- 女元締め
- おイノ、おウメ、おサト!準備はできてるかい?
三人は『中の宮商店街』の夏祭りだよ。
えーと…今夜がラクだったねぇ、確か…
(娘三人の笑い声)ちょっと、笑ってばかりいないで、おサトの襟元直してやんなよ。
それじゃまるで人間さまじゃないか、少しくずしてやっておくれ……
そうそう、だからって、下品になっちゃいけないよ、ほんの少しだよ。
(三人すーと消える。その背中に向けて)しっかりがんばってくるんだよ。
人間さまの肝っ玉、たーんと冷やしておやり。
(コンピューターをさわってスケジュールをみる)えーーと、それから…
- 男
- ぼくです。『桜丘青年団肝試し大会』です
- 元締め
- 今日からだっけ?
- 男
- はい。桜丘公園で。なんか、青年団すごくはりきってるみたいで…
- 元締め
- 覗いてみたのかい?
- 男
- はい…けっこう、大掛かりなことやってまして…なんか……
- 元締め
- なんか、なんだい?
- 男
- はあ……
- 元締め
- おまえ、ひょっとしてこわいのかい?ハハハハ…
- 男
- 笑わないでくださいよ
- 元締め
- そういえば、去年も桜丘だったっけ?
- 男
- はぁー……
- 元締め
- ハハハ…うまいのがいるんだってねえ
- 男
- だから…嫌なんです
- 元締め
- 何言ってんだい。こっちとらほんまもんだよ。
人間さまに負けてどうするんだよ
- 男
- でも…
- 元締め
- 何のために稽古したんだい。だてに木枯らしの夜、走ったんじゃないだろう
- 男
- でも…こわいんです
- 元締め
- こわいだって!何てこと言うんだい。
こっちとらほんまもんだよ。
人間さまがお化けをこわがるんだろう。
お化けが人間さまをこわがってどうするんだい。
……ほら、一つ、やってみな
- 男
- デレデレデレデレ……
- 元締め
- あーあ、それじゃ、青年団の兄ちゃんの方が よっぽどお化けらしいよ
- 男
- そうなんです。ちっともこわがられなくて……
- 元締め
- さりげなく、まるでそうとは気づかれずに、ゾクッとさせなきゃ。やってみな
- 男
- うらめし??
- 元締め
- だめ!だめだめだめ!なんて男らしくないお化けなんだい。
いいかいこうだよ。
『黄泉の国一丁目はこのあたりですかい』
- 男、拍手
- 男
- 黄泉の国一丁目はこのあたりですかい
- 元締め
- それじゃ、まるで人間さまだよ。もう一回
- 男
- 黄泉の国一丁目はこのあたりですかい、ですかい、
ですかい、ですかい、ですかい……
- 元締め
- それじゃあ、ディレイがかかりすぎってもんだろ。
顔を見たとたん、声を聞いたとたん、『お化け!』って逃げられちゃうね。
その辺の頃合いだね。もう一回やってみな
- 男
- 黄泉の国一丁目はこのあたりですかい?
- 元締め
- 少しエコーがたりないねぇ。体は斜め二十度。
ほら、顔は五度正面だよ。手はさりげなくたらす
- 男
- 胸の前で?
- 元締め
- あのね、君はどんな格好で出現するのかね
- 男
- Tシャツ、短パン
- 元締め
- だろ?じゃあ似合わないだろ、胸の前は。自然に力をぬいて…
- 男
- 自然に力をぬいて…こうでしょうか
- 元締め
- いつまでたっても世話がやけるね。それじゃ、ぐったりしてるだけじゃないか。
プライドを持ってやらなきゃ、決まらないよ
- 男、それらしくスタイルを作る
- 元締め
- そうそう、せめてそのくらいはね
- 男
- あのう…お願いが…
- バタバタあわただしく女が現れる
- 元締め
- 夕じゃないか、どうしたんだい?
- 男
- なんだか、興奮していらっしゃいますね
- 元締め
- 騒々しいねぇ。(夕に呼びかけて)夕、何があったんだい?
(夕、顔を紅潮させて何かを言っている)何だって?
町中の人間さまの肝を冷やしたって!?町全体をゾクーッとさせたって!?
夕、やったね。うれしいね。それこそ、お化けの最高の技ってもんだよ
- 男
- 夕さん…憧れるな……
- 元締め
- お前さんも精進しなよ。一見、お化けとは思えない風情、なのに、その回りに漂う何ともいえない空気、それを醸し出すようになって初めて、一人前ってもんだからね。
- 夕さん、おめでとうの声。拍手
- 元締め
- …何だっけ?
- 男
- …できたら、ぼく、天満宮の夏祭りの『お化け屋敷』の方へ変えていただきたいのですが…
- 元締め
- 今日になってかい?こわくなってかい?いくじないねぇ…(スケジュール表を見ながら)
- 男
- ぼく、いかにもお化けっていうんなら、どうだお化けだ、こわいぞーっていうんなら、自信持ってできます
- 元締め
- そうかい。そこまで言うなら…
- 男
- 最終目標はお化け役の人間、人間さまをゾクッとさせることです
- 元締め
- いいねぇーうわさのレベルまで高めておくれよ。『あのお化け屋敷にはほんものが出る』ってねぇ
- 男
- はい、がんばります
- 元締め
- OK。じゃあ、お前さんは『お化け屋敷』担当に変更しよう。しっかりおやりよ?
- 男
- 行ってきま??す
- 元締め
- (出て行く男の背中に向けて)『お化け屋敷』なら着流しの方がいいんじゃ……
まあ、いいか…
- 男、お化けの世界からすぐ隣の人間界へ出ていく
- 元締め
- …気のいいお化けになるよ、あの子は…