―男のアパート。寝室。電話のベルが鳴っている。男は眠そうに、それを取る。
「…はい。もしもし。」
「もしもし、あたし」(と、受話器からの声)
「ああ、何や、お前か」
「何してたん?」
「ねてたよ、あたりまえやないか。」
「ゴメンゴメン」
「何時や思てんねん」
「いや、どないすんのか思うて」
「何が」
「何がって、知らんの?」
「何をやねん」
「戦争、始まったんやで」
「何言うてんねん、お前」
「自衛隊やら、戦闘機やら出動して、大変なんよ」
「あのな、頼むし、そんなことでオレを起こさんといてくれ。明日、朝、早よから、出張やねん。伊丹まで、行かなあかん。」
「ミサイル、とんで来たんやで、そやから、東京めちゃくちゃみたいやけど…もう、アカンやろな、この国も…。そんな会社なんか行ってる場合やないねんよ、ホンマに…」
「ふーん」(とあくび)
「ね、ちょっと聞いてんの?」
「聞いてるよ」
「ちょっと、テレビつけてみ」
「スイッチ、とどかへん」
「枕元にリモコンあるやろ」
「あらへん」
「ちゃんと探しいな」
「暗あて見えへん」
「電気つけたらええやろ」
「スイッチとどかへん」
「もう、何言うてんの、こんなときに」
「それはお前、こっちのセリフやろ。さっきからアホなこと言うてんのはそっちやで」
「ええから早よ。ダマされた思う?つけてみたらええやん。」
「ああ、もう!ハイ、ホラ」
―ザーッというノイズの音。
「…ね、御堂筋、戦車、走ってるやろ」
「何も、うつってへんで」
「あ、ほら、オブチさん」
「うつってへんて」
「記者会見や。…何や、決死の覚悟で、とか言うてるよ。…ああーあ、みんなでバンザイしてはる。どないすんのやろ、ね、あんた、どないすんの。」
「知らんて」
「志願すんの?」
「ええ?」
「今、志願せえへんかっても、あとで徴兵されんやで…さっき、そんなこと言うてはったわ」
「もう、切るで」
「ちょっと待ってよ」
「たのむし、ねかしてくれ。明日は、絶対チコクでけへんのや。」
「待ってって」
「明日、昼にでもこっちから電話するし」
「…」
「な、それでええやろ…」
「…」
「もしもし…もしもし」
「…明日は、もうあらへん」
「え?」
「もう、今しかないのんかもしれへん」
「何でやねん」
「明日なんて、あてにならへん。…明日の心配なんて。もう、することないやん。」
「…」
「戦争、始まってもうたんやから。とうとう始まってもうたんやから…」
「…ああ、今日のことやったらあやまるで。…お前、おこってんのやろ、な、そやろ。」
「何を?」
「そやから、今日、一緒にごはん食べよ言うてたから」
「ああ」
「仕方なかったんや。急に残業入ったんやから。留守電に入れとったやろ、行かれへんようになったって」
「そんなこと気にしてへんよ」
「ほんまに?」
「気にしてへん」
「あ、そう、ほんなら、ええねんけど」
「…」
「…じゃ、明日、また電話するし」
「あ、ホラ、また光った。…ミサイルや。今度はどこやろ…どこに落ちたんやろ…。…きっともう、あの街には、誰も住んでへんて思うねん…。ここからは、それがようわかる。なあ、聞こえるやろ…聞こえへん?…。」
「何が…」
「…波の音。…ここは静かやで…波の音しか聞こえへん。」
「…お前、今どこにおんねん」
「どこやと思う?」
「え?…わからへん」
「…わたしな、…さいごに、あんたに、言うとかなあかんことが」
―と、プツンと切れる
「…もしもし、もしもし、おい、どうしたんや。もしもし、…もしもし!…(と、受話器を置いて)…何やねん、これ。」
―ザーッというTVのノイズの音。
だんだんと、波の音へ
「あ…」(とTVを見ている「あ…」(とTVを見ている
(TVの中から)「もしもし、もしもし…聞こえる?私の声、聞こえてる?もしもし…もしもしもしもし…」(と、その声もノイズに再びなる)
―男、TVのスイッチを消す