- 登場人物
- 石川(女)
高岡(男)
- 大通りに面したコンビニ前。タバコの自販機にお金を入れる高岡。
ゴトンというタバコの落ちる音とおつりの音。
- 石川
- うーっす。
- 高岡
- ああ。
- 石川
- 珍しい。
- 高岡
- 何が。
- 石川
- 時間通りじゃん。
- 高岡
- なーに言ってるんだ。俺はいつも時間通りだよ。
- 石川
- よく言うよ。
- 高岡
- いやいや。
- 石川
- いつから?
- 高岡
- 何が。
- 石川
- 禁煙、やめたの?
- 高岡
- あーあ。いや、実は会社ではまだ禁煙をしているということになっている。
- 石川
- 相変わらずだなあ。
- 高岡
- 何が。
- 石川
- 禁煙は人のためにしてるんじゃないんだから。
- 高岡
- もちろんさ。
- 石川
- だったら会社の人が見てないところでもやらなきゃ、
- 高岡
- 気持ちはね、もちろん。でも実は会社でもこっそり屋上で吸ってる。
- 石川
- ああ、そうですか。そうですか。
- 高岡
- 何、喰う?
- 石川
- え?
- 高岡
- 何か喰うだろ?
- 石川
- ああ、そだね。
- 高岡
- じゃあ、この先のうどん屋。
- 石川
- あ、いやそこは…。
- 高岡
- うどんは嫌か?あそこ、うまいぞ。ちょっと変に元気なお兄ちゃんが働いとるが。
- 石川
- うんと、でも…。
- 高岡
- 値段も手ごろだしさ。
- 石川
- いや実は私今あそこでバイトしてるんだよ。
- 高岡
- うそ。
- 石川
- うん。
- 高岡
- あそこ、確か河合さんも前にバイトしてたんだよ。
- 石川
- え?
- 高岡
- 知ってるだろ?河合さん。クラブの先輩だよ。
- 石川
- うん…。
- 高岡
- 学生のころ、お金ないとき、よく河合さんのおごりで喰ったなあ。
- 石川
- 高岡さんらしいね。
- 高岡
- いや河合さんていい人でさあ。お前、金ないんだろ?だったらいいよ。ってさ。
- 石川
- 何か河合さんなら言いそう。
- 高岡
- みんなしょっちゅう河合さんのおごりで喰ってたよ。
- 石川
- へーえ。
- 高岡
- もう10年近くになるけど。
- 石川
- やっぱり他の店。
- 高岡
- え?
- 石川
- 何となく。
- 高岡
- …。
- 石川
- 何となく、あそこはあれだから。
- 高岡
- …まあいいけど。
- 二人、歩き出した。
- 高岡
- でもこの辺てあんまり店ないからなあ。
- 石川
- いいよ、どこでも。
- 高岡
- よし、じゃあちょっと言ったところに喫茶店があるんだが。そこで確かちょっとしたものなら食えるけど…。
- 石川
- うん。じゃあそこ。
- 高岡
- よし、「サバンナ」な。
- 石川
- え?「サバンナ」?
- 高岡
- うん。あ、知ってる?
- 石川
- うん。だってうちのすぐ近くだもん。
- 高岡
- ああ、そっか。
- 石川
- うん。
- 高岡
- 確か河合さんも近いんだよな。
- 石川
- うん、半年くらい前かな、引っ越してきたの。
- 高岡
- あ、そうか。
- 石川
- うん。
- 高岡
- じゃあ河合さんも呼んじゃうか。日曜だし。
- 石川
- いや、
- 高岡
- 何で。お前あんまり会ってないだろ?河合さん。
- 石川
- そんなこともないよ。
- 高岡
- え、そうなの?
- 石川
- うん。
- 高岡
- え、会ったりすることあるの?
- 石川
- うん、まあ…。
- 高岡
- ああ、近所だしあれか。偶然会うわな、そりゃあ。
- 石川
- …。
- 二人、「サバンナ」に着いた。
「カラン、カラン、カラン」
- サバンナのママ
- あ、いらっしゃい。
- 石川
- はい。
- ママ
- あ、今日はお連れさんいつもの人と違うのね。
- 高岡
- …。
- 石川
- ええまあ。
- 二人、座った。
- 石川
- コーヒー。
- 高岡
- (小声で)…俺も。
- ママ
- え?
