- 登場人物
- 高岡(男)
石川(女)
- そこは高岡のアパートの前。
外に面した入り口。お風呂のないアパート。
夜の9時30分ちょうど。
始まりはドアのノック。
1回。「トントン」
ちょっとの間(中からは反応なし)
今度は「ブー」とブザー。
ちょっとの間(中からは反応なし)
三度目は大きなドアノック。「トントン……トントン」
と、ドアが開いた。
- 石川
- こんばんは。
- 高岡
- (ジョークとして)やあ。
- 石川
- (笑いつつ)遅くなっちゃった。
- 高岡
- いいよ。
- 買い物した大きな袋を持った石川、高岡のアパートに入る。
- 石川
- おお、片付いてる
- 高岡
- もちろんですよ。
- 石川
- 片付けたのか
- 高岡
- 当然ですよ、クリーンなイメージが売りですから。
- 石川
- (笑いつつ)どういう意味よ。
- 高岡
- (はりきりつつ)さてさて、野菜でも切りますか。
- 石川
- あ、いい。野菜はもう切ってきた。
- 高岡
- え?
- 石川
- 会社の昼休みに、買いに行って昼休み中に給湯室でいろいろ。
- 高岡
- それはそれは。(野菜をだしつつ)お、本当だ。
- 石川
- だって急に残業って言われたからさ。とりあえず鍋の用意の短縮を計らねばと、
- 高岡
- ちょっと、ちょっと、何これ。
- 石川
- え、何って?
- 高岡
- これ…これ、何人分?
- 石川
- えーっと…一応二人分なのですが……。
- 高岡
- これで…?
- 一瞬の間
- 石川
- もしかして多い?
- 高岡
- いや……うーん、いや頑張るよ。
- 石川
- いや、頑張って食べるもんじゃないからさ。
- 高岡
- ああ、実はちょっとだけパンを食べたんだ
- 石川
- ああ、そうだよね。だってもたないもんね。
- 高岡
- うん。鍋に備えてお腹にたまらないものと思ってさ。
- 石川
- うん。
- 高岡
- 甘いパンを二つばかし…。
- 石川
- ……そっか……てっきり高岡さん、食べるんじゃないかと思って。
- 高岡
- いや僕も全盛期はすごかったんだが……まぁもう34だからさ…。
- 石川
- ……じゃあ、まぁ野菜は調節しつつ。
- 高岡
- そうだね……頑張るよ。。
- 石川
- だから頑張らなくていいったら。
- 高岡
- オーケーオーケー。ではでは、俺は何をしたらいい?
- 石川
- えっと、コンロは?
- 高岡
- えっと、コンロは?
- 石川
- うん、、それと、
- 高岡
- あ、鍋はちょっと小さいが用意した。これでいいだろ?
- 石川
- あ、それなんだけどね。はい。
- 石川
- え、持ってきたの?
- 石川
- うん。鍋は真剣だから。
- 高岡
- 真剣って。
- 石川
- だって昨日、電話で小さいのしかないけど…って言ってたから。
- 高岡
- 石川。お前、こんなでかい鍋持って会社に行ってたの?
- 石川
- うん。会社の女の子に見つかったら嫌だから、今日は8時前に出社した。
- 高岡
- (感心しつつ)それは…ご苦労さまでした。
- 石川
- 何の、何の。だって鍋ですから。
- 高岡
- おう、だって鍋だものな。
- 石川
- 高岡さん、鍋に水いれて。
- 高岡
- よしきた。まかしとけ。得意分野だ。
- 石川
- (笑う)
- 高岡、鍋に水を入れている。
その横で、石川、豚肉を切ったり、帆立貝をパックから出している。
- 高岡
- (水を入れつつ)めしがいるだろうと思ってさ。
- 石川
- (豚肉を切りつつ)うん。
- 高岡
- これ買ったけどいらなさそうだな。
- 石川
- あ、パックごはん。
- 高岡
- うん。
- 石川
- いや、炊飯器が壊れちゃってさ。
- 高岡
- あらら。
- 石川
- あ、でももしよかったら最期に雑炊つくろう。
- 高岡
- え、キムチ鍋に雑炊?
- 石川
- うん、おいしんだよ。卵いれてさ。
- 高岡
- 辛くないの?。
- 石川
- と、思うでしょ?キャベツや野菜の甘さがぐんとでて、おいしんだな。
- 高岡
- へーえ。キャベツか。白菜じゃなく?
- 石川
- あ、白菜も入れる。それに、えのきに椎茸に豆腐に、豚肉に、ねぎに、豚肉にそれと、
- 高岡
- おいおい、それ、帆立じゃないか。
- 石川
- うん、魚介も入れるとおいしいんだよ。
- 高岡
- 豪勢だな。
- 石川
- 一見ね。豚肉も100グラム120円のを300買ったんだけど、60円負けてもらった。
- 高岡
- お、流石。
- 石川
- 任して下さい、キャップ。これから私のことを「買い物上手さん」と呼んで下さい。
- 高岡
- うん。分かった。…でもちょっと長いな。
- 石川
- あ、それとね、これこれ。
- 高岡
- ん?
- 石川
- そば。
- 高岡
- あれ、それって中華ソバじゃん。
- 石川
- そう。うどんもいいけど、これがおいしいの。
- 高岡
- (その量に驚きつつ)2つも?
