- ―夏の夜。公園のベンチ。
- 男
- 「何?」
- 女
- 「なにって、別に何でもないんやけど」
- 男
- 「あ、そう…。」
- 女
- 「……」
- 男
- 「何やねん。」
- 女
- 「え?ああ…」
- 男
- 「用があるて、電話したんちゃうの?」
- 女
- 「うん。まあ、そんなんやけど…」
- 男
- 「オレ風呂行かなあかんねん」
- 女
- 「ふーん」
- 男
- 「11時までやねん。銭湯。何や最近、はよ閉めよるしな。」
- 女
- 「私、結婚すんねん」
- 男
- 「へー。ほんまに」
- 女
- 「こないだ、おばさんが縁談持って来て、いつの間にか決まっ たんよ…。」
- 男
- 「あ、そう。よかったやん。」
- 女
- 「うん。」
- 男
- 「おめでとう」
- 女
- 「ありがとう」
- 男
- 「へー」
- 女
- 「私も、もう30やしな。」
- 男
- 「どんな人?」
- 女
- 「学校の先生。」
- 男
- 「へえ」
- 女
- 「私、仕事も辞めよ思うて」
- 男
- 「そう。(パチンと足をたたいて)ああ、ここ蚊おるな。」
- 女
- 「…どう思う?ケンちゃん。」
- 男
- 「別にええんとちがう。学校の先生やったら、給料もワリとえ えやろから、ユウちゃんが、無理して仕事せんでもええや んか。」
- 女
- 「相手の人も、そんなふうに言うてくれるんやけど。」
- 男
- 「ほんなら、ええやん。」
- 女
- 「うん、まあ、ええねんけど。」
- 男
- 「ちょっと、かいいな、ここ。」(と、足などをかく)
- 女
- 「…結婚すんのはどう思う?」
- 男
- 「どう思うて、ええやんか、結婚…」
- 女
- 「そうかな。そうやろか。」
- 男
- 「何や、まようてんの?」
- 女
- 「……」
- 男
- 「……オレ、風呂の時間あるし、行くわ。」
- 女
- 「な、ケンちゃん、ブランコ乗ろ。」
- 男
- 「え?」
- 女
- 「な、乗ろ、ブランコ。」
- 男
- 「嫌や」
- 女
- 「乗ろうなあ」
- 男
- 「何でそんなもん乗らなあかんねん。」
- 女
- 「乗ろ、乗ろ。」(と、立ってブランコへ)
- -二人、並んで、ブランコに乗っている。
[SE:ブランコの音。]
- 男
- 「いつやねん。式。」
- 女
- 「9月」
- 男
- 「ほな、もうすぐやねえ。」
- 女
- 「うん。何や、むこう急いではんねん」
- 男
- 「ふーん。…それだけホレてんねん。ユウちゃんに。」
- 女
- 「どんどん話がすすんでいくやろ。…そしたら私、どんどん 不安になっていくねん。」
- 男
- 「何で…」
- 女
- 「これでええんやろかて思うてしまうねん」
- 男
- 「嫌なんか?」
- 女
- 「ウーン…」
- 男
- 「嫌やったらやめたらええやないか。」
- 女
- 「もうやめられへん」
- 男
- 「何でやねん」
- 女
- 「そんな、むちゃくちゃイヤっていうわけでもないねん。」
- 男
- 「ほんなら、ええやないか」
- 女
- 「それが、ええことないねん。」
- 男
- 「どないやねん。」
- 女
- 「わからへん」
- 男
- 「わからへんのやったら、とりあえず、いっとけや。」
- 女
- 「とりあえずいって、失敗やったらどないすんの?」
- 男
- 「そんときは、しゃあない。離婚したらええやないか。」
- 女
- 「そうか。そうやな。」
- 男
- 「何を今さら悩んでんねん」
- 女
- 「マリッジブルーっちゅうヤツやな。」
- 男
- 「あんたにはそんなん似合わへんわ。」
- 女
- 「ケンちゃんはどないすんの?」
- 男
- 「え?何が?」
- 女
- 「結婚せえへんの?」
- 男
- 「するわけないやないか、相手もおらへんのに。」
- 女
- 「するかもしれへんで?」
- 男
- 「相手もおらへんのにどうやってすんねん。」
- 女
- 「相手なんかどうでもええやん。」
- 男
- 「え?何でやねん」
- 女
- 「なあ、ケンちゃん」
- 男
- 「何や。」
- 女
- 「どっか行こう。」
- 男
- 「どこに」
- 女
- 「どっか。知らんとこ。」
- 男
- 「あのな、オレ風呂行かなあかんねん。」
- 女
- 「風呂は逃げへんて」
- 男
- 「もうすぐ閉まんねん。」
- 女
- 「風呂と私と、どっち大事なん?」
- 男
- 「ええ?」
- 女
- 「なぁ、どっち?」
- 男
- 「風呂。」
- 女
- 「ちょっと、ムカつくはそれ。」
- 男
- 「何でや。ええか、オレは汗くさいねんで。早よ銭湯行かな 閉まんねん。いきなり呼び出したんはお前やろ。ムカつく んはお前やで。」
- 女
- 「緑の岬って知ってる?」
- 男
- 「知らん!」
- 女
- 「夢で見たんよ、私…。緑の岬。」
- 男
- 「何やそれ。」
- 女
- 「その岬には、私の家の別荘があんねん。青い海にかこまれ て、それはそれは美しいとこやねん。」
- 男
- 「何でお前の家に別荘やねん」
- 女
- 「その白い小さなかわいいおうちには、バルコニーがあって。 なあ、けんちゃん。私と一緒に行かへん?」
- 男
- 「行かへん。」
- 女
- 「そこでしばらく暮らさへん?」
- 男
- 「暮らさへん!あのな、お前の気色悪いポエムにつき合ってる ヒマないねんオレ。」
- 女
- 「…どこでもええの。どこでもええねん。…どこでもええから、 どっか連れてってよ。なあ、ケンちゃん…なあ。」
- 男
- 「……。」
- 女
- 「……私、本気なんやで…。」
- 男
- 「…。オイ…ちょっとやめろや…。」
- ―男、ぶらんこをさらに大きくこぎ始める。
- 男
- 「…ユウちゃん…。」
- 女
- 「…うん?」
- 男
- 「昔…よう、このぶらんこに乗ってあそんだな…」
- 女
- 「…うん…。」
- ―男、「ヨッ」と、跳んで着地する。
- 男
- 「…さ、かえろか。…」
- 女
- 「うん…」
- 男
- 「送ってくわ。」
- 女
- 「…うん…。あ、でも銭湯は?」
- 男
- 「もう、ええわ…。明日行くわ…」(と歩く)
- 女
- 「ごめんね、ケンちゃん…」
- ―二人、去る。
ぶらんこがゆれる音。
- -終