- ぼく
- 「夕方六時、駅前広場は急にざわめいてくる。
時計台の仕掛け人形が扉から飛び出し、楽隊に合わせて踊りはじめる。
駅からはき出された人達の足音、改札口に吸い込まれて行く人達の吐息。三分きざみの電車の音。
広場の東側にはジャズバンド。
西側にはパントマイムのピエロ。
約束の六時まであと五分。
君はまだ来ていない。
ぼくは時計台の針がカクッ、カクッと動くのを見ていた。
- (時計の音)
- ぼく
- 「君との待ち合わせはいつも夕方六時、駅前広場時計台の所。
『絶対遅れないでね』
君の念押しは、踊り子たちを二人で一緒に見たいから。
- 私
- 「時計台の踊り子はみんなで六人。ふっくらした肉付に、真っ赤な唇。そう、古いアメリカ映画のダンサーみたい。六時になると扉が開き、踊り子たちは腕を組んで出て来る。六人そろったところで足を挙げて踊り始めるの。
- ぼく
- 「この踊り子が駅前に現れたとき、時間がくると時計台の前には人だかりができそうだ。眉をしかめつつも、踊り子を見ない人はいなかったってさ。
君が生まれるずっと前の話。
- 私
- 「「駅前の喧噪を時計台音楽隊の歪んだメロディがすっぽり包んだ。ざわめきは、見えないバリアに囲まれ逃げ場を失う。互いの音はからまり、交じり合って、ワァーーーンとうねり始めた。
…………(ポンポンポンポン…)……
……………船?………」
- ☆
- 私
- 「丘の上から毎日、海をみてたわ」
- ぼく
- 「山に囲まれた小さな町なんだ」
- 私
- 「湾に浮かぶ船を数えたり、ぽんぽん船のエンジン音を数えたり…」
- ぼく
- 「駅は山と山の間に一つ」
- 私
- 「地球には自分に似た人が三人いるって…そんなこと考えてた」
- ぼく
- 「出たかったなー…とにかく出て行きたかったなあー…」
- 私
- 「一度だけ、手紙を入れたビンを海に流したことがあるの」
- ぼく
- 「川を下ればいいんだって気づいたね」
- 私
- 「岬の一番先までいって、ビンを投げたのよ」
- ぼく
- 「六年生の夏、空き缶の筏で川下りしたさ」
- 私
- 「それからどうなったか?って…満ち潮でビンはちっとも沖へ出ていかなかったの(笑う)」
- ぼく
- 「流れついた所?三キロ下流の橋の下(笑う)」
- ☆
(ワァーーンといううねりに似たざわめき)
- ぼく
- 「パントマイムのピエロが僕たちを呼び止めた。
見えない箱を開け、見えない風船をとりだし、ふう、ふうー、と頬をふくらませて、風船に息を吹き込む。口を堅くくくり、糸でゆわえた。
『ありがとう』
君は見えない糸をにぎりしめた。
- 私
- 「あの人には赤い風船。わたしには黄色い風船。
あの人は少し照れ臭そうに、でも、しっかり糸をにぎった。
ピエロはあの人とわたしをかわるがわる見た後、両手でハートの形を作り、胸のところでドックン、ドックン脈打たせた。
- ぼく
- 「『ほら、夕日』
君の指さすところには、大通りに面して細い路地とT字に向き合うビル。全面ガラスに、真っ赤な夕日が写っていた。
- 私
- 「春と秋、一年に二回、あのビルに太陽がすっぽり入るの。一ミリだって欠けてなんかいない、まあるい太陽。
夕日の中に入ってみたくて、わたしは路地に立った。
- ぼく
- 「昼と夜の長さが同じ日、マヤのピラミッドには大きな蛇が浮かび上がるという。古代の壮大なロマンあふれる造形。
そして、誰も意図しなかった現代のビルに沈む太陽。
シルエットになった君を、ぼくはまばゆい想いでみつめていた。
- (時計の音)
- 私
- 「『結婚記念日はちょっと豪華に祝う』
それが二人の約束。待ち合わせは、いつもの所で、いつもの時間。
時計台の真ん前に陣取っているあの人をみつけた。あと一分。
「早く!」あの人が手招きしてる。
- ぼく
- 「通りの向こう、君は赤信号で足踏みしながら、跳び出す準備をしている。
信号が青に変わった。
『走れ!』
ぼくは手を大きく回した。
- (六時、時計台の扉が開く)