- 登場人物
- 雨やどりの男
傘もささない女
- ―男が朽ちかけたコンクリートの建造物の中で、雨がやむのを待っている。
だから先ほどから雨はかなりしたたかに降っていたのだ。やがて、男はフーッとため息をついて、
- 男
- 「いつまで続くんや、この雨…」
- ―と、足音がして、雨の中に女が現れる。
- 男
- 「…何や、この女…。傘もささんと…。」(とひとりごと)
- ―と、まだ女はこちらを見ているらしく。
- 男
- 「何やねん、ジロジロこっちみて、あっち行けや…。」(とひとりごと…)
- 女
- 「…あの。」
- 男
- 「はい。…何ですか」
- 女
- 「何してるんですか。」
- 男
- 「何してるって、見ればわかるやないですか。雨やどりをしてるんです。」
- 女
- 「雨やどり?」
- 男
- 「ええ」
- 女
- 「雨も降ってへんのに?」
- 男
- 「は?」
- 女
- 「雨、降ってませんよ」
- 男
- 「何を言うてるんです。降ってるやないですか。」
- 女
- 「ええ?(と笑って)、いや降ってませんよ。」
- 男
- 「ここんとこずっとです。しばらく降りつづいてるから私は外に出られへんのです。そやな…もう3日になるかな…」
- 女
- 「あの、大丈夫ですか?」
- 男
- 「何が」
- 女
- 「何がって…その…。」
- 男
- 「失礼なこと言わんといて下さい。私は正気ですよ。」
- 女
- 「いえ、別に、そういうわけで言うたんやないんやけど…」
- 男
- 「じゃ、どういうつもりなんです」
- 女
- 「ま、とにかく、外に出た方がいいですよ。」
- 男
- 「雨に濡れるやないですか」
- 女
- 「そやから、雨なんか降ってへんて言うてるやないですか…」
- 男
- 「(鼻で笑って)そんな…あなた、私をだまそうたってそうはいきませんよ。」
- 女
- 「何で、私が、あなたをだまさなあかんのです。…私、ここ通りかかっただけなんですよ…。そんなとこで人を見かけたんは初めてやったから…。まあ、そこにいたいんだったら、仕方ないけど。」
- 男
- 「いたいわけないやないですか。こんな殺風景なとこ…。できれば早よ出たいですよ。そやけど、雨、降ってるし。」
- 女
- 「雨なんか降ってへんて、何ベン言うたら気がすむんですか。」
- 男
- 「ええ?」
- 女
- 「その証拠に、私、濡れてへんやないですか。濡れてます?私…」
- 男
- 「…はあ…。…何で濡れてへんのです?」
- 女
- 「だから!…。(と、ため息)…(あきらめて)あなた…鐘にでもなったつもりなんですか?」
- 男
- 「え?カネ?…何です、カネって…」
- 女
- 「よう見てそこにはいったんですか…。そこ、屋根みたいになってるけど、本当は教会の一部やったとこなんですよ。」
- 男
- 「え?教会の?」
- 女
- 「教会の塔の…上のとこ…。何です、ほら鐘をつるしてる、ドームのとこ…。」
- 男
- 「ああ…」
- 女
- 「昔そこの、川の向こうにレンガ造りの教会があったらしいんやけど、その上の部分だけが、戦争の時に、何や知らんけど爆弾かなんかで吹きとばされて、そこに、そのまま埋まってしもうたらしいんです。」
- 男
- 「へえ」
- 女
- 「つまり、あなたはその文化財の下におるわけなんですよ。」
- 男
- 「え?文化財?これが?」
- 女
- 「あたりまえやないですか。…何や、それを保存する会とかあって。この町の人が管理してるんやないかな…。」
- 男
- 「え?ほんまに?」
- 女
- 「そやから、私は言うたんですよ。出て来た方がええって。」
- 男
- 「なるほど…」
- 女
- 「親切で言うてるんですよ」
- 男
- 「ああ…。文化財なら仕方ないですね」
- 女
- 「それをだますやなんて…」
- 男
- 「すいません。…ほんなら…そっち行きますわ…。」
- ―雨音はつづいていたが…男が一歩前へ踏み出したとたん、夏の晴れわたった空へセミが、勢いよくないている。
- 男
- 「…あ、何や…雨、止んどる…」
- 女
- 「(笑って)ね…雨なんか降ってへんでしょう」
- 男
- 「ええ…降ってませんね」
- 女
- 「ずっとですよ。」
- 男
- 「え?」
- 女
- 「もう、ずいぶん雨降ってへんのですから…。ここんとこずっといいお天気やったんですよ」
- 男
- 「そうなんですか…」
- 女
- 「ほんまに知らんかったんですか?」
- 男
- 「え?…ええ…まあ…」
- 女
- 「そうですか…。それは残念でしたね」
- 間。街の雑踏の音。車のクラクションなど
- 男
- 「…そやけど…何で私はこの中におって…雨やどりなんかしてたんやろ…雨も降ってへんのに…」
- 女
- 「さあ…」
- 男
- 「ねえ、何でやと思います?」
- 女
- 「いや私にそんなこときかれても…。あの、仕事ありますから、これで…」(と、去ってゆく音)
- 男
- 「はあ…。…待てよ…いつからオレはここにおったんや…。えっと…ウーン。」(と、考える)
- ―セミの声。と、オフィス街の雑踏の音はやがて、再び雨音へとかわってゆく。
- 男
- 「おい…ほら…またや…また雨が降ってる…。」
- ―雷鳴がとどろく。そして強い雨…。
- 男
- 「雨や…雨はやっぱり降ってんのや。…そやけど、オレは、なぜ雨に濡れへんのやろか。…あ、そうや、こういうことや…つまりオレは、青空の下で雨やどりをしてるんや。だとしたら、この雨は、一体どこで降ってんのやろか…」
- ―冒頭のごとく雨はつづく。それにまぎれて教会の鐘の音
- 終