- 石川
- ホット二つ。
- ママ
- はい。
- ママ、去る。
- 高岡
- 河合さんとよく来るの、ここ。
- 石川
- うん…よくってほどじゃないけど、まあ。
- 高岡
- ふうん。
- ちょっとの間
- 石川
- さっきのうどん屋さんもね。河合さんがバイト紹介してくれたんだよ。
- 高岡
- そっか…。
- 石川
- うん…。
- 高岡
- そっか…。
- 石川
- うん。
- 高岡
- 石川、話って河合さんがらみか?
- 石川
- うん…。
- 高岡
- そっか。
- 石川
- 何かね、河合さんいい人なんだよ。
- 高岡
- 知ってるよ、河合さんがいい人だってことは。
- 石川
- 何にも聞かない何にも言わないんだよ。
- 高岡
- …ふうん。
- 石川
- でもね。いつ電話しても機嫌よく話してくれるんだよ。
- 高岡
- 回りくどいなあ。何なの?石川。
- 石川
- 前にさ、酔っぱらった話したことあったでしょ?
- 高岡
- 酔っぱらった話?
- 石川
- 覚えてない?
- 高岡
- どんな話だったっけ?
- 石川
- 友達と。帰り道。私、今までなったことないくらい酔っぱらっちゃって。
- 高岡
- ああ、自転車に乗れなくて大変だったって話?
- 石川
- その時ね。一緒に私の横で自転車引いてくれたの、河合さんなんだよ。
- 高岡
- …へえ。
- 石川
- そのとき一緒に月を見たんだ。
- 高岡
- 月?
- 石川
- 私、覚えてないけどそのとき、河合さんと見た月を一生忘れないって言 ったらしいの。
- 高岡
- それ、そんな話だったっけ?
- 石川
- 高岡さんには月の話はしなかった。
- 高岡
- …。
- 石川
- 何かね、そういうことだなって気が突然したんだ。
- 高岡
- そういうこと?
- 石川
- 河合さんとは同じ月を見られる。けど高岡さんとはそうじゃないんだよ。
- 高岡
- 何それ。石川酔ってるの?
- 石川
- 酔ってないよ。何かねそうだったんだなって気が付いたんだよ。
- 高岡
- …。
- 石川
- だからね。なんかよく分からないことはやめようと思って。
- 高岡
- …それってそういうこと?
- 石川
- うん。
- 高岡
- 河合さんと付き合ってるの?
- 石川
- 付き合ってないよ。
- 高岡
- ふうん。
- 石川
- ほら。
- 高岡
- 何?
- 石川
- 「ふうん。」「さあ。」「へえ。」高岡さんの返事はいつもどこか遠い。
- 高岡
- そんなことないよ。
- 石川
- ううん、そう。
- 高岡
- …癖なんだよ。
- 石川
- 知ってる。
- 高岡
- 35年そうだったから、多分変えられないんだよ。
- 石川
- うん。
- 高岡
- なあ。
- 石川
- ん?
- 高岡
- 何か言いたいんだけど何を言えばいいのかよく分からんよ。
- 石川
- うん。
- 高岡
- こういうとき男気のある奴なら何かすごいこと言ったり、バカにすんなとか言ったりするのかな
- 石川
- そうなると高岡さんらしくはないなあ。
- 高岡
- ひどいこと言うなあ、石川。
- 石川
- だってそうじゃない。
- 高岡
- うん…。
- と、コーヒーを持ってママがやってきた。
- ママ
- お待たせしました。
- ママ、コーヒーを二つ置いて、去る。
- 高岡
- (コーヒーを一口すすって)あ。本。
- 石川
- え?
- 高岡
- お前に本を借りてたろう?
- 石川
- ああ、いいよ。
- 高岡
- いや。
- 石川
- 高岡さんにあげるよ。
- 高岡
- そうか。
- 石川
- うん。
- 高岡
- 返すついでに今日、うちに来るか?
- 石川
- …もうだめだよ。
- 高岡
- そうだな…。
- 石川
- うん。
- 高岡
- ジョークだよ。
- 石川
- うん。
- 高岡
- なあ、石川。
- 石川
- はい。
- 高岡
- 今日のコーヒーは何かやけに苦い気がするぞ。…苦いなあ。
- 石川
- …はい。
- おしまい