- 登場人物
- 高岡(男)
石川(女)
- 時刻は真夜。1時半過ぎ。
高岡は駅の階段を出てすぐの階段に腰を下し、タバコに火をつけた。
と、自転車の音。
- 高岡
- おっ。
- 石川
- こんにちはー。
- 高岡
- こんにちはぁーって、夜中だよ。
- 石川
- もちろん、1時半ですわ。
- 高岡
- (笑いつつ)うん。自転車だな。
- 石川
- ええ。だって70円ですから、なんせ。
- 高岡
- (笑いつつ)うん。じゃあとりあえずどっか入るか。
- 石川
- うん、飲めるとこ。
- 高岡
- おう。
- 石川>の自転車、動き出す。
そばを歩く。
- 石川
- タクシー?
- 高岡
- もちろん。電車ないからね。
- 石川
- 何か悪かったかな。
- 高岡
- 何をおっしゃいますやら。あ、ここ左。
- 石川
- え?
- 高岡
- 確かここ入ったあたりにあったはずなんだ。
- 石川
- ああ、うん。
- 高岡
- もうちょっと先かな。
- 石川
- 何の店?
- 高岡
- 何かね、レゲエの店って看板のある。
- 石川
- へーえ、面白そう。
- 高岡
- だろ?ああ、あった。
- 石川
- あ、本当だ。
- 高岡
- そこに止めたら、自転車。
- 石川
- ああ、うん。
- 自転車を止めている。
二人、雑居ビルの中のエレベーターへ歩く。
- 高岡
- 何階だっけ…えーっと…。
- 石川
- 「レゲエの店」……5階みたい。
- 高岡
- おう。
- 5階を押す。
エレベーター閉まる。
エレベーターの中。
- 石川
- さっき、テレビ見てたの?
- 高岡
- え?
- 石川
- 電話したとき。
- 高岡
- ああ。いや、ビデオ。
- 石川
- へぇ。何のビデオ?
- 高岡
- え?ああ、うん。
- 石川
- あ、言えないやつ?
- 高岡
- 違うよ。「パリ空港の人々」
- 石川
- ああ。あれ?それって一緒に見に行ったやつじゃなかった?
- 高岡
- ああ、うん、まぁそうだけど……。
- とエレベーターが開いた。
と、エレベーターが開いてすぐそこには、すでにボブ・マーリーの音楽。
感じのよい、ローソクが店内のあちこちに。
- 石川
- おっとう。
- 高岡
- あらら。いいじゃん。
- 店員
- こちらで、靴を脱いでお上がり下さい。
- 高岡
- へいへい。
- 石川
- (笑いつつ)ちょっとちょっと。
- 二人、靴を脱いで店内へ。
二人、座る。
- 店員
- ご注文。さきに飲み物からお願いいたします。
- 高岡
- あ、はい。えーと。
- 石川
- このホワイトビールって、どんなビールですか?
- 店員
- ホワイトビールです。
- 石川
- え?えーっと……。
- 高岡
- え、もしかして白いビールなんですか?
- 店員
- さようでございます。
- 高岡
- へーえ。
- 石川
- じゃあ、私、それ。
- 高岡
- じゃあ、俺も。
- 店員
- かしこまりました。先にお飲物だけお持ちします。
- 高岡
- へい。
- 石川
- ちょっと、また。
- 高岡
- いやいや。
- 、去る。
- 石川
- いい感じですね。
- 高岡
- うん、暗くてな。
- 石川
- どういう意味ですか。
- 高岡
- え、だってそうじゃん。ローソクだし、なかなかいい感じだよ。
- 石川
- ああ、うん。
- ちょっとの間
- 高岡
- 一ヶ月ぶりくらいだな。
- 石川
- ああ、うん。
- 高岡
- クリスマス……以来でございますから。
- 石川
- (おかしなしゃべり方に笑いつつ)うん、何ですか、それ。
- 高岡
- まぁ、今日はおごりな。
- 石川
- あ、いや、いいですよ。
- 高岡
- 何で、70円なんでしょうが、所持金。
- 石川
- いや、銀行に行くの忘れてたんです。
- 高岡
- いいから、いいから。
- 石川
- あ、そっか。確か先月、クリスマスのとき、今日は給料日って言ってて、あれが24日だったから、そっか。そっか。まだ給料出て4,5日だからか。
- 高岡
- いや、いいからそんなことは。
- 石川
- いや、でも確かそう言ってたから。
- 高岡
- 全く変なこと覚えてるな。
- 石川
- あら、失礼な。何だって覚えてますよ。
- 高岡
- いやいや。
- 店員
- ホワイトビールでございます。
- と、それはビンの上にレモンののった、透明のビール。
- 高岡
- おう。
- 石川
- あ、すいません。
- 店員
- ご注文、お決まりですか?
- 高岡
- あ、いや、まだ。
- 店員
- では、お決まりになりましたら、このベルでお知らせ下さい。
- 高岡
- え、ベル?
