- スタジオの中である。
- 男
- 今日の作品は第2劇場の…。
- 女
- あ。まだまだ。まだキュー出てないよ。
- 男
- あ、れー。またやっちゃったよー。
- 女
- 最近フライング多いんじゃない?
- 男
- オレのせいじゃないよ。効果音のスタンバイがおそい…
いけね。スイッチはいってるじゃないか。
……聞こえたかな?
- 女
- そりゃ聞こえたでしょ。
- 男
- あー、つかれた。
- 女
- はい。もう少し待つんですね。(ガラスのむこうに)
- 男
- いつまで待たせりゃ気がすむのかねえ。
- 女
- なに言ってるの。スタッフのみんなは、ちゃんとやろうとしてるんじゃないか。
- 男
- ふうん。どれどれ今日のシナリオはと…。
- 紙をめくる音
- 女
- あれよ。
- 男
- またあれか?!
- 女
- あたし、嫌いなのよね。あの話。ラジオ聞いてる人もそういう人居ると思うんだけど、なんかこう体じゅうのヒフがゾワゾワ反応しちゃう感じ。
- 男
- ああ、わかるわかる。オレもあんまり好きじゃないんだよ。
- 女
- 好きな人なんて居るのかな?
- 男
- あの茶色くて、カサカサ動くやつを好きなやつ?
いるわけないだろう。
- 女
- いるわけないわよね。
- 男
- こいつ、いったい何本続けるつもりなんだろう。
- 女
- さあ。ひょっとして好きなんじゃない?
- 男
- ゴ
- 女
- やめて!
- 男
- わかったわかった。
- 女
- 名前を聞くだけで、鳥ハダが立っちゃいそう。
- 男
- ……あれ?
- 女
- どうしたの?
- 男
- いや…、今、そこにね…。気のせいかな?
- 女
- ……あ。はい。テイクワンですね。準備OKです。
- 男
- さ。さっさとやって帰りましょう。
- 音楽。その後、ドアをノックする音。
- 男
- オレだよ。
- 女
- …どうしたの?こんな時間に。
- 男
- うん。ちょっとナミエに話したいことがあってね。
- 女
- 明日じゃダメ?
- 男
- それが…明日じゃダメなんだ。
- 女
- ちょっと間って、今ドア開けるから。
- 男
- いや、開けないでくれ!……ドアは、開けなくていいから、話だけ聞いてほしいんだ。
- 女
- う、うん。
- 男
- 実はオレ…人間じゃないんだよ。
- 女
- …え?
- 男
- 今朝、起き上がってみたら、人間じゃなくなってたんだ。
- 女
- ど、どういうこと?
- 男
- どういうことって、そういうことさ。
- 女
- 変な冗談はやめてよ。
- 男
- 冗談なんかじゃないんだよ。カブトムシ知ってるだろ?
- 女
- ええ。
- 男
- カブトムシにちょっと似てるんだ。コゲ茶色で、テカテカしてて…。
- 女
- あなた…カブトムシになっちゃったの?
- 男
- いや、カブトムシじゃないんだよ。似てるんだけどそうじゃないんだ。
もっとこう……だめだ。それを説明しようと思うと自己嫌悪で頭がクラクラしてきちゃったよ。
- 女
- ドア、開けていい?
- 男
- だめだ!
- 女
- だって、わかんないじゃないの。
- 男
- …ナミエ。殺虫剤持ってるだろ?
- 女
- ええ。
- 男
- それをオレにかけてくれないか。
- 女
- あなたに殺虫剤を?
- 男
- あ、ドアのすき間からシューッと…、
- 女
- どうなるの?
- 男
- きっと、虫は死ぬと思うんだ。
- 女
- 虫って、あなたが死んじゃうってこと?
- 男
- ナミエ、わかってくれ。今日一日考えて出した結論なんだ。
女 そんな…あたしにはできないわ。できるわけないじゃないの。
あなたとの思い出、いっぱいあるのよ。もうあなたは、私の心の半分以上を占領してるのよ。それなのに…。
- 男
- もう、昔のオレじゃないんだよ。さ。ナミエ。
- 女
- だめよ。(何か見つけた)あ!で、出た!出たー!殺虫剤、殺虫剤はどこー。
- 男
- え?
- 女
- 出たのよ。本当に出たの。そこの壁ぎわよ。あー!そっちに行ってる。そっちよ、そっちー!
- 男
- な、なに言ってんだ?
- 女
- 殺して!殺してったら。
- ブザーの音
- 広畑
- NGです。どうしたの。
- 女
- 出たんですよ。本物が出ちゃったんです。
- 男
- だからって本番中にそんなに大さわぎしなくてもいいだろう。
- 女
- 何言ってるの。あんなやつにチョロチョロされて、冷静にやれるわけないでしょう。
- 広畑
- 殺虫剤なら、あるよ。そっちに持っていこうか?
- 女
- お願いします。
- 男
- やれやれ。えーと、この机の下に入っちゃったのかな?
- 女
- これで、なぐりつけるの、どうかな。
- 男
- これって、台本じゃないか。いいのかな。
- 女
- いいのよ。こんな台本でやってるから、本物が出ちゃったりするのよ、きっと。
- ドアが開く音
- 女
- あ、ありがとうございます。「強力ゴキコロリ」か、ウフフフ。効きそうだわね。
- 男
- あ。居た居た。
- 女
- どこどこ。
- 男
- 机か床を丸めた台本でなぐりつける音。
- 男
- えい!えい!あー、逃げられた。
- 女
- なにやってんの。ヘタクソねぇ。
- 男
- すばしこいやつだなぁ。
- 女
- どこ行ったのよ。
- 男
- この机の裏側を……あれ。居ない。
- 女
- そこー!!マイクよ、マイクにへばりついてるのよ!
- 男
- ようし。じっとしてろよ。
- 女
- 今度こそやっちゃうのよ。たたき殺すのよ。
- 男
- わかってるって…えい!
- マイクを台本でなぐる。
- 二人
- わー!!
- 男
- 飛んだ、とんだぞー。
- 女
- 来た。来た。来ないで、こっちに来ないでったらー。
- 間
- 男
- あれ?どこ行ったんだろう。
- 女
- 動かないで。
- 男
- え?
- 女
- 居るのよ。そこに
- 女
- あんたの背中。えりの少し下のところに居るの。
- 男
- うえー。
- 女
- 動かないで!強力ゴキコロリの出番よ。
- 男
- 殺虫剤をオレの背中に?
- 女
- だって仕方ないじゃないの。これが最後のチャンス
- 男
- Tシャツにシミがつかないかん?
- 女
- 細かいこと言う男ね。どうでもいいじゃないのそんなこと。今、大事なのは、そいつをやっちゃうことなのよ。動かないでじっとしてるのよー。
- 男
- うん。
- 女
- 今のは、あんたに言ったんじゃないのよ。よしよし、至近距離から、必殺の一撃をぶちかますわよ。用意はいい?
- 男
- え?用意って?
- 女
- えいー!
- シューッと音。長くつづく。
ドサッと人間が倒れる音。
- 女
- やったわ。とうとうやったわ。
- 広畑
- そろそろ、テイクツー、行ってみようか。
- 女
- はい。でも、もう終わっちゃったみたいなんですよ。
- 広畑
- え?終ったって?
- 女
- なんか、殺虫剤ふりかけたら、ついでにもうひとり動かなくなっちゃったんです。
- (おわり)