- 登場人物
- 会社員A(男)
会社員B(女)
- ―オフィス街にある公園のベンチ。お昼どき。街の音…。
会社員Aがベンチにすわって、アイスクリームを食べている。
と、そこに会社員Bが、つかつかと近寄って来て、Aの前で立ちどまる。
- 女
- 「何がおかしいねん。」
- 男
- 「え?」
- 女
- 「そやから何がおかしいねん。」
- 男
- 「は?…いや、別に何もおかしくないですけど。」
- 女
- 「今、笑うてたやろ」
- 男
- 「え?いや…」
- 女
- 「笑うてたんよ」
- 男
- 「そうですか…。そうかな…。」
- 女
- 「何で笑わなあかんの。」
- 男
- 「さぁ…。」
- 女
- 「私、そんなにおかしいか?」
- 男
- 「いや。」
- 女
- 「私のこと笑うてたんやろ。このベンチから、私のそこ通るんを見ながら。」
- 男
- 「違いますよ。」
- 女
- 「じゃ、何がそんなにおかしいの?」
- 男
- 「おかしいって、いや別にホント、ぼくは何も笑ってたわけやないですよ。」
- 女
- 「笑ったんやて、あたしの顔見て。」
- 男
- 「ええ?そうかな。そんなことないと思うけどな…。ああ、それやったら、このアイスクリームですよ。」
- 女
- 「アイスクリーム?」
- 男
- 「ええ。これがおいしくって。」
- 女
- 「笑ろたんか」
- 男
- 「ええ。まあ、笑うたゆうか。そういう顔になったんちがいますかね。」
- 女
- 「ちがう!」
- 男
- 「そんな…」
- 女
- 「それは違うやろ。そんなんがおいしくって笑うたような顔やなかったわ」
- 男
- 「あなた一体なんなんです?」
- 女
- 「なんというか…あれは、一言で言えば人をあざ笑うような顔やった…。さげすむような」
- 男
- 「いいかげんにしてくださいよ」
- 女
- 「私にはなんでもお見通しや。」
- 男
- 「あのね。人のせっかくのお昼休みを邪魔すんのやめてもらえます。向こう行って下さい。」
- 女
- 「いやや!」
- 男
- 「あんたね、さっきから何言うてるんですか。」
- 女
- 「春やいうても、外はまだ寒いんやで、なんでそんなもんこんなとこで食べなあかんの。」
- 男
- 「人が何食べようと勝手やないですか。」
- 女
- 「勝手やない。腹こわすやろ。」
- 男
- 「ほっといてください。」
- 女
- 「ほっとかれへんの。ほっといたら私、みんなの笑いもんや。やっとの思いで、すわることのできた課長の椅子やったんよ。うちとこじゃ、あのポスト、女はなかなかなられへんのやから。旅行もカラオケも結婚もナンもカンも犠牲にして、残業残業で、手に入れた役職やったのに、それが昨日出た辞令で、4月から私、品質管理部やて。笑うてまうわ。しかも、地方支店の…。ホンマ信じられへん。会社は一体、私のことどう思うてんのやろ。ね、どう思う?私は、そこらへんの腰かけOLとは違うんやで。なあ、どうやのん?」
- 男
- 「…はぁ…」
- 女
- 「みんながみんな、私のこと笑うてるような気がすんねん」
- 男
- 「そんなことないですよ。」
- 女
- 「笑うてんねんて…ざまあみろて、新人の女の子、イビりたおして来たバチやて…」
- 男
- 「…」
- 女
- 「あんたは大丈夫なん?」
- 男
- 「え?」
- 女
- 「人事異動」
- 男
- 「ああ、私はまあ、そんな大きな会社にいるわけでもないですから…」
- 女
- 「ええなあ、うまそうにアイスクリーム食えて。うらやましいわ」
- 男
- 「そうですか?」
- 女
- 「なんも心配ごとなんてないんやろ」
- 男
- ここで夜景を見ながら。
- 女
- ほんとに?
- 男
- いいじゃないか、そういうことにしとこうよ。
- 女
- 何よ、それ。
- 男
- いいよもう、そういうことにしておけば…。どうせ思い出せないんだから…。
- 女
- そうですね、私たち夫婦なんだから、そういうことも、一度や二度あったでしょう。
- 男
- 「いや、私にだってありますよ」
- 女
- 「ほんま?そんな顔してへんで」
- 男
- 「これは生まれつきですから」
- 女
- 「何があんのよ」
- 男
- 「まあ、いろいろと…すぐには語りつくせませんよ」
- 女
- 「私も、それ食べたなったわ」
- 男
- 「じゃあ、残り食べますか?」
- 女
- 「いらん」
- 男
- 「…いらんのやったら、もうそろそろどっか他の場所に行ってもらえます?」
- 女
- 「なんや。迷惑なんか。」
- 男
- 「あたりまえやないですか。」
- 女
- 「…そうか…。あのな、なんぼ地方の支店やいうても、うちとこは一部上場やで。あんたとこみたいな吹けば飛ぶような小っちゃい会社とはワケが違うねん。そこんところよう考えて、モノ言わなあかんで。ええな。」
- 男
- 「はぁ。」
- 女
- 「はぁやないやろ。ヒトをバカにすんのもたいがいにしてもらわんと困るわ。ナンでこんなときにアイスクリームやねん。なんぼ春やいうても、まだ寒いやんか…全く…。なにかんがえとんねん。ああもうハラタツ…。」
(と、ぶつぶつ言いながら去る。)
- ―男も、ぶつぶつとつづけて。
- 男
- 「…最近、あんなんが多なったわ。何でやろ春やろか。こないだも地下鉄の駅で、ブツブツ一人ごと言うとるオッさんがおったわ。…ああ、ちょっと待てよ…。あの女去年の春も、ここに来て、べらべらしゃべっていったん違うかな。そうや、あの女や…。だいたい、あの女の勤めとった会社、三年前に倒産したんやろ…。それがなんで人事異動やねん。異動も何も会社あらへんちゅうねん。いや、かわいそうにな、ホンマ…それにしてもこれうまいな。どこで買うたんやったっ おっと、待て待て…オレもさっきから、ひとりごと言うてへんか?あかんやないか。アブナイアブナイ。今何時やねん。ええ!もう、こんな時間!休み終っとるやないか…。なんや、もうまわりに人おらへんし。みんな仕事に行ってもうたんやろか…さ、オレも行こか…。(と、タメイキついて)…ま、ええか。…アイスクリームでも食べとこ…。アラッ!もうとけてもうてあらへんわ…。」
- ―小鳥のさえずり。