- 登場人物
- 河合(男)
石川(女)
- 始まりは一本の電話のコール音、3回。
「トウルルルル。トウルルルル。トウルルルル。」
- 石川
- もしもし。
- 河合
- あ、居た居た。
- 石川
- あ。
- 河合
- あ、いや・・・あ、起きてた?
- 石川
- あ、はい・・・。
- 河合
- あ、そうだよね。起きてたから喋ってるんだもんね。
- 石川
- (緊張していたが思わず笑って)あ、はい。どうしたんですか?こんな時間に。
- 河合
- あ、いや・・・元気・・・かなアと思って。
- 石川
- (笑って)ええ。そうですね。元気ですよ。
- 河合
- あ、そっか・・・。それはよかった。
- 石川
- 河合さんこそお元気ですか?
- 河合
- 俺?俺はもちろんだよ。元気だよ。
- 石川
- そっか・・・。あ、そうだ。
- 河合
- んん?何?
- 石川
- いや、バイト、ありがとうございました。
- 河合
- ああ、なんのなんの。
- 石川
- みんなすごくいい人たちで。
- 河合
- だろ?まあちょっと時給はよくないけど、人がいいのだけがあそこの取り柄だから。
- 石川
- いえいえ、とんでもない。ちょっと落ち着きました。
- 河合
- そっか・・・。それはよかった。
- 石川
- はい。本当に有難うございます。
- 河合
- いやいや、あそこのうどん屋もちょうど人、探してたからさ。
- 石川
- ・・・。
- 間
- 河合
- あ、でもよかったよ。ちょっと声が柔らかくなったから。
- 石川
- あ、そうですか?
- 河合
- うん。一月(ひとつき)前と比べたらね。
- 石川
- あ・・・。
- 河合
- あ、ごめん。そういう意味じゃないよ。
- 石川
- いえ。
- 河合
- いや、本当に。
- 石川
- いえ、本当大丈夫です。もう・・・(ちょっと笑って)すいません。
- 石川
- いや、うん・・・。
- 間
- 石川
- でもお久し振りですね。
- 河合
- ん?
- 石川
- 河合さんとこうやって話すの。
- 河合
- ああ、そうだよな。うどん屋について行ってやれたらよかったんだ けど。
- 石川
- 何言ってんですか。私27ですよ。面接くらい一人でいけますよ。
- 河合
- そっか。
- 石川
- ええ。
- 河合
- そうだよな。
- 石川
- ええ。
- 河合
- そっか・・・お前、もう27になったか。
- 石川
- ええ。10月がきたら、28です。
- 河合
- ええ?28?
- 石川
- はい。すっかりいい大人です。
- 河合
- ああ、そりゃそうだよな。だって俺が32なんだから。
- 石川
- えー、河合さん32?!
- 河合
- そんな声出すなよ。そりゃあお前が28になるんだから、俺だってそれくらいにはなるよ。
- 石川
- ああ、そうですよね。
- 河合
- そうだよ。。
- 石川
- ええ。じゃあもう9年くらいになるんですね、知り合って。
- 河合
- おう、9年だよ。
- 石川
- へーえ。早いなあ。
- 河合
- 改めて考えるとな。
- 石川
- 改めて考えなくてもですよ。
- 河合
- おお、調子出てきたな。
- 石川
- ええ?
- 河合
- いや、いつもの石川だな・・・ってさ。
- 石川
- はい・・・もう本当に大丈夫です。
- 河合
- そっか・・・。
- 石川
- ええ。
- 河合
- ならよかった。
- ちょっとの間
- 石川
- (笑って)何かすっかり御迷惑をおかけしてしまいました。
- 河合
- 何の何の。
- 石川
- (笑って)いえ、本当に。何かいつも困ったら河合さんに電話してしまって。
- 河合
- 何の、何の。俺だって困ったら石川に電話する気でいるからさ、いつも。
- 石川
- いえ、河合さんは私にはそんなじゃないですよ。
- 河合
- いやいや、それは石川の読みが甘いよ。俺はいつだって困ったら石川に迷惑をかけようと思ってんだから。
- 石川
- ・・・。
- 石川が、ふいに黙ったので、
- 河合
- あれ、もしもし?もしもし?
