青鬼がやってきた。青鬼の体は氷のように冷たい。吐く息は何もかもを凍らせる。
青白い顔、青白い腕、青白い足。鬼のまわりをヒューヒューと冷たい風が吹いている。
「おまえ達には見えないだろうが、俺の足の下にはいつも氷河がある。だから歩くとギシギシと音がするんだ。」
冷たい目で言う。
「さわるものは皆、凍らせてしまうぞ。何も生きてはいけない氷の世界に変えてやる。」
鬼が歩いた後は全てが凍り、軽くさわるだけで砕けてしまう。
山も家もニワトリもウサギもみな凍ってしまった。
そこへ小さな少女が現れた。
「おまえも凍らせてやろうか。この指ではじいただけで割れてしまうだろう。それとも俺の足元の氷河に埋めてやろうか。透きとおる美しい氷河の中で永遠に眠るがいい。」
すると少女は笑って言った。
ここは寒いからあっちで遊ぼ。
そう言って鬼の手をとった。
誰もが「あっ」と目をつぶったが、少女の体は凍らなかった。
「おまえはなんで笑っているんだ。」
あんたはとてもさみしそうな顔をしている。独りぼっちだからでしょう。独りで遊んでもつまんないから、あっちに行ってみんなで遊ぼう。
鬼の体がゆるゆると暖かくなり冷たい風も吹きやんで、それから足元の氷河がとけだした。それはみるみる河になり、もうずっと氷に閉じこめられていたサカナが勢いよく泳ぎだし、尖った角が消えたとき、鬼は鬼でなくなった。
こんどは赤鬼がやってきた。
赤鬼の体は灼熱の砂のようだ。焼けるように熱い。
手も足も干からびて動く度ボロボロと落ちていく。
「おまえ達には見えないだろうが、私の足の下はどこまでも続く砂漠だ。行けども行けども終わることのない砂漠なんだ。」
赤鬼のまわりを乾いた風が吹き抜ける。
「私にかまうとおまえ達もみんな、砂になるよ。すっかり干からびてしまったら、ひと吹きで崩れてしまうだろう。それが嫌なら背中を向けて鬼の通り過ぎるのを待つがいい。」
熱い太陽が照りつける。ズルッズルッと鬼の通った後には砂の道が残った。
そこへ奇麗な少年が現われた。そして鬼の姿に涙を流した。
「なんだおまえは。そこを退かないと砂にしてしまうよ。私はおまえを除いて通ったりはしないからね。それとも足がすくんで動けないのか?それで涙を流しているのか。」
違うよ。おまえがあんまり悲しそうな顔をしているから、僕も悲しくなったんだ。
「カナシイ?そんなもの私は知らない。知らないよ。」
涙はいくらでもあふれ出てきた。鬼は思わず立ち止まる。あふれた涙は地面を濡らし、どんどん鬼に近づいた。鬼の砂漠が涙で湿り、砂漠が砂漠でなくなった。小さな芽が出たかと思うと、いつしかそこは草地になった。それから涙は鬼の体も湿らせた。
干からびていた足にも手にも、胸から肩、首から顔が優しい女のそれになり、砂まみれだった髪は美しい黒髪になった。乾き切っていた目にも少年の涙がゆきわたり、今度はそこから流れはじめ、草地の上にしゃがみこんで声をあげて泣き出した。
この河は鬼の氷河だった河。
この土手の草は鬼の涙で育った草。
昔、祖母が話してきかせてくれた話の最後はこんなふうに結ばれた。
おばあちゃんもね、昔は赤鬼だったのよ。