- 男
- ここ…。駐車場…。
- 女
- 跡かたもないわね。本当に駐車場になったんだ。
- 男
- ここに四年も住んでいた。
- 女
- あたしは三年。
- 男
- そう?…。
- 女
- 違った?
- 男
- あんた出ていってから半年位で取り壊しになったんじゃないかな。だから三年半だろ。
- 女
- あんた、なんて言い方やめてよ。それに忘れたわけじゃないわ。あなたのボロアパートに一緒にいたのが三年、後の半年は荷物置いていただけだったじゃない。
- 男
- 俺にとっては三年半なんだ。
- 女
- 何よ、三年振りに会ってここに連れてきたのは恨み事言うため?変わってないのね、未練たらしいとこ。
- 男
- あんたこそ、変わってないよ。そんな勝手なとこ。懐かしいから行ってみようっていったのはあんたのほうだろ。
- 女
- あんた、って言わないで。
- 男
- 嫌だ。
- 数人の子供が笑いながら走り去る。
- 女
- …アパートの裏でよく遊んでいたわね、ちっちゃい子が。
- 遠くから風鈴の音
- 女
- 風鈴ね。あの風鈴よね。一年中、つるしっぱなしで冬の木枯らしのときもなり続けていた。まだ吊っているのね。どこの家かしら?
- 男
- 風鈴をつきとめたいならどうぞ。俺は俺のことをするから。
- 女
- …別に…でも、アスファルトに被われていて、
- 男
- (少しは離れて)ここだと思うよ。
- 女
- …え?(男に近づく)
- 男
- ここ、建蔽率とかってやつでアパートの敷地を全部は駐車場にはできなかったんだろ。ちょうどアパートの裏手辺りだ。ここだけ土がむき出しで、昔のままだ。
- 女
- 駐車場にするとき一度全部掘返しているんじゃないの。ブルドーザーなんかでさ。
- 男
- 掘ってみなけりゃ分からないだろ。そこのつぶれた空き缶かせよ。
- 男の空缶で地面を掘り返す音。
- 女
- ねえ、もういいよ。
- 地面を掘る音が続く。
- 女
- もういいってば。あなたに駅で偶然会って、顔見たら懐かしくてちょっとからかってみたくなっただけなんだから
- 男
- 指輪、返せって行ったのはおまえだろ。
- 女
- (笑う)おまえって言った。
- 男
- うるさい。
- 女
- 本当に埋めちゃったのね、あたしの忘れ物全部。まるで女子中学生みたい。
- 男
- 指輪、おばあさんの形見なんだろ。
- 女
- 嘘に決まっているじゃない。
- 男、掘るのを止める。
- 男
- 知っているよ。おまえの嘘くらい分かる
- 女
- …そう。(離れたところで)ねえ、こっちの日陰にこない?
- 男
- ああ。
- 女
- ここら辺りよね、部屋のあった所。座ってよ。
- 男
- ああ。(座る)
- 女
- 汗、拭こうか。
- 男
- 寄るなよ、暑いだろ。
- 女
- あたし、暑いの好きだもん。汗、湧き水みたいに流しても平気だもん。
- 遠くで風鈴が鳴る。
- 女
- 暑いの好きだもん。
- 男
- 勝手だよ。俺、暑いの嫌なんだ。
- 女
- 女じゃあ、夜になるまでここにいよう。涼しくなるまで。
- 男
- なんでそんなこと言うの。
- 女
- 夜まで、ずっとここにいよう。どっちかが耐えられなくなったらオシマイ。
- 男
- そうしたいなら…いいよ、試してみよう。夜までね。
- 女
- …ねえ…ごめんね。
- 男
- 静かにしろよ。夜まで何も言うな。
- 女
- うん、涼しくなるまでね…。
- 遠くの風鈴の音が次第に大きくなり男と女を包む。