- 石川
- あ……多ければ少しだけ入れようね。
- 高岡
- そうしよう。そうしよう。………で、「買い物上手さん」
- 石川
- はい?
- 高岡
- 水を入れた鍋が用意できました。次は何を?
- 石川
- は、次はじゃん、これです。
- 高岡
- お、「キムチ鍋の素」。
- 石川
- うん。これを水3、「キムチ鍋の素」1ビン入れて下さい。
- 高岡
- あらら、もう水入れちゃった。
- 石川
- ……えーっと……申し訳ないのですが…。
- 高岡
- 了解です。計りなおします。
- 再び、高岡、キッチンの方へ来て、鍋に水を入れる。
- 石川
- それと、キムチと……。
- 高岡
- (水を入れつつ)おう。。
- 石川
- 豆腐好き?
- 高岡
- んん?
- 石川
- 豆腐、好き?そこそこ?あんまり?。
- 高岡
- 私を誰だと思ってるんだ。
- 石川
- 何、それ。
- 高岡
- もちろん、食べますよー豆腐。だって豆腐だろ?
- 石川
- 困った人だな。そうじゃなくて。
- 高岡
- 何。
- 石川
- 豆腐、一丁は無理だよね。
- 高岡
- ああ……それは…ちょっと。
- 石川
- うん。じゃあ半分だけにする。
- 石川、豆腐を切っている。
- 石川
- 豆腐を切っている。 そういうことなら、そういう風に聞いてよ。
- 石川
- (笑いつつ)何で、分かるでしょ。
- 高岡
- いや、豆腐にまつわるユーモアを言えって言われてるのかと 思ってさ。
- 石川
- (笑いつつ)そんなわけないよ。
- 高岡
- まあ、そうだが…。
- 石川
- よし、準備、オーケー。
- 高岡
- よしきた、こっちもオーケーだ。
- 石川
- キャップ。火を付けて下さい。。
- 高岡
- 分かりました。私、こんなにも重大な任務を「買い物上手さん」から頂
- 石川
- 分かったから、コンロに火を付けて下さいませ。
- 高岡
- 了解!
- コンロに火が付いた。
ちょっとの間、火を見つめる二人。
- 高岡
- 何か、かけるか。
- 石川
- あ、そうだね。
- 高岡
- あ、そうだ。マーシーかけるか?君から頂いた真島昌利。
- 石川
- あ、えーっとね……いや別のでいいよ。
- 高岡
- あ、そう?
- 石川
- うん、何か適当にかけて。。
- 高岡
- オーケイ。
- と、高岡、ドリフターズかなんかをかける。
(例えば「UNDER THE BOARDWALK」とか。
- 高岡
- いい?
- 石川
- はい…。。
- ちょっとの間。
お鍋がくつくつという音と音楽。
- 高岡
- あ、そうそう、ビール。
- と、高岡、冷蔵庫へビールを取りに行く。
- 石川
- あ、よかった。言うの忘れてたから。
- 高岡
- もちろんだよ。だって鍋だものな。えっと……グラス…グラス…。
- 石川
- 何かね。昨日、鍋にしようって電話で行ったの失敗したって思ってたんだよ。
- 高岡
- もどって来ながら)え、どうして。
- 500mlの缶ビールのプルトップの音。
「プシュ」
高岡、1つ目のグラスにビールを注いでいる。
- 石川
- だってもう春だもんね。急に暖かくなっちゃたでしょ?だから。
- 高岡
- ああ、何だそんなことか。ほい。
- グラスを石川の前に置く音。
- 石川
- あ、ありがとう。
- 高岡
- (2つ目のグラスに注ぎつつ)いや、でもいいんじゃないか?何か鍋ってちょっと楽しいだろう?
- 石川
- あ、そう?
- 高岡
- うん。……いやうちさ、うちの家ね。
- 石川
- うん。
- 高岡
- こういうことなかったんだな。
- 石川
- こういうこと?
- 高岡
- だから鍋とかな…。自営業だろ?
- 石川
- ああ、印刷屋さん。
- 高岡
- うん。店が家と離れてたし、それに…なんかおやじもおふくろも忙しくてさ。兄弟3人。おやじにおふくろ。揃って喰うことなかったんだよ。。
- 石川
- ああ…。
- 高岡
- だから…いや鍋には、何か憧れがあるんだよ。
- 石川
- …そっか……。
- 一瞬の間。
- 高岡
- あれ、暗くなった?
- 石川
- ううん。
- 高岡
- いや、うちは家族みんな仲いいよ。
- 石川
- うん。
- 高岡
- 今度、紹介するな。
- 石川
- え…?。
- 高岡
- よーし。どうやら鍋も煮えてきましたぞ。食べますかな。今期最期の鍋。
- 石川
- はいな。。
- 高岡
- お、その前に。
- 石川
- あ、うん。
- 二人、グラスを持った。
二人 かんぱーい。
グラスが触れあった。
鍋のふたがとられた。
すごい量の鍋。
- 高岡
- おおう…しまったな、あの甘いパンさえ食べなければ……
- 石川
- (笑う)
- 音楽が部屋を包んだ。
- おしまい