- 「ピンポン」とホテルの部屋の呼びリンが鳴る。
「ガチャ」とドアが開く。
- 男
- さきほどお電話いただきました…。
- 女
- あ。ああ、…入って。
- 男
- はい。失礼します。
- 女
- おそかったわね。(ガチャとドアがしまる。)
- 男
- すみません。今日、予約がいっぱいで少しずつおくれてるうちにこんな時間になっちゃいました。
- 女
- そう。たいへんなんだ。
- 男
- い。けっこうたいへんなんですが…がんばります。
- 女
- お願いね。それで、えーと、どうする?
- 男
- シャワーは、あびられましたか?
- 女
- ええ、さっき。
- 男
- じゃ、ベッドに横になって下さい。
- 女
- ゆかた…ぬぐの?
- 男
- いや、そのままでいいですから。
- 女
- はーい。…こんな感じかな?
- 男
- はい。けっこうです。ちょっと照明暗くしときます。その方が落ちつくんですよ。
- 女
- ああ、そうですよね。なんか暗い方がリラックスできますよね。
- 男
- 外からの刺激をできるだけ少なくして、自分の体と対話できるととてもいいです。静かな音楽とかも効果的ですね。
- 女
- 音楽は、えーと、これかな。
「パチン」パンクかメタル系の曲「パチン」だんご3兄弟とか
「パチン」江差追分けとか
- 女
- ないみたい。
- 男
- え、なければいいんです。消しときましょうか。
- 「パチン」消える。
- 男
- ゃ、どこからやりましょうか?がいい?
- 女
- 首のあたりからお願いします。もう、どうしようもなくて…。
- 男
- かりました。じゃ、うつぶせに寝て下さい。
- 女
- はい。あーあ、本当につらいんです。でも誰も分かってくれないんですよ、この苦しさ。
- 男
- うでしょうねえ。外からじゃ見えませんしね。じゃ、やりましょう。
- 間
- 女
- …うふふふ…うふふふ…はははは…くすぐったいです。
- 男
- あ。くすぐったいですか。ちょっと力が入ってるみたいですね。リラーックス、リラーックス。
- 間
- 女
- ふふふ、…うふふふ…ははは、だめ、だめです。そこ、だめです、
あはは。
- 男
- っちゃいましたね。はじめてですか?
- 女
- え?…はじめてじゃないですよ。
- 男
- までに何回か経験あるんでしょ。その時はどうでしたか?
- 女
- あどうって、よかったわ。
- 男
- 持ちよかったんですよね。
- 女
- ええ。
- 男
- ゃ、まず、ゼンギからやってみましょう。
- 女
- え?ゼンギって?
- 男
- にあるツボのひとつで、こわばってる筋肉をほぐす効果があるんです。
- 女
- お願いします。
- 男
- し痛いかも知れませんが、がまんして下さいね。
- 女
- はい。やっぱり筋肉が固くなってるんですよね。
- 男
- え、お仕事の時、緊張してませんか?
- 女
- すっごく緊張してます。カメラの赤いランプを見るだけでもうガチガチですね。
- 男
- メラ?テレビ局のカメラですか?
- 女
- ええ。
- 男
- 優さん?
- 女
- あ、ああ。そんなとこ。
- 男
- の近くのテレビって言うと…NHK。
- 女
- BK
- 男
- 、BKって言うんだ。なんか専門用語ってカッコいいですよね。
僕も見たなあ、朝のドラマ。「あぐり」とか「おしん」とか、「じゅんちゃんの応援歌」とか。
- 女
- …「あぐり」はいいけどあとの2つはなに?いつごろのやつ?
- 男
- 。あははは…。ビデオでちょっと。趣味なんですよ。
- 女
- あ、そう。
- 男
- うか、女優さんかあ…。
- 女
- いや、女優っていうか、カメラのケーブルを運んだりね。
- 男
- ーブル?
- 女
- あ。ま、まあ、女優みたいな感じかな。筋肉を使って仕事する女優、ね。
- 男
- かりました。明日の仕事のために、力いっぱいやらせていただきます。はい。まずゼンギをですね…。
- 女
- い、い、痛い。ちょっと、痛いです、それ。
- 男
- え、少し痛いんです。
- 女
- 痛いです。ちょっと、ちょっとまって、あ、あ、あ、痛いんですって。
- 男
- え、がまんして下さい。がまんしてるうちによくなってきますから。
- 女
- ちょっ、ちょっと、待って下さいって、あ、痛ぁい!
- 男
- い、いいですよ。どうですか、少し楽になったでしょう?
- 女
- …はー、はー、はー(荒い息)。うーん、なんか少し効いたような気もするけど、痛みから解放されたせいで楽になったって気もするなぁ。
- 男
- ゃあ、あお向けになって下さい。女優さんかぁ…やっぱり腹筋ですよね。
- 女
- え?腹筋?
- 男
- を出す仕事をする人は腹筋を使いますよね。ここです。腹筋の疲れは、このオウメにたまるんですよ。
- 女
- オウメ?
- 男
- え、おへその下のこのツボです。腹筋を骨盤につないでる部分ですよ。ここをですね…。
- 女
- うっ…。
- 男
- ー(気合い)。
- 女
- うっ…、うー。
- 男
- ー(気合い)。
- 女
- うっ…いいみたい。いいみたいです。
- 男
- ー(気合い)いいでしょう。ここはどうですか?ハー(気合い)
- 女
- そ、そこもいいです。
- 男
- ゃあ、ここも効くでしょう。ハー(気合い)。
- 女
- そ、それ、それ、すっごくいいです。。
- 男
- ー(気合い)。だんだんわかってきました。ちょっと器具を使いましょう。
- 女
- 器具?
- 男
- え、そんなたいした物じゃないんですが、けっこう効くらしんです。これです。
- 女
- え?それをどうするんですか?
- 男
- のとがった所でツボを押すわけです。きっと明日は、気持ちよく声が出せると思いますよ。
- 女
- じゃ、お願いしようかしら。
- 男
- い。えーと、コンセントはどこかな?あー、ありました。ここですね。「ヴィーン」と音。
- 男
- つぶせになって、腰にそのマクラを…ええ、それでいいです。骨盤と背骨の間に背筋のツボ「アクメ」があるんです。この「アクメ」にはですね…
- 女
- 説明はいいから、早くやってみてください。
- 男
- い。いいですか?
- 女
- いいですー。やって下さーい。
- 男
- ゃあ、…く、く、く、く、くあー!!「ボキ」間。カシャッとライターの音。
- 女
- こんど、いつ来てくれるの?
- 男
- ー(煙をはく)、いつでも。
- 女
- 5番?
- 男
- 番。電話して下さい。いつでもうかがいます。
- 女
- いくら?
- 男
- 500円です。
- 女
- はい。これ。
- 男
- いど。じゃ。
- 女
- もう行くの?
- 男
- 事だから。
- 女
- そう。とてもよかったわ。ありがとう。「カチャ」とドアが開く。
- 男
- 当は電話しない方がいいですよ。そんなことより、体を大切に…ね。
- 女
- ええ。「カチャ」とドアが閉じる。
- (おわり)