- エレベータが動く音。「ウィーン」とか「ゴゴゴゴ…」とか。
その後、ガチャンと扉が開く。かなり古いエレベータのようだ。
誰かがエレベータに乗る。ハイヒールの音が「カツカツ」と。
- 男
- 何階ですか?
- 女
- あ、7階お願いします。
- 男
- はい、7階ですね。(ボタンを押す)
- 女
- どうもありがとう。
- エレベータはゆっくりと上昇してゆく。ウィーンとかゴゴゴゴ…と音をたてながら。
- 男
- かなり古いですよね。
- 女
- え?
- 男
- かなり古いですよ、このエレベーター。
- 女
- そうですね。
- 男
- まだ2階を通過したところでしょ。まだまだ着きませんよ、これじゃあ。
あ、やっと3階だ。3階を通過しました。もうすぐ7階までの中間点です。
このへんかな?このへんが中間点でしょう。がんばるんだエレベータ君。
- 女
- ふふふ…。(笑う)
- 男
- …よかった。笑ってくれて。
- 女
- …よかったって?
- 男
- 僕ね、エレベーターの中で二人っきりになるの苦手なんですよ。
二人で息を殺して階数表示のランプを見つめるだけとか…
何か、緊張しちゃうじゃないですか。
- 女
- 特に男と女だとね。
- 男
- そうでしょ。目のやり場に困るし、仕方なく動いてくランプを見つめることになるじゃないですか。
- 女
- 扉が開いてどちらかが出て行くと思わずため息がもれたり。
- 男
- あ。あなたもそうなんだ。
- 女
- これくらいのエレベーターならまだいい方だわ。もっと大きいと最悪。
- 男
- 二人で正方形の角んところにへばりついて無視し合うんでしょ。
あれはいやだなぁ。だから何かしゃべることにしてるんですよ。
- 女
- 「がんばるんだエレベーター君」とか?
- 男
- まあ、たわいのない事をしゃべるだけなんだけど……
たいがい無視されますね。
- 女
- そうでしょうねぇ。
- 男
- …あなたは、ちゃんと笑ってくれたから…ちょっとうれしかったな。
- 女
- ……あれ…4階のランプは?
- 男
- そうですよね。4階のランプ、こわれちゃってるのかな。
- 女
- 動いてるわよねぇ。
- 男
- ええ、動いてます。
- 女
- …普通なら私も無視したかも知れないわよ。
- 男
- あ。やっぱり?
- 女
- 今日ちょっと楽しいことが起こりそうだから笑ったのかもね。
- 男
- あ。7階で誰かが待ってるとか?
- 女
- ふふふ、…まあ、そんなとこ。
- 男
- いいなあ。うらやましいなあ。
- 女
- ……あなたは?
- 男
- 僕ですか?僕を待ってる人なんていませんよ。
- 女
- いや、そうじゃなくてね。何階に行くの?
- 男
- え?
- 女
- ボタン押し忘れてるんじゃない?
- 男
- ああ、いいんですよ。まず楽しいことが起こりそうなあなたを優先します。
- 女
- あ、そう…。変じゃない?
- 男
- 何がですか?
- 女
- 5階のランプもこわれてるのかな?
- 男
- きっとそうですよ。だって動いてるじゃないですか。
- 女
- でも、もう着いてもいいころだと思うけど。
- 男
- …えーと、そうですよね。いくら古いエレベーターでも、ちょっと遅すぎるかな?
- 女
- ほかの階のボタン押してみましょうよ。
- 男
- はいはい。(いろんなボタンを押す)
- 女
- どう?
- 男
- これで各駅停車にはなるはずなんだけど…あれ?動いてんのかな?
- 耳をすませると、動いている音はする。
- 女
- 動いてるわ。
- 男
- 変だなあ。7階が最上階なんですよ、このビル。どこまで上ってるのかなぁ。
- 女
- 非常電話はどこ?
- 男
- ええと、ないですね。
- 女
- 非常電話、ないの?そんなエレベーター見たことないわよ。
- 男
- だってほら、ないですよ。
- 女
- ……私、ケイタイ持ってるから電話してみる。
- 男
- 電波とどきますか?
- 女
- ええ?こわいこと言わないでよ。…あー、よかった。ちゃんとエリアに入ってる。
- 「ピッ」と発信ボタン。
- 男
- 7階で待ってる人?
- 女
- そう。…あ。クリス?あたし。エレベーターが変なことになっちゃって困ってるの。…そうじゃなくて、1階から乗ったんだけどどの階にも止まらないのよ。店の人に言って何とかしてくんないかな?…わかった。もう少し待つわ。あ、切らないでいいから、そのままにしといて。
- 男
- ああ、よかった。これで助かりますね。
- 女
- 本当、どうなってんのかな、このエレベーター。あなたがさっき乗ってたときは何でもなかったんでしょ。
- 男
- はい。ふつうに動いてましたよ。地階から1階までは。
- 女
- まだ動いてる?
- 男
- 動いてますね。どんどん上がってます。
- 女
- おいおいって感じね。
- 男
- …なんか。あれですよね。
- 女
- なに?
- 男
- エレベーターのトラブルは困るけど、お話できましたよね。
- 女
- そりゃそうだけど、やっぱりトラブルは困るわ。
- 男
- そうですか?僕は何の会話もないエレベーターよりちょっとしたトラブルなら、そっちの方をえらぶなぁ。
- 女
- そおぅ?…あ。クリス?どうなった?え?動いてる?だから、動いてるんだって、動いてるんだけど止まんないのよ。
- 「ガッチャン」とエレベーターが止まる。
- 男
- あ。
- 女
- ちょっと待って。止まったわ。
- 「ガチャンガチャン」と扉が開く。
- 女
- 扉も開いた。
- 男
- じゃ、僕はここで降ります。けっこう楽しかったなぁ。またいつかあなたと会ってみたいです。どこかのエレベーターの中で。
- 男、歩き去る。
- 女
- あ。さよなら。…え?ああ、地下から乗ってきた男の人。ここ…どこなのかなぁ…。え?地下はない?なに言ってんのよ。地下から乗ってきてたんだって。…どこのビルって…え?私、まちがえちゃってたのかなぁ。…ここ?なんかね。薄暗い廊下がずっと続いてるんだけど…。あ。扉が…。
- 「ガチャガチャ」と扉がしまる。エレベーターが降りてゆく。
- おわり