- 石川
- ・・・あはい、聞こえてます。
- 河合
- びっくりした。急にトイレにでも行ったのかと思ったよ。
- 石川
- ・・・。
- 河合
- あれ、もしもし?もしも
- 石川
- (河合を切って)はい、聞こえてます。
- 河合
- ああ、そっか俺はまた洗濯物でも取り込みに行ったのかと思ったよ。
- 石川
- 何で電話中に洗濯物取込みに行くんですか。
- 河合
- いや、何となく。
- 石川
- (笑って)いやですね。
- 河合
- はい?
- 石川
- 何か河合さんとこうして話してると安心するから。
- 河合
- ・・えーっとそれは、あはは良かった。
- 石川
- 何か私、河合さんにいつもどこか甘えてるんですよね、きっと。
- 河合
- 甘えて下さいよ。だって9年の付き合いですよ。
- 石川
- 私、サークルの先輩もともだちももう誰とも連絡取らなくなってるのに、河合さんとは何か・・・。
- 河合
- おう、おう、それは光栄だ。
- 石川
- いえ、何かいつまでもいつまでも頼ってますよね。
- 河合
- 何、何、頼っちゃってよ。もう全然頼っちゃってよ。
- 石川
- いやいや。
- 河合
- 俺なんかさ、会社で何て言われてるか知ってる?
- 石川
- え、何て言われてるんですか?
- 河合
- 吊り橋だよ。
- 石川
- え?
- 河合
- 吊り橋。ほら、渓谷やなんかにかかってる橋。危なっかしいんだって。
- 石川
- まさか。
- 河合
- 本当、本当。何かね、俺に契約とか任せとくと危ないから気をつけて渡れと、言われてるらしい。
- 石川
- いやいや。
- 河合
- いや、本当だよ。だからさ、石川くらいしか俺を頼ってくれないわけですよ。
- 石川
- ・・・。
- 河合
- あれ?あれれ?もしも(し)
- 石川
- はい、聞こえてます。
- 河合
- ああ、そっか俺はまたもしかして新聞の押し売りなんかやってきて
- 石川
- いえ、河合さんもう、いいんですよ。
- 河合
- え、え?何が?
- 石川
- 私ね、ちょっと考えたんですよ。
- 河合
- うん・・・。
- 石川
- でね、何かいつも河合さんに迷惑かけてちゃいけないってね、何かね。
- 河合
- どうして。
- 石川
- だって高岡さんがああゆう人だってことは私なんとなく分かってたんですよ。
- 河合
- ・・・うん。。
- 石川
- だから何か誰にでも親切だけど、それは高岡さんが何も選べないだけで、というか、高岡さんにとっては誰と会うことも暇つぶしで、時間をどうやってうめるかってことだけで・・・だから何となくこういう感じで付き合ってたら、私の方が先に根をあげちゃうってことは分かってたんですよ。
- 河合
- ・・・うん。
- 石川
- だから分かってたのに、なんか結局河合さんに何かあんなおかしな電話しちゃって。
- 河合
- したらいいよ。
- 石川
- いえ、もうしません。
- 河合
- いやしたらいいんだって。
- 石川
- いえ、もう絶対。
- 河合
- いやいいんだって。
- 石川
- ・・どうしてですか?
- 河合
- だってどっかに吐き出さなきゃおかしくなっちゃうだろ。誰だって。誰だってガスを抜かなきゃおかしくなっちゃうもんなんだよ。
- 石川
- いえ、
- 河合
- だって9年だよ。
- 石川
- ・・はい。
- 河合
- だって9年だよ。
- 石川
- はい。
- 河合
- もう何言っても全然いいよ。むしろ、何かしら連絡を受けてる方が安心するよ。
- 石川
- ・・・いえ・・。
- 河合
- いや、そうなんだって。石川、お前もう少し何か人に警戒するの、やめろよ。
- 石川
- 警戒・・・?
- 河合
- うん。お前、前に一緒に月見ながら歩いた時言ってたこと覚えてるか?
