登場人物
男・女
場所
市街が見下ろせる公園
時間
午後8時頃
川村さんへ
 夜。君に会った帰り。JR三宮。わりとすいてる。
ひとなつっこいのに、ケンボー症なヤツと君が言ってたことについて。
僕は女にしろ男にしろなつく傾向が、昔からある。でも、それに対して忘れっぽく出来ているのだ。去るもの日々に疎くって言うけれど、去らないものまで、忘れていく。時々思い出してもそれっきり、あえなくなっても、それっきり。
家に帰ると、君からの手紙が来ていた。封を開けると、まっかっかのピエロの絵。僕は思います。手紙を出して、それが相手に届かないうちに、差し出し人と、まだ受け取ってない受取人とが会うっていうのは、やっぱりさ、なんだろ、よくないよ。
原田君へ
 今、ペピートで、この手紙を書いています。
どうせ忘れてると思うけど、あなたが教えてくれたお店です。目の前に座って、白玉みつまめを食べているのは、みえないあなた。もうひとりのあなたは、バスを待っているの。
そして私は、みえないたんていになって、あなたのあとをつけて行きます。ほら、バスが来た。あなたはそれに乗ります。そして、席に座ったとたん、眠ってしまう。10分ほど眠って、はっと目をさまし、慌ててあたりを見回します。まだ、大丈夫。そして、終点の一つ前の駅で、あなたは降りるの。百合が丘2丁目。やっぱり、ヨーコの家へ行くんだ。
君は誤解している。確かに、君が言うように僕はヨーコの誕生日に指輪を買った。でも、渡そうと思って買ったんじゃない。僕はもう、彼女にそれをあげられるような所にはいないんだ。ただ、昔、買ってあげる約束をしていて、そのことを思い出して、買ってみただけのことなんだ。
ひとは、暮らしの枠から、時々逃げ出したくなるんだって、いつか、言ってましたね。
逃げ出して、どこにいくんだろう。
私の場合、それは、レーゾン・デートルというはらっぱです。昼間よりも夜の景色が似合う所なのです。そこでは、魔女や魔法遣いが秘密の集会を開いていたり、ブリキの兵隊と、アンテックドールがしのびあっていたりするのです。とてもいかがわしくて、美しくって、哀しい所なの。そのはらっぱで、なぜか原田君が逃げるうさぎを追い掛けているのです。
たとえば僕が、うさぎを追い掛けていたとする。
僕はうさぎを、どこでもいい、とにかく穴の中に追い込む。もちろんうさぎはちっちゃな穴を選ぶ。間違っても大きな穴へは入らない。そしたら、もう捕まえたも同然だ。その穴の入口で、僕はこう言うんだ。うさぎ!って。
そして次に うさぎ! って。 
そうして次に うさぎ! って。
そうして次に うさぎ! って。
そうして次に うさぎ! って。そうして次に うさぎ! って。
(だんだん呼ぶたびに声小さくなる。)
すると、うさぎは、テキは遠くに行っちゃったなと思って、穴から飛び出してくるんだ。
そこをムンズと捕まえる。そして言うんだ、
「川村さん、見つけた!」って。
 … だけど、こんな手紙を書いたって、僕はきっとまた忘れてしまうだろう。そして、君に会って、また、憎まれ口を聞いて、誤解されて、また、ケンボー症なヤツと言われて、家に帰って、また、君に手紙を書いて…
追伸。みえないたんていは間違っていました。百合が丘2丁目で降りたのは、原田君ではありませんでした。彼はそのままバスに乗り続け、もとの場所に戻ってくるのです。そして、疲れたなあとふと振り向くと、ベビートを見つけます。そこでやっと、「そうだ、僕はここで、川村さんと白玉みつまめを食べようって、約束していたんだ」って、思い出すんです。
原田君って、あいかわらず、ケンボー症なヤツです。
END