- 地方の喫茶店の店内。午前11時前後。
有線放送で昔の邦楽のBGMがかかってる。
(ex.サザンオールスターズ1st『別れ話は最後に』)
テーブルに向かい合って男と。
- 男
- 夢じゃ、食えませんよ。
- 女
- (ナイフを動かしながら)冷めるよ早く食わんと。
- 女の、スパゲティーらしきモノを食す音。
- 男
- きのう高校の同期のやつと会ったけどさ、また言われたわ、「好きなことやれていいよなあお前は」って。「夢があってさあ」って。真顔で。あああ、どうにかしてそのへんの誤解は解けないもんかねえ、
- と、店内の有線に突如ボリューム大のノイズが混入し、消える。
- 男
- うお。びっくりした、(奥のマスターに向けて)頼むよもう。(向き直って)ここ思いでの場所なんだから。なあ。
- 女
- よくこうなるよ最近。
- 男
- えそうなの。
- 女
- 接触悪いみたい。
- 男
- よくここ来んの。
- 女
- まあね。どうしても、足向いちゃって。
- 男
- へええ。…
- 女
- 何よ。
- 男
- 来ちゃうんだ。ここに。
- 食器の鳴る音が際立つ。
- 男
- 朝からよく食うなあ。
- 女
- (喰いながら)今に始まったことじゃない。
- 男
- (女と同時に)ない、わな。
- 女
- もう昼だって、お外は。
- 来客でもあったか、外の空気が入ってくる。
- 男
- 晴れ…ですか。今日も、空は。
- 女
- (突然)取り返しのつかないことしてみたくて。
- 男
- ん?
- 女
- 最近。したくて。取り返しのつかないこと。この前、3時間くらい歩いた。財布も持たずに。夜中。
- 男
- はあ。
- 女
- 案の定帰れなくなって。ゆっくり、倍の時間かけて帰った。仕事も休んで。その日のノルマ、パア。
- 男
- あのなあ。
- また有線にノイズが混入。
- 男
- まただ。…ま、いいけど…気をつけろよ。よく刺されなかったな、通り魔に。
- 女
- 知ってんの。
- 男
- 有名だよ全国的に。1ヵ月で8人だろ刺されたの。
- 女
- 昨日1人増えた。
- 男
- 尊敬するわ。ほんとに。
- 女
- へ。
- 男
- 人刺せるくらい、狂えるんだもんなあ。はっきりしてるよなあ。
- 女
- …
- 男
- もちっと気をつけろよ。言葉なんか、絶対通じないんだから。
- 女の、水を飲みくだす音。
- 男
- おおい。3杯目だよ。水。
- 女
- 渇くのよ。喉が。
- 男
- 喉が。
- 女
- うん。(飲み干す)
- 男
- (わざとらしく)いやいや、ええ飲みっぷりですなあ。もう一杯いかが(注ぐ)。あれ。
- 女
- こぼさないでよ。
- 男
- いや。太陽がまぶしくて。
- 女
- 太陽があ?
- 男
- あれ。
- 女
- 男の目から涙が流れ出たらしい。
同調するように有線が乱れる。
- 男
- やだ。泣いてんの。
- 女
- おかしいな。
- 男
- (笑)可笑しいわ。太陽がきれいだ、びえーんって。夢で食えない言うてる30男が。
- 女
- 一瞬の間。
- 男
- ・わはははは。(笑)
- 女
- そういや泣いたことないな。
- 男
- え?
- 女
- うまく泣けたためしがない。最近。
- 男
- 一瞬の間。
- 女
- ・わはははは。(笑)
- 男
- 人のこといえるか。
- 女
- (笑)だって。
- 男
- (笑)変わるものと、変わらんものがあるんだなあって。
- 女
- なに?
- 男
- さっき、思ったの。
- 女
- ぎゃははは。(笑)太陽見て。
- 男
- 昨日が最後のライブになるかもしれん。
- 女
- え。
- 男
- オレが、じゃないよ。うちのバンド。ガンちゃんで持ってるようなもんだろ、おれらのバンド。
- 女
- 岩元君?