- 店員
- こちらでございます。
- と、それは卓上に置かれた鐘のようなベル。ベルの音。
- 石川
- あら、かわいい。
- 店員
- はい。お決まりになりましたら、こちらを(リンリン鳴らして)鳴らして下さい。
- 高岡
- 分かりました。
- 、去っていく。
- 石川
- 可愛いいね、この鐘。
- 鳴らそうとする。
- 高岡
- おい、待て、。決まってから鳴らせ。じゃないとお店の人、来ちゃうだろ。
- 石川
- あ、そっか。
- 高岡
- うん。
- 石川
- (メニューに手を伸ばし)えーっと、何にするかな。そんなにお腹すいてないからな……私……。高岡さん、すいてる?
- 高岡
- え?
- 石川
- だから、お腹。
- 高岡
- ああ、いや、俺もあんまり。
- 石川
- じゃあ、あまりお腹にたまらなくて、つまみになるような……えーっと……。
- 高岡
- いや、さっき電話で話してたことだけどさ。
- 石川
- (生返事)ええ。
- 高岡
- 頂いたCD。
- 石川
- ああ。ね、よかったでしょ?真島昌利。マーシー。
- 高岡
- ああ、うん。いや、それはそうなんだけど。
- 石川
- あれ、よくなかった?
- 高岡
- いやそうじゃなくて、いや、もらったから何か返さないとなぁと思っててさ。
- 石川
- ああ、いいのに。ねぇ大根サラダとかどうですか?
- 高岡
- ああ、いいんじゃないか。
- 石川
- じゃあ大根サラダとそれと…。
- 高岡
- おい、聞けよ。
- 石川
- え?
- 高岡
- いや、だからね、もらったから何か返さないとと思ってさ。
- 石川
- ええ。
- 高岡
- でも何返そうかと思ってたらどんどん日が経っちゃって。
- 石川
- (メニューを見つつ生返事)ああ。あ、芸がないけど、枝豆ってどうだろう?
- 高岡
- 枝豆?
- 石川
- うん。つまみ。
- 高岡
- いいよ。
- 石川
- じゃあ、決まり。
- 再び、、鐘を鳴らそうと、
- 高岡
- ちょっと待った。先に聞けよ。
- 石川
- え?
- 高岡
- だからさ、もらったCDのお返しにな。
- 石川
- ええ。
- 高岡
- 何をあげようかと……何がいい?
- 石川
- 別に…いいですよ。
- 高岡
- いいって、いらないってこと?
- 石川
- うん。なんとなくあげたかったから送っただけだから。いいですよ、そんなお返しなんて。
- 高岡
- いや、そうだけどさ。これでも悩んでさぁ。
- 石川
- どうして?
- 高岡
- だってCDのお返しにCDってのも何だろう?
- 石川
- 何だろうって?
- 高岡
- いや粋じゃないだろ。
- 石川
- 別に粋じゃなくてもいいですよ。
- 高岡
- いや、そうなんだけどさ。それに持ってるものあげてもあれだから。
- 石川
- ああ。…でも、まぁ、なんでもいいですよ。
- 高岡
- あ、そう。
- 石川
- うん。多分高岡さんからもらったものなら何だって嬉しいから。
- 高岡
- いやいや……。
- 石川
- ねぇ、先に乾杯しません?一応。
- 高岡
- ああ。うん、じゃあ。
- 石川
- とりあえず。
- 二人乾杯。
透明なビールの入ったビンが触れあう音。
飲む二人。
と、高岡ふいに
- 高岡
- あ。
- 石川
- え?
- 高岡
- あ、「NOWOMAN’NOCRY」(歌う)
- 石川
- え?
- 高岡
- ボブ・マーリー。知らない?
- 石川
- あんまり。でも聞いたことあるなぁ。
- 高岡
- 「LIVE」ってアルバム。この曲、B面の一曲目。
- 石川
- B面?あ、レコード。
- 高岡
- うん。「NOWOMAN’NOCRY」(歌う)高校の頃だよ。
- 石川
- へーえ。
- 高岡
- 聞いたなぁ。聞き込んだよ。
- 石川
- ふうん。……いいですね。
- 高岡
- だろ?
- 二人、しばし聞いている間
- 高岡
- あ、マーリーはどうだ。
- 石川
- え?
- 高岡
- 君からいただいた真島昌利。マーシーのかわりにボブ・マーリーのアルバムはなんぞはどう?
- 石川
- あ、いいですね。
- 高岡
- あ、そう?ああ、よかった。
- 石川
- え、何ですか?
- 高岡
- いや、何をあげようかなり悩んだんだよ。
- 石川
- あらま、意外に律儀なんですね。
- 高岡
- 意外にって、何だ。意外にって。
- 石川
- いや、別に。あ、そうそう、注文注文。
- と、、鐘を振った。
- 高岡
- (鐘の音で消されつつ)いや誰にでも律儀ってわけではないんだが…。
- 石川
- え?
- 高岡
- いや、別に。
- 遠くでマーリーの曲が聞こえていた。
- おしまい