- ―男のアパート。寝室。電話のベルが鳴っている。男は眠そうに、それを取る。
- 男
- 「…はい。もしもし。」
- 女
- 「もしもし、あたし」(と、受話器からの声)
- 男
- 「ああ、何や、お前か」
- 女
- 「何してたん?」
- 男
- 「ねてたよ、あたりまえやないか。」
- 女
- 「ゴメンゴメン」
- 男
- 「何時や思てんねん」
- 女
- 「いや、どないすんのか思うて」
- 男
- 「何が」
- 女
- 「何がって、知らんの?」
- 男
- 「何をやねん」
- 女
- 「戦争、始まったんやで」
- 男
- 「何言うてんねん、お前」
- 女
- 「自衛隊やら、戦闘機やら出動して、大変なんよ」
- 男
- 「あのな、頼むし、そんなことでオレを起こさんといてくれ。明日、朝、早よから、出張やねん。伊丹まで、行かなあかん。」
- 女
- 「ミサイル、とんで来たんやで、そやから、東京めちゃくちゃみたいやけど…もう、アカンやろな、この国も…。そんな会社なんか行ってる場合やないねんよ、ホンマに…」
- 男
- 「ふーん」(とあくび)
- 女
- 「ね、ちょっと聞いてんの?」
- 男
- 「聞いてるよ」
- 女
- 「ちょっと、テレビつけてみ」
- 男
- 「スイッチ、とどかへん」
- 女
- 「枕元にリモコンあるやろ」
- 男
- 「あらへん」
- 女
- 「ちゃんと探しいな」
- 男
- 「暗あて見えへん」
- 女
- 「電気つけたらええやろ」
- 男
- 「スイッチとどかへん」
- 女
- 「もう、何言うてんの、こんなときに」
- 男
- 「それはお前、こっちのセリフやろ。さっきからアホなこと言うてんのはそっちやで」
- 女
- 「ええから早よ。ダマされた思う?つけてみたらええやん。」
- 男
- 「ああ、もう!ハイ、ホラ」
- ―ザーッというノイズの音。
- 女
- 「…ね、御堂筋、戦車、走ってるやろ」
- 男
- 「何も、うつってへんで」
- 女
- 「あ、ほら、オブチさん」
- 男
- 「うつってへんて」
- 女
- 「記者会見や。…何や、決死の覚悟で、とか言うてるよ。…ああーあ、みんなでバンザイしてはる。どないすんのやろ、ね、あんた、どないすんの。」
- 男
- 「知らんて」
- 女
- 「志願すんの?」
- 男
- 「ええ?」
- 女
- 「今、志願せえへんかっても、あとで徴兵されんやで…さっき、そんなこと言うてはったわ」
- 男
- 「もう、切るで」
- 女
- 「ちょっと待ってよ」
- 男
- 「たのむし、ねかしてくれ。明日は、絶対チコクでけへんのや。」
- 女
- 「待ってって」
- 男
- 「明日、昼にでもこっちから電話するし」
- 女
- 「…」
- 男
- 「な、それでええやろ…」
- 女
- 「…」
- 男
- 「もしもし…もしもし」
- 女
- 「…明日は、もうあらへん」
- 男
- 「え?」
- 女
- 「もう、今しかないのんかもしれへん」
- 男
- 「何でやねん」
- 女
- 「明日なんて、あてにならへん。…明日の心配なんて。もう、することないやん。」
- 男
- 「…」
- 女
- 「戦争、始まってもうたんやから。とうとう始まってもうたんやから…」
- 男
- 「…ああ、今日のことやったらあやまるで。…お前、おこってんのやろ、な、そやろ。」
- 女
- 「何を?」
- 男
- 「そやから、今日、一緒にごはん食べよ言うてたから」
- 女
- 「ああ」
- 男
- 「仕方なかったんや。急に残業入ったんやから。留守電に入れとったやろ、行かれへんようになったって」
- 女
- 「そんなこと気にしてへんよ」
- 男
- 「ほんまに?」
- 女
- 「気にしてへん」
- 男
- 「あ、そう、ほんなら、ええねんけど」
- 女
- 「…」
- 男
- 「…じゃ、明日、また電話するし」
- 女
- 「あ、ホラ、また光った。…ミサイルや。今度はどこやろ…どこに落ちたんやろ…。…きっともう、あの街には、誰も住んでへんて思うねん…。ここからは、それがようわかる。なあ、聞こえるやろ…聞こえへん?…。」
- 男
- 「何が…」
- 女
- 「…波の音。…ここは静かやで…波の音しか聞こえへん。」
- 男
- 「…お前、今どこにおんねん」
- 女
- 「どこやと思う?」
- 男
- 「え?…わからへん」
- 女
- 「…わたしな、…さいごに、あんたに、言うとかなあかんことが」
- ―と、プツンと切れる
- 男
- 「…もしもし、もしもし、おい、どうしたんや。もしもし、…もしもし!…(と、受話器を置いて)…何やねん、これ。」
- ―ザーッというTVのノイズの音。
だんだんと、波の音へ
- 男
- 「あ…」(とTVを見ている「あ…」(とTVを見ている
- 女
- (TVの中から)「もしもし、もしもし…聞こえる?私の声、聞こえてる?もしもし…もしもしもしもし…」(と、その声もノイズに再びなる)
- ―男、TVのスイッチを消す