- ―ある部屋。よこたわる男女。
- 男
- 「今、何時?」
- 女
- 「知らん。」
- 男
- 「下で、3回打った思うねん。時計。」
- 女
- 「ほな、3時や」
- 男
- 「聞き違いやないやろか」
- 女
- 「知らん」
- 男
- 「3時のはずないやろ」
- 女
- 「何で」
- 男
- 「薬、呑んだん、12時やで……。2時間以上もつはずない。」
- 女
- 「そうか」
- 男
- 「そうかやないやろ」
- 女
- 「しゃあないやろ、もってんねんから」
- 男
- 「これはもってんねんか?」
- 女
- 「えッ?」
- 男
- 「もってるんやのうて、死んでんのんとちがうか? わしら」
- 女
- 「ああ」
- 男
- 「ああやない。死んでんねん」
- 女
- 「死んでるヤツが、時計の音、聞くか?」
- 男
- 「そやし、あれは幻聴や」
- 女
- 「幻聴かて、生きてるもんが、聞くんやアホ。」
- 男
- 「そっか」
- 女
- 「……」
- 男
- 「ほな、何やねん、わしら…死んでもうたんか?」
- 女
- 「死んでんのに、会話するか、アホ」
- 男
- 「何やねん、ほんなら。わしら」
- 女
- 「生きてんのや、まだ」
- 男
- 「2時間過ぎてもか?」
- 女
- 「そうや」
- 男
- 「そんなことあるわけないやろ」
- 女
- 「現に生きてるやんか、うっとォしいな、あんた」
- 男
- 「こんなん、生きてる言わへんわ。」
- 女
- 「何で」
- 男
- 「何にも動かへんやんか。手も足も、出ェへん。」
- 女
- 「薬のんだからやないか。」
- 男
- 「そんなんわかってるわ」
- 女
- 「も、ちょっとだまりィな。うるさいわ」
- 男
- 「……」
- 女
- 「昼の3時やったりして」
- 男
- 「そんなアホな」
- 女
- 「わからへんで」
- 男
- 「何言うてんの。そこまでもつはずない。わしら生きてられへん。あのクスリ、甘ないで」
- 女
- 「ちゃうちゃう。……昨日の昼の3時や」
- 男
- 「はァ?」
- 女
- 「トリップして過去に逆もどりや…」
- 男
- 「笑うてまうわ」
- 女
- 「笑うたらええやん」
- 男
- 「ハハハ…」
- 女
- 「…」
- 男
- 「…昨日の今ごろ、何してたやろ。」
- 女
- 「知らん、忘れてもうた…。」
- 男
- 「ヨシオのアホを、七条の橋からつきとばして」
- 女
- 「あいつ、どないしたやろ」
- 男
- 「流されて、今ごろは海の上や。」
- 女
- 「プカプカういとんのやろか
- 男
- 「サメのエサや」
- 女
- 「かあいそやな」
- 男
- 「何やそれ、今さらそんなこと言うなや。お前のため思うてやったんやないか」
- 女
- 「…ヨシオの方が、あんたよりうまかったわ」
- 男
- 「何やて」
- 女
- 「ヨシオと、こうなればよかったんやわ」
- 男
- 「…ウソやろ」
- 女
- 「ウソやない」
- 男
- 「ほんなら…何やねん、オレは…オレは何のために…お前と、こんなことまでして」
- 女
- 「…知らん」
- 男
- 「どうゆうことやねん」
- 女
- 「知らんて、わたしは…」
- 男
- 「…」
- 女
- 「何を、今さら、どうゆうたかて、とりかえしのつかんことばかりやで。そうゆうもんや、人生は」
- 男
- 「…オレは死にとない…こんなことってあるかッ。死にとないんや。」
- 女
- 「そやし、まだ、生きてるやないか」
- 男
- 「生きてるんか?」
- 女
- 「生きてるやない。ほら…。」
- 男
- 「ほらって、何や」
- 女
- 「立って、歩いて、タバコ吸うて…。ああ、もうホンマつかれたわ。」
- 男
- 「え?…」
- 女
- 「ちょっと、わたし買物行ってくるわ。」
- 男
- 「ちょっと、待ちいな」
- 女
- 「ほな、行って来ますわ」
- 男
- 「え?…そんな…おい!…オレは、どないすんのや…。このまま、何しとったらええねん…。おい!…おい!」
- ―間。
- 男
- 「今、何時や…。…なあ…誰もおらへんのか?…なあ…。 …ここは一体、どこやねん…」
- 了