- 石川
- 去年の夏。
- 河合
- そう、あれもう去年だよ。
- 石川
- ・・・はい。
- 河合
- その後一緒におでん屋に行ったろう?
- 石川
- ・・・はい
- 河合
- あんときさ、お前は俺にお兄さんだからって言っただろ?
- 石川
- ・・・はい。
- 河合
- だからいいんだよ。だからいいんだよ。だって兄貴なんだから。何も考えなくていいんだよ。
- 石川
- ・・いえ。
- 河合
- ほら、そういうとこだよ。
- 石川
- 何ですか?
- 河合
- だからそういうとこ。人に迷惑をかけないなんてさ、所詮無理なんだよ。だから迷惑をかけずに生きようなんて無理に決まってることだよ。
- 石川
- だからもう電話とかしません。
- 河合
- お前、28になってもちっとも変わらないのな。
- 石川
- 27です。
- 河合
- ああ、うん。27になっても、
- 石川
- よく分からないんですよ、ただ。
- 河合
- え?何が?。
- 石川
- 私、なんか河合さんがよく分からないんですよ。
- 河合
- 分からないって何が?
- 石川
- だって河合さんていつだって親切で、いつだって何も聞かないでしょ?
- 河合
- だって本人が話さないことをわざわざ聞く必要がないじゃんか。
- 石川
- いやそうじゃなくて。
- 河合
- 何だよ。
- 石川
- ・・・。
- 河合
- 何?
- 石川
- ・・・。
- 河合
- 石川、なんかさ、お前警戒心強い癖に何かせっかちなんだよ。
- 石川
- せっかち?
- 河合
- 考えが決まらないことが不誠実だと思うんだろ?
- 石川
- ・・・。
- 河合
- いいんだよ。いや違うんだ、それは。
- 石川
- どうしてですか?
- 河合
- 関係なんてさ、自分で決めるもんじゃないんだよ。距離なんてね、自分で計ったりするもんじゃないんだよ。
- 石川
- そうなんでしょうか?
- 河合
- 何にだって自然に決まってゆく時間があるよ。だからいいじゃないか。別に何も考えなくたってさ。
- 石川
- ・・・。
- 河合
- 俺はさ、本当にお前のことは何とも思ってないぞ。
- 石川
- え、何とも?
- 河合
- ほら、ショックだろ、何かちょっと。
- 石川
- いや・・・ええ、まあそうですね。
- 河合
- だからいいよ。まあ何も考えなくてもさ。何だってなるようにしかならないし。ならないようにはならないんだよ。
- 石川
- ・・・はい。
- 河合
- ところでさ、実は今日は何で電話したかというとさ。
- 石川
- はい。
- 河合
- 今、お前の家の大変近くに来ているんだ。
- 石川
- ええ?
- 河合
- いや、もう少し正確に言うとお前の家の御近所に、引っ越したんだ。
- 石川
- ・・・あらら。
- 河合
- あ、言っとくがこれは意図的なものじゃないぞ。偶然だぞ、偶然。
- 石川
- はい。
- 河合
- よしよし。でな。
- 石川
- ええ。
- 河合
- 明日、確かうどん屋、定休日だろ?
- 石川
- ええ。
- 河合
- だから明日、朝、コーヒーでも一緒にどうかなと思ってな。
- 石川
- ・・・
- 河合
- いや俺はいつもモーニングを食べる習慣なんだよ、朝。
- 石川
- はい。
- 河合
- だから、どうだろう?ちょっとコーヒーでも飲みがてらモーニングをな。
- 石川
- ・・・。
- 河合
- もしもーし。もしかしてまたお前、
- 石川
- 聞こえてます。はい。明日の朝。モーニング。
- 河合
- うん。よし。
- 石川
- はい。
- 河合
- お前のそばのコンビニの横の喫茶店。
- 石川
- 「サバンナ」ですね。
- 河合
- そう、明日の朝8時「サバンナ」。
- 一瞬の間
- 石川
- はい。じゃあ。
- 河合
- じゃあ。
- 電話の切れる音。
- おしまい