- *N…ナレーション(ひとりごと)です。
- 風の中。絶え間なく、ブランコの音。
- 兎(N)
- 1月1日。快晴。公園はしんと静かだった。
町にはもう、人がいない。
次の町へ向かわなくては。
無性に話したくなる。謝りたいのか…?言い訳をしたいのか?
誰かに聞いて欲しいのに。
聞いて欲しい時にはいつも、その誰かがいない。
自業自得。
食べたのは自分なのだ。この町の人をみんな。
ふと。後ろで誰かの気配がした。
もう、誰もいないはずなのに。
振り返ると…大きなタツが、丸い目でこっちを見ていた。
- タツ
- あけましておめでとうございます。
- 兎(N)
- タツは軽く会釈をし、新年の挨拶をした。
隣のブランコへ腰掛けると、不器用にこぎ始めた。
ブランコが揺れるたびに、大きなしっぽがじゃりじゃりと地面をえぐった。
ブランコに乗るのに適した形をしていないのだ。
- じゃり、じゃり
- タツ
- 兎さん…ですよね。
- 兎
- わかります?
- タツ
- ええ。わかりやすい形ですから。
- 兎(N)
- 馬鹿にされたような気持ちがした。
それでも誰もいないよりずっとましだ。
新年早々、タツと、話してみようと思った。
自分のことを…
絵に描いたような元旦の光景だ。
- 兎
- わかりやすいのは形だけです。見てわからないこともありますよ。
- タツ
- ???
- 兎
- ひとを食べる兎の話…聞いたことありますか?
- タツ
- ひとを食べるんですか。
- 兎
- はい。
- タツ
- あなたが?
- 兎
- ええ。
- タツ
- 兎なのに?
- 兎
- 兎なのに。
- タツ
- ふうん。
- 兎
- 食べないと死んでしまうんです。この町の人もみんな、食べてしまったんです。
- タツ
- この、町の人…。…(ぼおっ炎を吐く)
- 兎
- ………炎を吐きましたね。
- タツ
- …ごめんなさい。
- 兎
- いえ…。
- タツ
- きいてますよ、ちゃんと。
- 兎
- …。
- 兎
- 人を食べる兎との付き合い方を誰も知りません。僕にもわからないんです。
勉強しました。法律や、文学や、哲学や科学…。法律は人を食べる兎を裁いたりしないんです。だから、僕には罪がないのかもしれないと思いました。
でも法律は人を食べる兎の権利のことも、説明したりしませんでした。
文学や、哲学や、科学が教えてくれるのは、人間と世の中のことでした。
正しいことや間違ったことについてでした。人を食べる兎のことではありませんでした。
- タツ
- 文学…(ぼおっ炎を吐く)
- 兎
- はい。
- タツ
- 哲学…(ぼおっ炎を吐く)
- 兎
- はい。
- 兎(N)
- なんだかひどく疲れてきた。
タツは炎を吐くばかりで、顔色一つ変えずにブランコをこいでいた。
後悔した。やっぱりタツなんかに話すべきではなかったのだ。
しかも彼女は追いうちをかけるのだった。
- タツ
- 何をやっても、どうしようもないんですね。
- 兎
- …。
- タツ
- 兎なのにね。
- 兎
- …。
- タツ
- あなたが「間違った兎」だからですね。
- 兎(N)
- タツはきっぱりと言い放ち。そして七色の炎を吐いた。
救いようのない気持ちになった。
こんなことまで言われたことはなかった。
それはきっと言われる前に…。
もしかしたら…、ふと思いついて尋ねてみた。
- 兎
- あなたも人間を食べるんですか?
- タツ
- いいえ。
- 兎
- …タツって、は虫類ですか?
- タツ
- …(無視)
- 兎
- 卵を産みますか?
- タツ
- (無視)
- 兎
- …空を飛びますか?
- タツ
- (無視)
- 兎
- 休みの日は何をしてるんですか?
- タツ
- (ぼーーーーーっ大きな炎を吐く)
- 兎
- …ごめんなさい。質問されるのは嫌いですか?
- タツ
- 答えられないんです。何を聞かれても。
- 兎
- ??
- タツ
- 存在しない生き物だから。
- 兎
- え?
- タツ
- 正しいタツも間違ったタツもいない。タツなんていないんです、どこにも。
- 兎
- だって…。
- タツ
- あなたは今、私と話をしているけれど、ほんとはそんな気がするだけ。
- 兎
- …。
- タツ
- だからわたしは人間を食べたりしないし、兎も食べたりしないし、あなたも私を食べることができない。
- 兎
- …。
- 風が吹く。
- タツ
- (ぶるるっとふるえる)
- 兎
- 寒いですか?…。
- 兎
- …寒いですか?
- タツ
- 平気です。寒い時は炎を出しますから。
- 兎(N)
- タツは地面に降り、大きな炎を吐いた。
炎はブランコをひとつ燃やした。
……ぶらんこはひとつだけになった。
- 間
ふとブランコの音が止まる。兎がとび降りたのだ。
- タツ
- 何処行くんですか?
- 兎
- おなかがすきました。ここにはもう。食べるものがありません。
- タツ
- 乗らないんですか?
- 兎
- はい。
- タツ
- (ブランコを揺らしてみる)
- 兎(N)
- 背後でじりじりと音がした。振り返ると、タツが残ったブランコをこいでいた。
- タツ
- さよなら。(ほおっ)
- 兎
- …さようなら。
- 兎(N)
- タツに背を向けて、てくてくと歩いた。
次の町は遠かったけれどやがてたどり着いた。
空腹になるとひとりづつ、人間を食べ続けた。
誰かに話したいとき、いつもそこには誰もいなかった。
空っぽの町をあとにするたび。タツのことを思い出した。
そういえば。あの日、初めて誰かに「さようなら」を言ったのだった。
また、どこかで会えるだろうか。
どこにもいないはずのタツは、
今もあの公園にいて、
大きなしっぽをひきづって、
窮屈そうにブランコにのっているような気がしてならない。
(終わり)………………………………………………………