- 父
- 海から遠く、離れることにきめました。
大きな町を作る場所は海から遠く離れたところがいいのです。
海から遠く離れたところに。
大きな立派な町ができあがりました。
みんな海が恋しくて、こっそり海へ帰ってきてしまうからです。 これでは町ができません。
新しい町の町長さんは考えました。
そして。いいことを思いつきました。
大きな入れ物を作って、海を少し持っていくことにしたのです。
大きな入れ物が町の真ん中におかれ、町の人の人数分だけ海が注がれそれでも。大きな海の入れ物はあんまり人気がありませんでした。
気持ちがしっくりこないのでした。みんな気恥ずかしくなるのでした。
海から遠く離れて来たのに町の真ん中に「海」を飾っておくなんて、なんだかとてもみっともないことのような気がしたのです。
町長さんはもっと考えました。
そして。いいことを思いつきました。
ここは町なのだから。「海」にも、住人を募集すればいいじゃないか。
魚たちに頼んでみました。
海藻たちに頼んでみました。
海辺の動物たちに頼んでみました。
こうして、町の真ん中に、魚たちの暮らす小さな「海」ができあがりました。
町は空っぽにならなくなりました。
みんな魚に会うのを口実に、「海」を見に行くようになったからです。
日曜日の昼下がり。
水族館の中で、父親と小さな娘が語り合っている。
- 娘
- …おしまい?
- 父
- …おしまい。
- 娘
- …ふうん。
- 父
- どうした?
- 娘
- それって、昔話?
- 父
- そうだよ。
- 娘
- ほんとの話?
- 父
- ほんとの話。おとうさんのおとうさんのおとうさんのおとうさんが、そのお父さんから聞いた話。
- 娘
- …だから、日曜日になるとみんな水族館へ来るの?
- 父
- そうだよ。
- 娘
- だから、今日もこんなに混んでるの?
- 父
- うん。
- 娘
- あたしたちじゃなくて、みんな海を見にくるのね。
- 父
- そう。そして私たちがそれを手伝う。
- 娘
- なんか、かっこいいよね。
- 父
- かっこいいだろ。
- 娘
- …おじいちゃんも、そう言ったの?
- 父
- …。
- 娘
- 蛸のプライドだね。
- 父
- …。
- 娘
- ねえ。おとうさん。
- 父
- うん?
- 娘
- あたしも、海が見てみたい。
- 父
- …
- 娘
- あたしたちが海をみたいと思ったら、どうすればいいんだろうね。
- 父
- …うーん…
- 娘
- ああ。おとうさん。うしろむいちゃだめだよ。ほら、子供がこっちみてる…。
- おしまい。