
- 男
- そうなんだよ。
- 女
- え?
- 男
- あのひとがそう言うときって。だいたい自分でもわからないんだよ。
- 女
- そうなの?
- 男
- うん。
- 女
- そうなのか…
- 男
- どうしたの?
- 女
- ううん。
- 間
- 女
- さっきの賛美歌。4番まであった。
- 男
- …そうだっけ。
- 女
- 1番歌って、2番歌って、3番歌って、4番歌った。
- 男
- …うん。
- 女
- 1番歌い終わったらまだ2番があった。2番歌ったらまだ3番があった。3番歌ったらまだ4番があった。
- 男
- …
- 女
- くりかえして。くりかえしながら、くりかえしながら、でもほんとは少うしずつ、少うしずつ、すこうしずつ……、離れていった。
- 間
- 女
- あの賛美歌聞かせてあげたかったなと思って。
- 男
- …うん…、でも、それは無理だろ。
- 女
- …うん。
- しばらく、黙って歩いている。
ふいに、
- 男
- ライブの終わったあとってさ、
- 女
- ん?
- 男
- なんで拍手すんのかな。
- 女
- 拍手…。
- 男
- うん。
- 女
- なんでだろ…。よかったよ!っていうことじゃないの?
- 男
- ……フーさんの終わったあとって、なんで拍手しないのかな。
- 間
- 女
- 静かだったよね。
- 男
- うん。
- 女
- 誰も、何も言わないし。
- 男
- 音もたてない。
- 女
- アンコールがないからじゃない?
- 男
- 拍手したら…アンコールあったのかな。
- 女
- アンコール…。
- 男
- どんな唄、歌ったんだろ。
- 女
- ……何番まで歌ったんだろ。
- 男
- 1番で終わったんじゃないかな。最後は。
- 間
- 女
- …どっちだかわからないだろうね。それじゃ。
- 男
- ?
- 女
- 一番歌ったとこで終わっちゃったのか、それだけは、最初から1番しかない唄だったのか。
- 男
- …うん…。
- 駅までの道をだらだらと歩く。
空気は乾いているのに、なんだか汗ばんでくる…
気づかないうちに、梅雨はもう終わっていた。
そして、夏が来ていた。
- 終わり