男

さびれた商店街の電器店。夕暮れの雑踏。

シャッターを降ろす音。

男

９月１１日、金曜日。ちかごろは近所にできた大型安売り店の影響で、売上がガタ落ちだ。今日の売上はといえば、１万円にも満たない。単３の乾電池、６０Ｗの電球、それに蛍光灯…。全く親父も厄介な店を残してくれたものだ。

シャッターを叩く音

女

今晩は。いてるんやろ、お兄ちゃん。ちょっと、ここ開けて。

男

夜８時を過ぎて、店の片付けをしていると、さっき降ろしたばかりのシャッターを叩く音がした。…はい。

シャッターを開ける音

妹

今晩は、久しぶり。うわ、相変わらずゴチャゴチャしてるなぁ。もうちょっと並べ方とか考えたら。

兄

…悦子

妹

何よ、変な顔して。…どう、元気？

兄

…お前、なんやいきなり。

妹

いきなりって、妹の私がここへきたら変？

兄

いや、そんなことないけど…。

妹

そやんなぁ。…ここ座っていい？

兄

ああ…。お前、どないしとったんや。電話も全然通じへんし、手紙出しても戻ってくるし。

妹

あれ、そやった？ごめんごめん、部屋変わったん言うてなかった。

兄

まだ、東京にいてんのか。

妹

うん。…さっき駅のとこで河田のおばちゃんに会うたよ。

兄

…何か言われたか。

妹

うん。「何か頑張ってるみたいやねぇ」って。…顔こわばってはったけど。

兄

そら、そうやろ。この商店街中うわさになってるからな、…お前のこと。

妹

え、そうなん？

兄

…駅前にレンタルビデオ屋出来とったやろ。あそこのお前のビデオ、いつ行ってもレンタル中の札ついてるわ。

妹

へぇ、うれしいな。…お兄ちゃんは見てくれた？

兄

ああ…見た。

妹

どうやった私、きれいやった？

兄

きれいもクソもあるかい、あんなもん。

妹

ああ？お兄ちゃん、やっぱり私がＡＶ出るの嫌なんや。

兄

当たり前やろ。どこに妹のハダカ喜んで見てる兄がいてんねん。

妹

そういう趣味の人もいるよ。

兄

…店の売上落ち込んでるのお前のせいや。

妹

ハハッ、それは言い過ぎ。あ、そや、私のビデオ、店で流したら？ダビング承りますとか云うて。

兄

アホか…。お前、あんなこといつまで続けるねんっ。

妹

お兄ちゃんがマンションの家賃払ってくれるんやったら、すぐにやめてもええよ。

兄

もうええ。…話にならんわ。

妹

あのなぁ、お兄ちゃん。実は今日、私お願いがあって来たんやん。

兄

…金やったらないぞ。

妹

違うねん。…あのな、これ鳴らへんようになってしもてん。

兄

…何や、それ。

妹

私が中学入るとき、お兄ちゃんがプレゼントしてくれた奴。

兄

…何や、こんなラジオ、まだもっとったんか。

妹

修理に出したらどれくらいかかる？

兄

ちょっと貸してみぃ。

妹

あ、今直してくれるの？

兄

…電池のフタのとこ、これ割れてるけど、落としたんか。

妹

うん。落としたって言うか…。投げつけてん。あんまり悔しいから…。

兄

何でや。

妹

ケンカしてん、彼氏と。私のこと分かってくれへんから、投げつけたら、あいつよけるから、壁にぶつかって、壊れてん。

兄

…まぁ、ええわ。預かっとく。

妹

…修理に出してくれる？

兄

ああ、直しとく。…住所書いとけ、直ったら送るから…。

妹

うん、いい。また取りにくる。…いつ出来る？

兄

２週間は見といてもらわなあかんな。

妹

うん、わかった。

兄

そやけど、直らんかったらしゃあないぞ。

妹

うん、直るよ、絶対。…絶対、直る。

兄

…ほんで、お前。その男とは別れたんか？

妹

うん。そっちはもう寿命かな。多分、修理きかへん。

シャッターの降りる音

兄

１０月×日、×曜日。あれから１カ月がたつけれど、修理できたラジオは、まだ手元にあるままだ。今日の売上も１万円に満たない。懐中電灯１個、イヤホン、６０Ｗの電球…。一体この先どうなるのか。そろそろ冬が近い。

シャッターを叩く音

兄

夜の８時も回って商品の入れ替えをしていると、シャッターを叩く音がした。

妹

お兄ちゃん、いてる？私、悦子。ラジオ取りにきたんやけど、直った？

シャッターを開ける音

兄

おう、待っとったで。まぁ、中はいれ。

妹

直った？

兄

ああ、バッチリや。

妹

（外に向かって）ちょっと、汚いとこやけど、入って。

兄

え？誰かいてんのか？

妹

うん。私らも直ってん。壊れそうやったけど修理してみたら…紹介するわ。

ラジオのチューニング音。音楽流れて…。

おしまい