- 大雨…。
- 女
- ああもう、
- 女、ケータイのスイッチ入れた。
- 男の声
- もしもし、名倉です。お電話ありがとうございます。ただ今外出中につき電話に出られません。発信音のあとに
- 女、ケータイを切った。
- 女
- 使えん男やなあ、全く。
- 女、タバコに火をつけた。
- 女
- ラジオ入るかな。
- 女、ガチャガチャとスイッチを押す。ノイズ。
- 女
- 使えんラジオやな。こういう時は何やろ。
- 女、しばし考え、鼻歌をうたう。
- 女
- あかん、余計気がめいる。こういう時は、あ、そうか。
- 女、大きな声で鼻歌をうたう。
- 女
- こ、これは一人カラオケBOXやないかい。
- 外は大雨…。
- 女
- さみしいなあ。あ、そういや駅前のゲーセンにそういうのある言うてたなあ。一曲50円のカラオケBOX。一人で歌う用。けっこう利用客いるって。世の中はさみしいねんなあ。
- 外は大雨…。
- 女
- 水、入ってけえへんなあ。
- ラジオのチューニング音。
- 女
- って、何でここはこんなに浅いねん。
- 女が何かをけった音。
- 女
- 港ってふつうもうちょっと深ないか?こんな浅かったら船底に当たるやん。
- 女はもう一度けった。
- 女
- かっこ悪いなあ。
- と、突然ラジオから長唄がきこえた。
- 女
- あ
- 女、しばし聞きいる。女、ラジオのボリュームを少し下げ
- 女
- こんばんは。深夜の貴方の時間です。みなさん、どんな深夜を過ごしていますか。
- ゴポ…と波がきて、少しゆれた。
- 女
- (少し笑って)旭区の25才のOLさん、ペンネーム…ドザエモンさん、ひどいペンネームですねえ。からのお便りです。
みなさん、こんばんわ。つい先日男にふられました。腹いせに彼の愛車で大阪港にダイビングです。大阪港は思ったより浅いです。いえ、何かにひっかかっちゃって、まだお空が見えます。雨がふってます。星はみえません。
- 雨と波の音。
- 女
- これまた珍しい深夜の過ごし方ですねえ。ところでドアはまだ開きますか。無駄に命をすててはなりません。ドアが開くなら、表に出てみましょう。あ、カナヅチだったらごめんなさい。
- 女、しばし考える。
- 女
- 雨か、どうせぬれるしなあ。
- 女、ラジオのボリュームをあげる。
あわせて唄ってみる。
- 女
- あかん、何ゆうてるんかわからへん。テーマソングにもならへんちゅうねん。何のテーマ?ちょっと早い海水浴。行ってないなあ、海水浴。あいつと。あいつ、やるばっかしやもんなあ。何であんなんと半年もつき合うてたんやろ。正解、私もすきもんやから。あかん、あかんて、25のまだ若い乙女がすきもんなんて言葉使ったらあかん。
- 雨と波の音
- 女
- ババくさい唄のせえやな。
- 女、ラジオ切った。
- 女
- 静かやま。
- 雨音は止んでいる。
- 女
- って、これさっきより沈んでるやん。
- 雨音は止んでいる。
- 女
- いや、それでええんやん。うん。当初の目的やってんから。
- 女、ラジオのスイッチを再び入れた。ノイズ。
- 女
- 旭区の「ドザエモン」さん。お便りありがとう。私はといえばですね、私も今、海にいます。真っ暗ですね。深夜ですから。波の音しかきこえません。何てゆうんでしょう。母なる海のゆりかごに抱かれてってやつでしょうか。何だかはずかしい事いってますね。これはやっぱりさみしいという事でしょうか。あ、お魚さんがいますねえ。見えませんけど。なんせ海ですから、お魚さんはいるはずです。私はお魚さんのエサになるんですねえ。これが自然なんだねえ。ゆうきゅうの営みなんだねえ。(と、シイナマコト調で)…なんでやねん。
- 女、ケータイに連絡した。
- 男の声
- あ、もしもし、お前か
- 女
- お前ゆうな
- 男の声
- 今、どこにおるねん。
- 女
- つながるもんやな。
- 男の声
- おい、俺の車は
- 女
- なあ、あんたの車な
- 男の声
- なんや
- 女
- お魚さんのおウチになるんだねえ。
- 男の声
- え
- 女、ケータイを切った。
- 女
- さて、準備体操せんとな。足つったらあほらしいし、25才まだまだいける。
- 了