- 五月 午前五時
晴れ 朝日が昇り始めた。
すずめが鳴き始める。
通りに、時折、行き過ぎる車
ランニングする若者
ウォーキングの老夫婦。六軒アパートの階段下
帰ってきた男(竹田)と
出て行く女(小川)が出会う。
- 男
- 「あれ?」
- 女
- 「あら」
- 男
- 「えっ?」
- 女
- 「うん?」
- 男
- 「どうかしました?」
- 女
- 「どうかしたって?」
- 男
- 「それ」
- 女
- 「うん?」
- 男
- 「バッグ」
- 女
- 「あー、まあ……竹田くんこそ…どうしてた?」
- 男
- 「どうしてた?って」
- 女
- 「だって、よれよれじゃない」
- 男
- 「ええ」
- 女
- 「………昨日、いなかった…ううん、その前の日もいなかった、よね」
- 男
- 「53時間です」
- 女
- 「風邪でもひいてるんじゃないかなと思って、何度もノックしたのよ」
- 男
- 「実験で…」
- 女
- 「53時間?…ふう、大変だ」
- 男
- 「小川さんは?」
- 女
- 「ちょっと…ね…」
- 男
- 「充電」
- 女
- 「そう」
- 男
- 「大変ですね」
- 女
- 「わかってくれる?」
- 男
- 「ええ」
- 女
- 「いいな、竹田くんは」
- 男
- 「…そう見えますか…」
- 女
- 「みえる。竹田くんがあわててるのみたことないもん」
- (ジョギングの人が走り過ぎる 『おはよう』『おはよう』)
- 女
- 「おはようございます」
- (男、つられて頭を下げる)
- 男
- 「……あせってはいるんですけど…」
- 女
- 「へぇー、それで…」
- 男
- 「嫌な予感がするんです」
- 女
- 「嫌な」
- 男
- 「なんか…こう……大きな間違いしてるんじゃないか…って」
- 女
- 「へぇ、そんなことあるんだ」
- 男
- 「ええ……理屈じゃなくて勘ですけど……」
- 女
- 「でも、実験は順調なんでしょ」
- 男
- 「…まあ…」
- 女
- 「爆発したりはしないんでしょ?」
- 男
- 「…はは…爆発で済むいいんですけど……」
- 女
- 「そんな…こわいこと言わないでよ」
- 男
- 「………まあ、仮設そのものが否定されるというんじゃない限りは…」
- 女
- 「そんな…こわいこと言わないでよ」
- 男
- 「………まあ、仮設そのものが否定されるというんじゃない限りは…」
- 女
- 「ふーん、そうなんだ。でも、竹田くん、飽きないっていうか…集中力あるっていうか……よくやるよね」
- 男
- 「たいしたことないです。小川さんこそ……パワーあると思って…」
- 女
- 「そう?でも、もう、パワー切れ。三百枚はスケッチしたのよ…」
- 男
- 「徹夜?」
- 女
- 「三晩」
- 男
- 「三晩も……やっぱり、小川さんすごいですよ」
- 女
- 「百枚デザイン描くと、一枚くらいは気に入ったのができるんだけど…いままでは。…それが、何かしっくりこないの…」
- 男
- 「…千枚…描いたら?
- 女
- 「言ってくれるわねぇ……あーーでも、そうなのよね、きっと…千枚描けば、一枚あるかもね」
- 男
- 「そうですよ…たぶん……きっと」
- 女
- 「…うーん……だめかなー旅に出たりしてると」
- 男
- 「脳みそフレッシュになるってのあるかもしれない」
- 女
- 「そう思う?」
- 男
- 「……いやー、ぼくは、実験室にこもる方ですけど…」
- 女
- 「じーっと」
- 男
- 「そしたら、ぱーっと開けてくるんです。もやもやしてたところが…気分転換なんかしてたら、また、一からやりなおしで…」
- 女
- 「それもしんどいねぇ。私は、風にふかれたり、空見たり、ぼーっとしてる時、ぱっとひらめく方かな」
- 男
- 「ふふ…ぱっとですか?さすが、電球デザイナーですよね」
- 女
- 「あのね、竹田くん、電球ってやめてくれない。照明って言ってほしいわ」
- 男
- 「すいません」
- (鳥の声、車の音)
- 女
- 「あー、いいお天気」
- 男
- 「『五月晴れの空が広がるでしょう』って、天気予報。……電車……時間、大丈夫ですか?」
- 女
- 「……なんか、竹田くんと話してたら、出掛ける気なくしちゃったな…」
- 男
- 「すいません」
- 女
- 「ううん。…竹田くん、今日は?」
- 男
- 「休みです」
- 女
- 「そう。朝ごはんは?」
- 男
- 「はあ、食べたいです」
- 女
- 「みそ汁とご飯?」
- 男
- 「…納豆……」
- (二人で階段をあがる)
- 女
- 「……千枚か……」
- 男
- 「…千枚でだめなら……一万枚」
- 女
- 「……ふふ…他人事だと思って…」
- 男
- 「…小川さんの照明いいですよね」
- 女
- 「あら、そう?」
- 男
- 「華やかで…優しくて…落ち着いてて…」
- (二人、ドアのところで)
- 女
- 「…一万枚、描いてみるわ」
- 男
- 「えっ、…朝ごはん……」