早朝、けたたましい玄関のベルの音で目を覚ました。「もう、こんなに早く、いったい誰?」ドアを開けると、そこに、アタッシュケースを小脇に抱えた男が、にこにこと立っている。「なにか、ご用ですか?」
いや、たいへん遅れまして、どうも、申し訳ありませんでした。申込みの方が殺到しておりまして、なにせ、3年待ち、5年待ちはざら、中には10年たっても担当者すら決まらないというお客様もいらっしゃるくらいで、これでもあなた様などは、ぜんぜんラッキーな方で…
ち、ちょっと、待ってよ。なに、言ってるんだか、わかんない。
ですから、お届けにまいりましたんです。はい、(意味深な感じで)ご注文のお品を。
注文の…品?
品と申しますか、(くくっと笑って)あ・れ・ですよ。…と、ここでは、なんですから、ちょっと、中へ。
あ、あの…」私の言うことも聞かずに、男は勝手にずんずんと中に入って、ちんまりとざぶとんの上に座ってしまった。
なんと、こじんまりしたよいお住まいですな。では、どうぞ、これを。
アタッシュケースをぽんとあけて、男がとりだしたものは、一枚の顔だった。「なに、これ」
百聞は一見にしかず、なによりも見て使ってためしていただくというのが、わが社の方針でして、お買い求めは、その後ということで、
…え?
これなど、いかがでしょうか?
そういうと、男は自分の顔に、その顔を張りつけてしまった。なんだろう、これは。顔はぴったりと張りついて、男はすっかり別の男になっているのだ。別の男になった男を、私は知っていた。「なんだ、ミチオ君じゃないの」思い出した。今日は、ミチオ君と結婚する日だったんだ。私は、ミチオ君をつれて、タクシーで、結婚式場に急いだ。でも…「なんか、へんよ」
どうやら、お気にめさないようですな。では、こういったのは、どうでしょうか。
ミチオ君は、また、アタッシュケースを開けて、別の顔を一枚取り出すと、それを顔につけた。すると、また、別の男になった。別の男になったミチオ君を、私は知っていた。「高田先生…」私って、なんて、おばかさん。結婚相手を間違えちゃうなんて。そうなんだ。私が結婚するのは、ミチオ君ではなくて、中学校の時の高田先生なんだ。高田先生と私は、どこかのきれいな公園の前でタクシーを降りる。盛装した人が20人ばかり、集まって笑いあっている。でも、知らない人ばかり。「ちょっと、へんよ」
おや、まだ、ご不満ですか。では、これにしますか。
高田先生の顔に、また別の顔が張りつく。「あ、だいちゃんじゃないの」おさななじみのだいちゃんだ。そうか、私のだんなさんになる人は、本当は、この人だったのね。ごわーん、ごわーんと、祝福の鐘が鳴っている。拍手と紙ふぶきの中を二人はずんずん進んでいく。あと少しで、誓いの言葉。でも、神父さんがいない。「やっぱり、へんよ」
弱ったなあ。あとは、もう、これっきゃ残ってないぞ。
どうしたの?
どうも、出直した方がいいみたいですな。
あら、そこにあるじゃない、もう一枚。
いや、これは…
いいわよ、それで。
やっぱり、出直しましょう。
いやよ、それがいいわ。
いや、やっぱり…
これがいいのー私は最後の一枚を取り上げると、だいちゃんの顔にぺったりと張りつけた。

どこかでベルが鳴っている。「もう、こんな早く、いったい、誰?」
END