- 男
- そう、岩元ガンちゃん。どうふんばっても、力の差は歴然としてるだろ、音楽の。だからガンちゃん、どんどん背負わなくてもいいもん背負っちゃって、オレらも、オレらがしっかりしないとガンちゃんダメになる、ってテンパっちゃって、悪循環。空気どんどん悪くなってって。
- 女
- うん。
- 男
- で。ガンちゃんとうとうクルっちゃって。
- 女
- あ。
- 男
- あのときのやつの顔。忘れられない。オレ、こんなとき絶対説得できると思ってたんだよ。あいつを。どうにもならないことってあるんだなあ、って。思った。とても正気に戻せる状態じゃなかった。
- 女
- でも昨日。
- 男
- うん。本番直前にふらっとあらわれて。「唄えるか」としか聞けなくて。「ああ」って。結局フルでこなしやがって。
- 女
- ああ。
- 男
- いい演奏だった。おれが言うのもなんだけどな。
- 女
- ううん。
- 男
- 一生ガンちゃんについて行こうと思った。おれもガンちゃんになろうと思った。一緒に狂うべきなんだ、とまで思った。でもさ。
- 女
- また出てるよ、涙。
- 男
- たとえばこの喫茶店。
- 女
- え。
- 男
- 俺もどうしようかっていうときは、ここにきちゃうんだよ。いつも。この喫茶店。変わらないこのテーブル。接触不良の有線放送。(大声で)どうしてここじゃなきゃいけないのか!全然分からん。
- まるで女に向けて言ってるかのよう。
有線の曲はいつの間にか「今夜はブギー・バック(smooth rap version)/スチャダラパーfeaturing小沢健二」に変わっている。
- 女
- …
- 男
- 見上げたら、空はまぶしくて。変わらんものが、確かにあって。そんなところばっかり、目がいって。
- 女
- …
- 男
- ああ、おれはガンちゃんにはなれんなあ、はっきり、そう思った。狂うまで、おれは思いつめられんって。続けてしまうんだよ、あいつがいなくなっても。金にならないと分かってても、おれは。だらだらと。
- 女
- …
- 男
- …いや。ここ笑うとこ笑うとこ。いやあ。そんなセンチメンタルな気分になっちまって。
- 、水を飲み干す音。
- 女
- 狂えないじゃない。
- 男
- え。
- 女
- そんなこと言われたら。
- 男
- なに。
- 女
- いっそ青臭いことでも言ってくれたほうが、ふんぎりつくのに。「今の仕事やめろ。オレが食わせてやるから」とか絶対無理なこと言ってくれたら、かえってすぐ別れられるのに。そんなこと言わないって分かってるから、なおさら。
- 有線のノイズが。
- 女
- この変わらない状態に耐えられなくなって。毎日、太陽まぶしくて。でも変わらないものはたしかにあって。
- 男
- うん。
- 女
- 「うん。」じゃない。
- 男
- うん。
- 女
- わたしも思いつめてるとしたら?
- 男
- え?
- 女
- 狂うくらいに。
- 男
- …
- 女
- あたしだから。
- 男
- なに。
- 女
- 通り魔事件、あたしのしわざだったら。
- ナイフのカチンと鳴る音、いすの擦り音。
はっきりとは分からないが、女がナイフをもって立ち上がったようだ。
- 女
- もしそうだとしたら?説得できるの?
- 男
- …
- 女
- しないの?
- 男
- …しないよ。
- 女
- え?
- 男
- お前は、そこまでいかないよ。
- 女
- そんなことない。
- 間
- 女
- なんてね。
- 男
- え。
- 、男の前の食器を奪い取り、音もはっきり聞こえるような所作で、おおげさに食べはじめる。
- 女
- できるわけ、ないじゃない。こんな、別ればなしも、はっきりできないようなヒトにさ…
- モグモグいってて聞きとりにくい。
- 男
- …こんなときになんだけど…
- 女
- …(黙々と食う)
- 男
- それ、オレのパフェ…
- 女
- …(黙々と食う)
- 男
- …まあ、パフェ頼む30男ってのも、なんだか、な…
- 女
- (食いながら)今に始まったことじゃない
- 男
- (女と同時に)ない、よなあ…
- 店内にはまだ「今夜はブギー・バック」が流れている。
- 女
- なつかしいよねこの曲。
- 女の嗚咽(おえつ)が食器の音に交じって、かすかに聞こえる。間。
- 男
- 嘘つき。うまく泣けてるじゃない。
- 上記の音少し大きくなる。
- 男
- お前は人、刺せないよ。お前も、オレもさ…いいかげんだから、さ…
- 有線の曲はラップパートの3番の以下の歌詞部(3分17秒)にさしかかる…
“とにかくパーティーを続けよう
これからもずっとずっとその先も
このメンツこのやりかた
この曲でROCKし続けるのさ…。”
- おわり。